第243話 大規模転移、当日

 大規模転移の当日、


 日本国民はもとより、村人たちも変わらない朝を迎えていた。彼らは何も知らないのだからそれも当然だろう。


 今日の午前10時、一時的とはいえ日本からすべての国民がいなくなる。


 と同時に2神の存在も完全に消滅――。


 ダンジョンや幻想結界も消えて、魔物のいない日常が戻ってくるはずだ。


「桜、こっちのことは任せたぞ」

「はい、啓介さんもお気をつけて」


 現在の時刻は午前8時、


 日本のことは桜たちに任せ、私は異世界へと出発した――。


 

◇◇◇


 ナナシ村経由でナナシアの街に移動。領主館の広場には大勢のナナシ軍が整列していた。


 今日は演習という名目で、防壁周りの巡回をする予定となっている。ほとんどの者は大規模転移が起こることを知らない。


「村長、こっちの準備も抜かりないわ」

「ああ、すべて杏子に任せるよ」


 街の防衛については杏子が指揮を執っている。べつに誰が攻めてくるわけでもないが、念には念をというやつだ。


 部隊が散開していくのを眺めながら、杏子と軽く言葉を交わす。


「地上には勇人夫婦と竜人族、地下には蛇人族も配備中よ。ナナシ軍もいるし、戦力としては申し分ないわね」

「まったくだな。まあ、何かあれば念話をくれ」

「ええ、そっちも気をつけて」


 街の様子を眺めたあとは、私の持ち場であるナナシ村へと戻る。


 今日の仕事は自宅を警備すること、そして日本人を送り返すことだ。冗談でもなんでもなく、自宅警備員としての仕事を全うしなければならない。

 


 と、居間へ到着したところで、ナナーシアさまが姿を現した。たぶん今日からしばらくの間は、ここで女神と缶詰め状態になるだろう。


「啓介さん、ちょっと待ってくださいね。いまモニターを繋げますから」


 そう言い放った女神は、PCのモニターに触れながらアレコレ操作をしている。かつて神界で見た異世界の俯瞰ふかん映像、あれをここでも見られるようになるらしい。


 それから間もなく、PC画面が一瞬だけ光り輝く。と、次の瞬間には村の映像が映し出されていた。


「はい、これで啓介さんでも操作できますよ」


 さっそく触らせてもらうと――、


 わりと簡単に動かせるようだ。拡大や縮小、画面切り替えも自由におこなえる。操作イメージとしては、超大型サイズのタブレットに近いか。どうやら直接触る必要はなく、念じるだけでも良いみたいだった。

  

「大規模召喚が発動すれば、大陸全土を見渡せると思いますよ。あの子たちが完全消滅すれば、私の管理領域も増えますから」


 間もなく、ナナーシアさまはこの世界の唯一神となる。2神が持つ権限もすべて移ると言っていた。


「ところで女神さま。画面に映っているコレって何の数字ですか……」


 PC画面の右下には、上下2段の数値が表示されている。今は両方ともゼロ表示のままだが……この上なく怪しく感じてしまう。


 以前神界で経験した『ポイント消費事件』、それを彷彿とさせていた。


「ああ、それは召喚者のカウントです」

「召喚者の……?」

「上の段が大陸全土の、下の段が画面上に映った人数です。言っておきますけど、ぼったくりカウンターではありませんよ?」

「なんと、それは凄い機能ですね……」


 神格化した女神は伊達じゃないようで、とてつもなく便利な機能だった。今回飛ばされてくる日本人、その人数がすべて把握できるらしい。


(完全に疑ってましたごめんなさい……)


 そんなやり取りをしつつも、やがて時間は刻々と過ぎていき――。



 ついにその瞬間を迎えた。




◇◇◇


「あっ、啓介さん来ましたよ!」


 女神の言葉どおり、カウンターが目まぐるしく上昇している。


 あっという間に億単位まで到達、そして次の瞬間には数値が半分にまで減少していた――。


(いまので子どもや老人が戻ったってことか。でもこれは……)


 半分になった数値はそれでも止まらなかった。千単位の桁数でどんどん減り続けている。カウンター越しだから実感がないだけで、現場では阿鼻叫喚の光景が……。こうなることはわかっていたけど、中々におぞましい選択だった。


 そんなことを考えながら、しばらくカウンターを眺めていると――。


 日本で待機していた椿が居間に駆け込んでくる。異世界間の移動ができるか、日本の状況がどうなったか、それを報告するよう事前に決めていたのだ。私の無事を確認すると、安堵の表情を見せていた。


「椿、ナナーシアの村はどうだった?」

「村に異常はありませんし、問題なく転移もできました。それと日本の状況については――」


 午前10時きっかり、見える景色すべてが真っ白に。それと同時に幻想結界が一気に縮小、ものの数秒で消滅したらしい。なお、公園ダンジョンが消えたことも念話で確認できている。


「学生村長はどうだった?」

「はい、自宅ごと消えました。結界も残っていません」

「そうか、なら2神も消滅したのかな?」


 言いながら女神のほうを見やる。と、


 どうやら上手くいったようで、なにかを確信した様子で頷いている。



 ナナシ村付近、いわゆる大山脈跡地にいる日本人は約3万人。むろん着々と減りつづけており、生きて辿り着けるかも微妙なところ。


 一方、大陸全土の分布状況は――


 大山脈を挟み、西と東で均等に分かれていたよ。もはや言うまでもないが……大陸の東側はほぼ壊滅といった感じ、生存者は激減している。


「啓介さん、西側はどうなんですか?」

「ちょっと待って、いま調べてみるから」


 西側全域が映るように画面を操作、カウンターの表示を確認する。


「えっ、まだこんなに……?」

「これはちょっとマズいんじゃないか。いくら何でも多すぎだろ……」


 大規模転移が発動して30分、まだ1千万人の日本人が生き延びていた。






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