(千夏ちゃん、最近は普通に喋ってくれるようになったよなぁ。最初は思いっ切り嫌われてたからなぁ。まぁ、アレはこっちが悪かったんだけど)

 青塚が入った奥の部屋は、博士の研究所になっていた。千夏の部屋と違って明るい。

 千夏の部屋も『居住空間』全ての二倍ほど大きいが、研究所は更にその十倍ほどの広さがある。もはや部屋ではなく、フロアだ。

 天井も今までの部屋の三倍ほどあり、広々とした壁も天井も全て打放しコンクリート――ではなく、博士曰く硬く頑丈で尚且つ耐震耐水耐火耐電耐圧等々の性質を持つ特殊な金属を使ってこの建造物は作られているらしい。が、名前を聞いても青塚にはピンと来ず、よく分からない。広大な空間に大小様々な機械が所狭しと並べられていて、大きいものは三階分ほどもある天井に届きそうな勢いだ。

(この辺にはいない、か……奥の方だな)

 博士と千夏、そして青塚も普段バラバラに生活しており、それぞれの仕事や活動が始まる時間も終わる時間も全く合わないので、食事を一緒に取るということはまずない。

 しかし、一緒に暮らす大切な家族がそれでは余りにも寂し過ぎる、という博士の考えで、出掛ける際と帰って来た際の挨拶は、必ず家族全員とする、というルールになっていた。

(いや、僕しか外出しないんだけどね、数年前からずっと。博士と千夏ちゃん、ちゃんと普段会話してるのかな?)

 流石祖父と孫娘、二人とも『空腹が限界を迎えたらインスタント食品で食事する』、『眠気が限界に達したら寝る』、という似た生活をしており、デビルコンタクト討伐のみを目的に生きて来た青塚でさえ、その乱れた生活には溜息しか出ない。

(いやまぁ、超一流且つ仕事熱心だからこそ、僕が高校に転入学するってなった時は、仕事の合い間を縫って紙の書類を博士がナノテクノロジーを駆使して改竄してくれたし、データ上の学歴は千夏ちゃんが改竄してくれてありがたかったんだけどさ)

 最近は座学の授業は基本的に全てタブレットなどの情報端末で行い、高校に提出する書類もデータで提出するのが一般的だが、青塚が転入学した学園はデータと共に昔ながらの書類も提出を求めたので、仕方がないので博士がナノテクノロジーで(転入学元と偽った)高校の印鑑まで再現して改竄してくれたのだった。

 ちなみに、買い物は地上で青塚が行うか、もしくはネット上で必要な物を買ってドローンで宅配させて、それを青塚が雑居ビルの入口まで取りに行って眼鏡で認証して受け取るか、どちらかだ。 

 デビルコンタクトと戦うということを己に課しているため、強靭な肉体を作る必要がある青塚は、栄養を摂るためにカレーやチャーハンといった簡単な料理ではあるが、自炊している。

 勿論、博士と千夏のためにも作り置きして冷蔵庫に入れておくのだが、冷蔵庫まで取りに来るのが面倒臭いのか、或いは仕事に没頭し過ぎて忘れているのか、それらが食されることはまずない。それならばと、作った料理を博士の研究所と千夏の仕事部屋に持って行って机の上に置いてみた。がしかし、二人とも仕事のペースを乱されるのを嫌がるタイプで暫く手をつけず、空腹が限界に来た時には机の上の作り置きのことなど忘れており、いつものレトルト食品に手を伸ばしてしまうのだった。

 そんな二人であるため、レンジで温めるだけで出来上がるインスタント食品は常に研究所にも仕事部屋にも大量に置いてあり、レンジは台所・研究所・仕事部屋と、合計三台ある。博士に至っては、研究所専用のトイレ・洗面所・風呂場まで完備している。ただ、トイレ以外の残り二つは殆ど使わないようだが。

 博士は兎も角、女の子がその食生活ではどうかと思い、ある日見兼ねた青塚が言った。「たまには自分で料理して食べたら?」と。すると千夏は「そうね」と言って、徐に3Dプリンターに未加熱のインスタント食品を材料として幾つかそのまま適当にぶち込み、ネットで無造作に選んだデータを元に起動させた結果、料理に似て非なるおぞましい何かが出来上がろうとしていたので、流石に止めた。

(何というか、あのダークマターは禁忌寄りの錬金術のような……出来上がると同時に等価交換として何か大事な物を持ってかれそうだしな、止めて正解だった)

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