第247話 魔王光史郎-ep.1

<<全国民転移の当日>>


――帝国に移譲された街にて――




「なっ、んだこれ……」


 いったい何がどうなったのか、俺は見知らぬ街に突っ立っていた。


 間違いなく、ついさっきまでダンジョンにいたはずだ。それがどうしてこんな場所に……。



 目の前には木造の建物、足元を見れば土でむき出しの道路。そして獣人たちの姿が飛び込んできた。なかには日本人も混じっているようだが……その誰しもがその場で立ち尽くしていた。


(ここはナナシアの街なのか?)


 動画で何度も見たナナシアの街、あの光景によく似ている。だが周囲に結界はないようだし……村人じゃない俺が入れるはずもない。


 と、そこまで理解したところですぐに結論が出た。


(違う、ここは異世界だ。俺も召喚者に選ばれたんだ……!)


 これが偶然なのか必然なのか。原因も理由もわからないが、憧れの異世界に来てしまったらしい。


 日本で村人審査に落ちて以来、ずっとやり場のない不満を抱えていたが……こうしてファンタジー世界へとたどり着くことができた。腐らず冒険者を続けてきて本当によかった――。


(っと、そんなことより教会を探そう)


 鑑定さえ受けてしまえば、死んでも日本で復活できる。まあ、人に殺されるとダメらしいが……今の俺なら異世界人よりも強いはずだ。運のいいことに武器もあるし、人間ごときに後れをとることはないだろう。


 自分はどんな職業なのか。スキルはどういう系統なのか。少しでも早く調べて、すぐにでも試してみたい。そんな思いを抱きながら、近くにいる獣人に声をかけた。

 

「おねえさん、ちょっと話を聞きたいんだけど――」


 狐耳を生やした若い女性、見た目は明らかに一般人だ。俺の声で我に返ったのか、その場で呆けていた女性がこちらを向いた。レベルも低そうだし……容姿も実に俺好みだった。


(こんな女を好きにできたら最高だよな……)

 

 とこのとき、心の中に不思議な感覚が芽生えた。上手く表現できないが……あえて言うなら『優越感』だろうか、それも今まで感じたことのない圧倒的な――。


 この女は自分のモノだ。そう勘違いしてしまうほど、えも言えぬ支配欲が沸き上がってきたんだ。なんの根拠もない話だが、なぜか確信めいたものを感じている。



 彼女を路地裏へ連れ込んだあと、様々な情報を仕入れていく。この街のことや獣人国のこと。そして帝国についても知ることができた。


 どうやらこの街、もともとは帝国領だったようだ。それを譲渡され、獣人たちが移り住んできたらしい。教会がないのは痛いが……南にある帝国の街にはそれがあるとわかった。


 だが重要なのはここからだ。


 さっきの感覚は間違いなどではなく、これが自分の能力だという確信を得ている。恐らくはこれは精神操作系のスキルだと思われる。


「私はあなたの支配下にあります」


 と、彼女自ら証言していたのだ。それを自覚してなお、一切抵抗することはない。すべてが俺の言いなりで彼女はどんな命令にも従った――。繰り返すが……どんな命令でも、だ。



 それからも色々と試した結果、


 精神支配を自由に解除できることがわかった。やり方は簡単で、ただ念じればいいだけ。再び支配するのも同じ手順でいいみたいだ。


「おい、さっきはなんで暴れたんだ。もしかして全部覚えているのか?」

「はい、すべて覚えています」


 ただし、ここでひとつ問題が――。精神支配を解いたあとも、俺との記憶が残っているという。能力を解除した瞬間、女は逃げ出そうと必死の形相だったんだ。


「じゃあ俺がさっきしたことも……」

「取り乱してしまい申し訳ありません」



◇◇◇


 異世界へ来て4日目、俺は帝国の街にたどり着いていた。


 1万人以上の日本人、そいつらと一緒に帝国の街で保護されたんだ。何人いるのかは知らないが、召喚されたのは俺だけではなかったらしい。信じられない数の日本人が集まっている。


 転移初日は、あのあとすぐに獣人の街を追い出されたしまった。抵抗して死んだヤツもいたらしいが、ほとんどは無傷で追放されている。

 俺もどさくさに紛れて彼女の口封じをしといたが……日本のダンジョンで経験済みだからか、さしたる罪悪感もなかった。


(能力の影響かもしれないが……まあ、そんなのどうでもいいか)


 次の日には帝国の使者が現れ、3日目の夜明けに移動を開始、この街へと護送されていた。いまは他の日本人たちと一緒に、街の広場で避難所生活をしているところだった。

 

 まあ避難所とは言っても粗末なもの、日本のそれとは比べようもない。雨よけ用のテントがあるだけで、寝床もなけりゃ風呂もなかった。ただそれでも――、


(ここなら女に不自由することはなさそうだ)


 

◇◇◇


 5日目の昼過ぎ――、


 見張りの帝国兵を支配して教会への侵入に成功する。自分が魔王であること、そして超絶スキルをみて歓喜した。もともと精神操作系とは睨んでいたが……もう完全にぶっ壊れチートだった。


(おいおい、レベル1でこれかよ……!)


 範囲内すべての人間を完全支配、目視せずとも命令を下せる。スキルレベルが上がっていけば、その範囲もどんどん広がっていくだろう。


(まあ待て、ここには勇者や聖女もいるんだ。近くに村長の街だってあるし、100m程度じゃ足りんよな……)


 そう考えた俺は、とにかくスキルを使いまくることに決めた。


 配下となる対象なら、避難所に腐るほどいるんだ。あとは『君臨せし支配者』を常時発動しているだけでいい。移動や会話、そういう単純な命令を下しながら、そのときを待っていた――。



◇◇◇


 それから10日後の昼前、


 ようやくスキルレベルが上昇、有効範囲が500mまで延びていた。さすがに街全体とはいかないが……8割方の範囲は支配できる距離だ。


(まずは勇者と聖女が最優先だな。あとは適当に歩き回るだけでいい)


 と、ここからはもう楽勝モード。


 皇帝だろうがなんだろうが、誰ひとり抵抗できる者は存在しない。この瞬間、ほぼすべての住人が俺の奴隷となっていた。


 勇者と聖女も似たようなもんで――。スキルが一切使えない上に、レベルも雑魚同然のそれ。さしたる抵抗もなく、簡単に捕まえることができたよ。


「おまえらは支配できないが……まあ、違う意味で屈服させてやろう」


「「…………」」


 悲痛に顔を歪ませるふたり。その容姿は抜群で、すぐに殺してしまうのは勿体ないほどだった。


「あとでまた来てやるからな、それまで勝手に死なないでくれよ?」


(このままお楽しみといきたいが……まずはもうひとつの街が先だ。剣聖を呼び出させてから、たっぷり堪能させてもらおう)



 これでもう俺を殺せる奴は絶対に現れない。ユニークスキル持ちだろうが、俺の敵じゃないことは確定した。


 あの村長だってそれは同じだ。俺の領域に入ってこようが、スキルが使えないんじゃ結界も張れないだろう。


 あとはこのまま、スキルレベルが上がるのを待つだけ。


 実に簡単なお仕事だ――。








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