⑤慈愛
東京ではあまり行く機会がないためか、メニューを見ながら何をしようかとしばし悩んでしまう。それと、空腹のせいもあり、どれも美味しそうであり全て平らげてしまいそうである。それは無理な話ではあるが。
「庄太は、もう決まっ……てなさそうだな」
んじゃあ、ちょっとトイレ行ってくるわと言って、彼は席を離れた。
やっぱりいつも頼むやつにするかと、開き慣れたページを開いたところで、彼のスマホが振動した。悪いと思いつつ、画面を盗み見ると、どうやらLINEの通知が何件か来ているらしい。メッセージの中身こそ見れないものの、送信元は確認することができた。
「そりゃ、そうだよなあ」
意味もなく、呟く声と溜め息が漏れた。
「お待たせ……ん?どした?」
いつの間にか戻ってきていた彼に、怪訝な表情で言われた。俺は顔に出やすいのかどうかは分からないが、昔から俺が悩んでいるとすぐに声をかけてくれていた。
「……ちょっと寝不足」
明らかに乾いている笑みを浮かべ、手元のグラスの水を一口飲んだ。誤魔化していることもきっと見透かされているのだろうな。それでも、彼はそれ以上追及することはない。いつか、こういったやり取りもできなくなるのだなあ、とぼんやり寂しくなった。
「なんかあったら言えよ」
ある一点を除いて、全てお見通しなのではないかと思うくらい、本当に彼は俺のことを理解している。居心地の良さと気まずさと申し訳なさの複雑な感情を抱きつつ、なくなりかけの水を一気に飲み干した。
それから、注文を済ませた。結局いつものやつじゃん、と少し小ばかにしている彼が注文したやつも、彼がよく頼むものだった。
「ふみも定番のやつじゃん」
と、少し憎たらしく言ったつもりなのに、バレたかあと楽しそうに笑っていた。
そして、料理が来るまで俺たちは近況を報告しあった。話題は互いのバイトの話に移っていた。彼は某ファミレスチェーンでバイトをしており、そこで出会ったとんでも客について色々と話してくれた。というより、愚痴を聞かされたというのに近いかも。俺は塾の講師をしていて、色んな生徒がいることを話した、まあ、皆良い生徒で、真面目な子が多い。小学生だと、元気な子と静かな子の2極化しているので、かなり対応を変えないといけないのは大変だったりする。
「庄太も頑張ってんだな」
としみじみ言われたのが、むずがゆかった。嬉しくて恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうである。
「……ふみもね」
やっと絞り出して出せた言葉がその一言だった。接客とか自分には無理そうな自分にとっては、それを平然とこなす彼は、本当にすごいと思っている。
「やっぱ、庄太にそう言ってもらえるのが一番嬉しいわ」
わざとらしく笑いつつ、彼は残り少ないフライドポテトを2,3個摘まんで食べた。他意はないのだろうけれど、心臓の鼓動が速くなるのを全身で感じた。お世辞だとしても、冗談だとしても、嬉しいものは嬉しい。そして、自分が嫌いになりそうである。
「俺も、ふみに褒められるのが一番嬉しい……なーんて」
からかうように言ったつもりだけれど、恥ずかしくて居たたまれなくなってしまい、最後の方は小声になってしまった。彼には一生勝てない気がする……勝つつもりはないが。
それから、また、勉強がどうだの休日がどうだのそんな話をしつつ、食後のデザートと言って彼が頼んだいちごパフェを一緒に食べた。全体的に甘酸っぱかった。
「おっ、もうこんな時間か。そろそろ出るか」
彼はそう言って、出る準備を始めた。俺も左腕に着けた腕時計を見て時間を確認した。例のイベント(?)の開始時間30分前だった。俺たちは会計を済ませ、ファミレスを後にした。
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