第244話 その後どうなってるの?
それからさらに2時間が経ち、ようやく避難者が現れはじめた。ナナシ村にはちらほら、ナナシアの街にはそこそこの数が来ている。
『また5人来たからそっちに送るねー』
現在ナナシアの街で待機中の春香、彼女には『村長権限』を譲渡してある。自ら侵入の許可をだして、結界の中に入れていた。
街に来た者は転移陣で村に移送、村へ辿り着いた者と一緒に保護をしている。
『わかった。さっきみたいなヤツは遠慮なく拘束していいからな』
『おっけー、今度からそうするねー』
つい先ほど、街で保護したうちのひとりが暴れた。街の教会を見かけたらしく、「俺にもスキルをよこせ!」と怒鳴り散らしていたらしい。もちろん許可するわけもなく、警備隊に連行されてきたのだが……。
(こんな厚かましいヤツがいるとは予想外だったわ)
ぶっちゃけ亡き者にしたかったが、ほかに保護した日本人の目もある。そう簡単にも行かずに仕方なく保護していたのだ。
ちなみに暴れたヤツも含め、みんな結界外の長屋に詰め込んでいるよ。すぐに日本へ返した結果、初動が早すぎて怪しまれても困る。なんやかんや理由をつけて、帰還を引き延ばす予定をしていた。
それから間もなくして、今度は帝国にいる聖理愛から念話が――。予定の時刻よりもかなり遅い報告だった。きっと向こうも大騒ぎ、それどころではなかったのだろう。
『啓ちゃん、聞こえているかしら?』
『だからその呼び方は止してくれ。なんかムズムズして恥ずかしいんだ』
『あら、特別感があって素敵でしょう?』
『中身はおっさんなんだ。ちゃん付けはさすがに厳しいぞ……』
何度も断っているのだが、彼女にやめる気はないようだ。距離の縮ませ方が極端すぎて、おっさんには理解しがたいところだった。
『まあいいわ。それでこちらの状況なんだけれども――』
ようやく本題に入ると、帝国の様子も徐々に掴めてきた。
聖理愛のいる街には、約1万人の日本人が転移してきたらしい。さらに街周辺からも現れており、現在の累計は倍の2万人にまで及んでいた。また、西の街からも伝令が来ていて、同じく2万人程度の人を保護している。
教会での鑑定は堅く禁じられ、職業やスキルの把握はさせてないそうだ。いまは身元の確認をして一時保護の状態にあるという。なお新皇帝の命のもと、反抗的な者は問答無用で追放されている。
『さすがに殺してないけれど、身動きできない程度には、ね』
『トップの皇帝が現地人なら、ある程度の無茶も通せるわな』
皇帝の座を譲り渡したのは、こういうケースを想定していたのかも……。聖理愛が陰で支援している分には村に問題が波及することもない。
それからややあって、聖理愛との念話を終える。どうやら新皇帝との打ち合わせを再開するみたいだ。一時的な混乱は避けられないが、彼女ならばうまくやり込めてしまうのだろう。
◇◇◇
翌日、朝日の注ぐ窓際で浅い眠りから目覚める。
今日は居間で寝ていたため、PC前にいる椿の姿がすぐ目に入った。
「おはよう、ちょっと寝すぎたか?」
「おはようございます。もっとゆっくりしててもいいんですよ」
昨夜は仮眠をとりつつも、受入れ作業を夜通しおこなっていた。初めは少数だった避難民も、夕方ごろにピークを迎え、昼夜関係なく訪れていた。
中には大けがを負ったヤツなんかもいて、村はそれなりの惨状と化していたんだ。ナナシアにいる春香からも、同様の報告があがってきている。
「椿も今のうちに寝てくれ。まだ何日もこの状態が続くぞ」
「ですね。では失礼して――」
そう言うや否や、私のいる布団へと潜りこんできた。もちろん軽い冗談なのだろうが、男としては冗談では済まされない事案なわけで――。
「さて、どんな感じになってるんだ?」
断っておくが、これはもちろん日本人生存者のことだ。キモいおっさんの発言でもなければ、いかがわしい行為のことでもない。
モニターに映る数値を見ると、現在の生存者数は160万人にまで減少していた。
<王国領:130万人>
<獣人国領:20万人>
<新帝国領:10万人>
多少の誤差はあれど、概ね現地人の人口と同数が生き残っている。とはいえ現在進行形で、カウンターの数値は減り続けている状態だった。
「で、この近辺はあと2千人ってとこか」
やはり、初日の夜が命運を分けた感じだ。1千万人いた生存者も、一晩で大幅に減少していた。その大半は魔物に襲われ、記憶もないまま日本へ帰ったのだろう。このまま順調に推移すれば、帝国領以外はほとんど死に戻りすると思われる。
街を追い出されて餓死するか、それとも反抗して殺されるか。はたまた奴隷になるケースも考えられるが……。
(以前のこともあるからな。厄介払いされるのがオチだろう)
結局この日以降、大した混乱もないまま保護活動が続いていった――。
◇◇◇
時が経つこと2週間、日本のことは椿に任せ、私はずっとこっちで活動を続けていた――。
この2週間の期間で、情勢はある程度の落ち着きを見せている。
規模こそ違えど、王国も獣人国も、転移事件は一度身をもって経験している。日本人を追放するだけなら造作もなかった。
彼らもダンジョンのオーク狩りでレベルの底上げを行っているのだ。対人経験が乏しく、集団戦闘の経験も皆無。そんな日本人集団に後れを取るわけがない。
「おーい、保護していた人の移送は終わったよー」
「春香おつかれ。一応確認しとくけど、全員追放してあるよな?」
「うん、全部駐屯地に飛ばしたよ。向こうで政樹さんが対応してるとこ」
2日前の時点で、村付近の生存者はすべて保護し終わっている。想定よりもかなり多くなったため、ナナシアの街で受け入れることに――。そして今日になって日本に送り返したところだった。
最終的な救助者は1774名にもおよび、世間へのアピールとしてはまずまずといった感じか。負傷者の手当ても含め、いい噂が立ってくれたら儲けもの、くらいの気持ちでいる。
そんな一方日本では、
連日のように行方不明者の話題が……なんてわけでもなかった。むしろ幻想結界のことやダンジョン消失のニュースが多く流れている。なお、地上のゴブリンたちは残っているみたいだが……いずれは狩られ尽くされることだろう。
いくら犠牲者がでたといっても、あかの他人のことならこんなものだ。自分たちの生活に直結する話題の方が、よほど重要なのかもしれない。
「そういえば樹里さんが呼んでたよ? 村長はまだ来ないのかって」
「あ、そうだった……」
「その顔は完全に忘れてたでしょ」
面倒事が片付いて気を抜いていたが、まだ日本での動画撮影が残っていたんだった。春香に言われるまで完全に失念していたよ。
「こっちはわたしが見てるから大丈夫、早くいっておいでよ」
「助かる。終わり次第戻ってくるわ」
すぐに門をくぐって日本へ移動。村へ到着するなり樹里のところへ駆け出していった――。
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