17

「きゃああああ! 何してるの、コウ君!?」

 思わず悲鳴を上げる長浦芽衣だったが――

「え?」

 見ると、いつの間にかコウの怪我は全て完治していた。まるで初めからそこに傷など無かったかのように。代わりに右腕が消滅していたが、それも長浦芽衣を見ることで一瞬で元に戻った。

「すごい! ……けど、なんで!?」

 呆気に取られる長浦芽衣に、コウが微笑む。

「リュウが言ってたように、僕は身体の消滅という代償を払うことで、全てを斬ることが出来る。だから、自分のを斬って無くしたんだ」

「ダ、ダメージを斬って!? ……なんかもう、目茶苦茶だね」

「ハハハ。自分でもそう思うよ」

 苦笑するコウ。

 ナノテクノロジーを駆使して作られた眼鏡剣を用いた技、『眼鏡斬』は、主人格であるコウの思考を読み取って、『斬りたいもの』を瞬時に感知し、この世から消してしまうのだった。

(目茶苦茶、か。的確な表現だな)

 長浦芽衣は一息つくと、

「でも」

 と、コウに近付き、その手を取って――

「コウ君が無事で良かった。守ってくれて、本当にありがとう」

 目を潤ませながら微笑む長浦芽衣に、

(無事で良かった、はこっちの台詞だよ)

 と、内心そう呟くコウは、長浦芽衣が無事だったことに深い安堵感を感じた。が、何故そこまで安堵感を感じたのか、それが一体どのような感情に起因しているのか、自分でもまだ気付いていなかった。

「そうだ!」

 唐突に何かを思いついた様子の長浦芽衣が、手を離してコウに質問した。

「あのね、もし出来たら、お巡りさんを助けてあげられないかな?」

「いいよ。っていうか、僕もそのつもりだったから」

 微笑んでコウが頷く。

 路地裏から大通りへ出たところで倒れている二人の警官の身体に対して、眼鏡剣による『眼鏡斬』を放つ。一時的にコウの両腕が消えるが、眼鏡を掛けた長浦芽衣を見ることで、どちらも復活する。

 すると――

「あれ? 俺、何で……!?」

「傷が……治ってる!? 致命傷だったはずなのに……」

 二人とも傷が完全回復した。

 何が起こったか理解出来ていない二人の前で、長浦芽衣が明るい声を上げる。

「良かった! ありがとう、コウ君!」

「二人とも防刃防弾性能が高い制服を着てたから、そのお陰だよ。そうじゃなきゃ、手遅れになってた」

 コウと長浦芽衣は先程までいた場所に戻ると、倒れているデビルコンタクトの男の下へと向かった。

「死んじゃった……の?」

「いや、辛うじて生きてるよ。あれだけ高いところから落ちておきながら、運の良い奴だ」

 パトカーの増援と救急車がやって来る音が聞こえた。

 この様子なら、救急には間に合うだろう。

 倒れているデビルコンタクトは、身動ぎ一つしない。高所から落ちた際の怪我のため、満身創痍で暫くは自力で動くことも困難なはずだ。

 だが、男の顔を見た長浦芽衣は先程襲われた恐怖がフラッシュバックしたのか、立眩みがして倒れそうになった。

「おっと」

 コウが肩を抱いて支える。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫。ありがと」

 心的外傷トラウマは、理屈ではない。犯人が怪我しようが、それこそ犯人が死亡しようが、簡単に無くなるものではない。

 姉を殺された経験から、コウは嫌というほど知っていた。だから、気休めにしかならないかもしれないが、と思いつつ長浦芽衣に伝える。

「この男はもう、眼鏡を掛けた人を襲うことは無いよ」

「え? どうして? 怪我したから?」

「それもあるけど、さっき、最後に『眼鏡斬』をこの男の脳に食らわせたんだ。その時に、『眼鏡への憎しみ』を消しておいたから。だから、今後二度とこの男が眼鏡に対する憎しみを持つことは無いし、眼鏡を掛けた人を襲うことも無いよ」

「そうなんだ! 本当にすごいね、コウ君!」

「凄いのはこの剣だよ」

「ううん、コウ君もリュウ君もすごいよ!」

 目をキラキラと輝かせる長浦芽衣に、コウは心苦しくなった。

(もしかして、正義の味方みたいに思ってくれてるのかな? 僕らはただ復讐してるだけだし、そんな良いものじゃないんだけどな。それに――)

 長浦芽衣の純粋な瞳を見詰めて思う。

(もし僕がって知ったら、長浦さんはきっと、僕に対する見方が変わるだろうな……)

 秋風が吹く中、コウが少し寂しげな表情を浮かべた理由が、長浦芽衣には分からなかった。

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