そんなことを考えている内に、青塚は家に辿り着いた。

 青塚の家は紺多区戸学園から徒歩十分ほどだ。ちなみに、葉空駅から青塚の家までも徒歩十分で、葉空駅から紺多区戸学園までも同じ距離であり、三点を結ぶと丁度正三角形となる。

 青塚は、ある雑居ビルの玄関に着いて、オートロックを眼鏡により解除し、中に入り一階最奥の部屋へと向かう。

 部屋のオートロックも眼鏡により再度解除し、中へ入る。一部屋しかなく、お世辞にも広いとは言えない。更に、物が一切無く、生活感がまるで感じられない。

 部屋の中央まで来た青塚は、眼鏡を床に向けた。一瞬のタイムラグの後に床が丸く光り、音も無く迫り上がって来る。直径一メートル、高さ二メートル程の円柱形のそれは、中央に垂直に光る切れ目が出来て、静かに左右に開いた。

 青塚が円柱の中に入ると同時に扉が閉まり、エレベーターのように無音で地下へと運ばれて行く。

 二分後、デパ地下や地下鉄よりも更に深い、地下二百メートルに到達。扉が開くと、そこは広大な敷地を持つ居住空間となっていた。

 否、正確には、その殆どは『居住空間』ではなく、『仕事部屋』である。博士がここを『ラボ』と呼ぶ所以だ。

 エレベーターから出て直ぐ目に入るのは一見すると普通のマンションの玄関だが、靴は見当たらない。青塚以外に外出する人間がいないからだ。

 廊下を進むと右側にトイレと洗面所と風呂場、左側に台所とリビングがあり、以上で『居住空間』は終了。

 その奥は廊下が消えて代わりに扉があり、ノックをして中に入ると――

「ただいま」

「おかえり」

 真っ暗で巨大な部屋の中、高浜たかはま千夏ちかが部屋中に散りばめられた光り輝く大量のモニター群と睨めっこしたまま、挨拶を返す。モニターの光で、そのピンク髪のツーサイドアップとピンク色の眼鏡が良く似合う可愛らしい顔が照らされている。

「早かったわね」

「まぁ、今日は挨拶だけだしね」

(千夏ちゃんだと緊張しないんだけどなぁ。まぁ、もう七年も一緒に住んでるし、そりゃそうか)

 千夏が光るキーボードを素早く操ると、新たなモニターが次々と浮き上がって来る。

 手元のキーボードは千夏の動きと連動して、彼女が左を向けば左に、右を向けば右について来る。空中に静止しているそれを良く見ると、モニター同様実際のキーボードではなく浮かび上がった映像であり、彼女の思考に合わせて、消えて再度出現して、という現象も起きていた。

 博士の孫娘で青塚と同い年の千夏は、情報機器のスペシャリストだった。どんな情報でも必ず見つけ出してしまう。余り大きな声では言えないが、ハッキングも御手の物で、やろうと思えば世界中のどんな大企業でもシステムに侵入して乗っ取り操作したりも出来るらしい。そのお陰で、街中の防犯カメラにハッキングして、今まで何度も町に現れたデビルコンタクトの情報をこの部屋で直接、または街中にいる時に眼鏡通信で青塚は教えて貰うことが出来た。デビルコンタクト退治には欠かせない人材だ。

 だが、そんなデビルコンタクトの組織に関してだけは例外だった。相手方にも千夏と同レベルの人材がいるらしく、デビルコンタクトを擁する組織の規模や構成員などの詳細や首謀者の居場所などは分からず、なかなか尻尾が掴めない。この世に自分が調べられない物があるということが千夏にとっては我慢ならないらしく、日夜デビルコンタクト関連の情報を調べている。

(まぁ、トップが誰かという事だけは、はっきりしてるんだけどなぁ。終楽園しゅうらくえん永遠とわ、か)

 博士の元右腕の名前を思い浮かべつつ、青塚が広い部屋のど真ん中を突っ切って奥の部屋へ続く扉を開けようとすると――

「で、どうだったのよ?」

 いつの間にか手を止めた千夏が、椅子をくるりと反転させて、青塚の方を向いている。

 ピンク色の髪の毛を弄りながらそう聞く千夏に対して、青塚は聞き返した。

「どうって?」

「高校よ! べ、別にあんたがどんな学園生活送ったってあたしには関係ないんだけど、あんたが聞いて欲しそうだから、聞いてあげるの! 感謝なさい!」

 心なしか頬が薄っすらと赤くなっている千夏に気付かず、顎に手を当てて考える青塚。

(高校……っていうか、学校に興味があるのかな、千夏ちゃん? 僕が千夏ちゃんたちと一緒に暮らし始める前からずっと学校行ってなかったみたいだし)

「そうだなぁ。デビルコンタクトもどきの男子生徒二人がいて、やっつけた感じかな」

「それだけ? いつもあんたが街中でやってる事と変わんないじゃない」

「だから今日はまだ挨拶だけだったんだってば。あ、でも、そう言えば。眼鏡掛けた女の子がいたなぁ。さっき言った男たちに絡まれてたから助けたんだった」

「へ、へぇ~。どんな子? ……可愛い?」

「うん、可愛いよ」

 その言葉にあからさまに不機嫌になった千夏は、椅子をくるりと反転させ背中を向けた。

「千夏ちゃん? どうしたの?」

「うるさいわね! お爺ちゃんのとこ行くんでしょ! さっさと行けば良いじゃない!」

「え? あ、うん……あ、あと、千夏ちゃん」

「何!?」

 千夏が顔だけ振り返って睨み付けて来る。

 それに対して青塚は――

「高校の転入学のデータのことなんだけど、お陰でちゃんと入れたよ。ありがとね」

 そう笑顔で言うと、更に奥の部屋へと入って行った。

 青塚が扉を閉めた後、残された千夏は――

「あ~! もう! 鈍い癖に妙な所だけはちゃんとしてるんだから! それに何!? 何なのあの笑顔!? コウの癖に~!」

 顔を赤くして髪を掻き毟っていた。

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