16

「うおおおおおお!」

「うわあああああ!」

 三十六階建て、百七十メートルの高さを誇るヨーノ学園スパイラルタワーは、ビル全体が捩れた螺旋状のデザインのため、各階の露出部分がずれて段になっている。そこをリュウが階段のように駆け上って行き高空から男へ一撃を入れんとしていた。

 男は慌てて回避する――が間に合わず、眼鏡剣が男に届く。

 ――が、胸を浅く切っただけで、男はその場から離脱する。

(浅い!)

「痛っ! 驚かせやがって! でもこの高さからなら、着地までに何度も撃てる! 今度こそ回避出来ないだろう! 『風神の息吹ウィンドゴッドブレス』! 『風神の息吹ウィンドゴッドブレス』! 『風神の息吹ウィンドゴッドブレス』!」

 連発する男の攻撃を先程のように身体を捻ってギリギリ躱すリュウだったが、それも限界が来て、暴風の塊が届こうとしていた。

「くっ! 『眼鏡斬グラッシーズスラッシュ』!」

 止むを得ずコウに入れ替わり、眼鏡剣で薙ぎ払うと、眼鏡剣と左腕が消えると同時に相手の技が一発分掻き消えた。

 ――だが。

「『風神の息吹ウィンドゴッドブレス』! 『風神の息吹ウィンドゴッドブレス』! 『風神の息吹ウィンドゴッドブレス』!」

 尚も追撃の手を緩めない怒涛の攻撃に、躱し切れずに最後は食らってしまった。

「がはっ!」

 何とか着地したものの、コウは胸から腹にかけて深い裂傷を負っており、大量に吐血した。

 しかも、相手の攻撃を合計二回分掻き消したため、両腕が消えている。

「やった! とうとう食らわせた! ざまぁみろ! おいらに傷なんか負わせた罰だ!」

 止めを刺そうと上空の男が右手を翳す。

「『風神の息吹ウィンドゴッドブレス』!」

 しかし、手負いでありながら、コウはギリギリで回避し、男の攻撃が当たらない。

 暴風を放っては避けられて、という事を何度か繰り返した後、男は溜息をついて言った。

「いい加減逃げ回られるのにも飽きたなぁ。やっぱり眼鏡のお嬢さんを先に殺そう」

 その言葉に、コウが狼狽する。

「くそっ! 待て! 殺すって、お前壁ドンするんじゃなかったのか!?」

「おいら、気付いたんだよねぇ。ちょろちょろ逃げ回られるのも面倒だし、殺してから壁ドンすれば良いんだって。そしたら眼鏡も外せるし。名案だぁ! おいら、頭良い!」

(くそっ! 完全に狂ってる!)

 空中を飛びつつメジャックの路地裏へと戻って行く男を、走って追い掛けるコウ。

「ヒャハハハ! 止めてみなよぉ! その深手じゃ無理だろうけどね!」

 楽しくて仕方が無いといった様子で、男は笑いながら飛んで行く。

 そして――

「見~つけた。眼鏡のお嬢さん」

「きゃあああ!」

 先程逃げ込んだ路地裏の小さな十字路左手から、様子を見ようと顔を覗かせていた長浦芽衣が上空から迫り来る男に気付いて悲鳴を上げる。

 慌てて顔を引っ込める長浦芽衣だったが――

「もう終わりだよぉ。おいらと沢山壁ドンしようねぇ」

 角の向こうから男の陰湿な声が聞こえ、少しずつ近付いて来た。

 蹲り、ただただ震える長浦芽衣。

 男が下卑た笑みを浮かべる。

「ほら、後はここを左に曲がるだけで――」

「お前が地獄に行けるな」

 ――男の目の前にコウがいた。空中に。

「なっ!?」

 十分に高さは保っていたはず――とでも言いたげな、実際に二十メートルの上空に浮かぶ男が、驚愕に目を剥く。

 コウが右足を犠牲にして、自身の周りの重力を右足の先に出現した眼鏡剣で斬って消した上で跳躍した事など、男には知る由も無い。

「くそっ! 『風神のウィンドゴッド――』」

「『眼鏡斬グラッシーズスラッシュ』!」

 男よりもコウの方が一瞬速かった。

 自身の身体周辺の重力が消されたために先程の跳躍の勢いのまま上昇を続けるコウの左足先に現れた眼鏡剣が、相対的に高度が下になった男の両目に突き刺さり脳まで貫く。

「がぁっ!」

 男のデビルコンタクトを破壊したことで、風を操る力が男から失われて落下を始める。

 その直後、眼鏡剣と左脚が消えて上半身のみになったコウも、男の落下による力の作用を受けて落下していった。

 二人が地面に激突、コウは衝撃で一瞬大きく目を見開いた後、痛みで苦悶の表情を浮かべながら目を閉じた。

 すると――

「コウ君!」

 長浦芽衣が駆け寄って来た。

「酷い怪我! それに、手足も……ごめんなさい、私のために……」

 長浦芽衣の涙声に、コウは安心させようと少しずつ目を開きながら優しく語り掛ける。

「大丈夫……こうやって、長浦さんが側にいてくれれば」

 コウの両目が完全に開くと――

「あっ!」

「ほら、ね」

 ――消えていたコウの四肢が一瞬で元に戻った。

「どうして……?」

「僕は、眼鏡を掛けた女性を視認するか、肌で直接触れるかすると、消えた部分が元に戻るんだ」

「そうなんだね! でも、まだ酷い怪我が……救急車を呼ぶね!」

 そう言って、先程の戦闘で道の端へと吹っ飛んでいたバッグを拾うと、中からスマホを取り出した。

「良かった! 壊れてないみたい! 今すぐ電話するから――」

「それも大丈夫だよ」

「え? でも……」

 コウがよろよろと立ち上がると、眼鏡のフレームが青く輝き、眼鏡剣が右手に出現した。

 そしてコウは――

「『眼鏡斬グラッシーズスラッシュ』!」

 ――

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