第242話 日本史上最速の
いよいよもって、大規模転移の日まで残すところ30日となっていた。
日本での活動が手隙になったことで、異世界での調査も本格的に進んでいた。村の東に広がる大森林、その南端部から村付近までの探索が完了。これは獣人国とほぼ同等の広さである。
ダンジョン総数は30か所にのぼり、15階層を解放しているのは『東の森ダンジョン』のみと判明している。
一度破壊したダンジョンはリセットされることが確定。周辺の地上には魔物が湧かなくなっていた。
「大森林の調査報告は以上となります。明日以降は、捜索範囲を北へと広げていく予定です」
「ここからは長期戦になる。何年もかけてじっくり進めていこう」
私が締めくくったところで、今日の報告会はお開きとなる。
あとは毎度おなじみの雑談タイムがはじまると、どうやら今日の言い出しっぺはドラゴのようだった。
「調査済みの土地はどうするんじゃ? 結界で覆ってしまうのかの」
「んー、それでもいいんだけど……」
果てしなく続く大平原、その光景は圧巻の一言だろう。行動範囲が広がるという面では利点もある。
――が、それだけのために拡張するのは勿体ないと思っている。人口が爆発的に増えれば別だが、村を新たに作って点在させる意義も感じないのだ。
「やっぱりポイントは貯めておくわ」
「むろん構わんが……なんぞ壮大な計画でもあるんかの?」
「いや、計画というほどでもないけどさ。気になることはあるんだよ」
「ふむ、気になるとな……」
『異世界の全容はどうなっているのか』
最初にそれを思いついたのは、『航海士』と『潜水士』の職業持ちが現れたときだった。それに続いて『船大工』という職業も発現しており、さらに拍車をかけていた。
この世界に別の大陸はないのか。そもそもここは惑星なのか。それとも箱庭的な平面上の世界なのか。もしかすると、海の向こうには別の異世界があるんじゃないか。
と、海に関する職業が現れて以降、そんなことが気になっていた。
もちろん女神さまにも聞いてみたけど、このオルシュア大陸以外のことは何も知らなかったよ。それどころか、『外の世界』という概念すら持っていなかったんだ。
「ってわけでさ。いつかは外の世界を探してみたいんだよね」
「別の異世界と繋がっている可能性……。うむ、実に興味深いの」
「全部、私の妄想だけどな。もしそうだったら面白いだろ? たとえばだけど、エルフやドワーフが居たっておかしくないと思うんだ」
たぶん何年も先の話だけれど――、そんな未来のためにポイントは貯めておきたいと考えている。
「だがお主、水が苦手なんじゃろう?」
「ああ、だから絶対沈まない船がほしい」
「なんとも贅沢な話じゃな……。まあ海に落ちたら儂が担いでやろう」
結局そのあとも、みんなで妄想を繰り広げながら過ごしていく。あるかもわからない別世界は格好のネタとなっていたよ。
◇◇◇
その日の午後、
昼食を終えた私はレジャー施設へと足を運んでいた。午後からの自由時間は、ラノベを読むのが習慣となっていたのだ。
最近ハマっているのは原始時代のサバイバルもの。集団転移に巻き込まれたおっさんが、ひとり『重機召喚』を使って生き抜いていくお話だ。いまはヒロインが登場したところで、最初の山場をむかえていた。
なじみの深い業種に、おっさん主人公の組み合わせ、個人的にはとても共感できる内容だった。
と、しばらく没頭しているところで――
『村長、今日もラノベコーナーっすか?』
珍しく武士から念話が入る。特段慌てた様子でもないが……いったいなんの用件だろうか。
『おまえが連絡して来るなんて珍しいな。どうしたんだ?』
『実は動画の件で、女神さまに聞きたいことがあるんすよ』
『ほお、新しい企画でもあるのか?』
『じゃなくてですね――』
武士が語ったのは全然違うことだった。
これから撮る動画ではなく、今までに公開したものについて話したいみたいだった。どうやらコメント欄に苦情? というか異変が起きているらしい。
『兎に角、こっちへ来てくれないっすかね。できたら女神さまも一緒に』
『わかった、今からそっちに向かうわ』
聞いてるだけじゃわからないので、武士のいる動画部屋へと急ぐ。たぶん女神さまも来てくれるはずだ。
――――
「あ、村長おつかれっす!」
「啓介さん、遅いっすよ!」
すでにナナーシアさまもご降臨されていたようだ。武士の真似なのか、今日も口調が乱れている。実はこのふたり、結構前からタメ口で会話をしているのだ。相手が女神と知らなければ、まるで友達かのように見える。
(女神はむしろ喜んでいるが……ってまあそれはどうでもいいか)
ヘタに突っ込むと脱線しそうだ。そう思いさっそく本題に入ることに。武士から直接聞くことで、ようやく要点が掴めてきた。
今日の朝から、より正確に言うと昨日の深夜0時からになるが。過去にあげた動画のコメント欄に異変が起こり始めた。『動画の一部が無音声になっている』『モザイクが不自然に掛かっている』などと言った苦情が殺到していたのだ。
すぐに該当箇所を確認してみるも……、とくに不自然なところはない。
「オレたちには普通に見えるんすよ。おかしな話でしょ?」
「たしかに変だな。モザイクなんてどこにもないし」
結局、何が原因かは不明だったが、ひとつだけ共通点は見つかった。指摘された映像には、すべてナナーシアさまが映っていたのだ。ひとつの漏れなく動画に登場している。
その後も良くわからないまま検証を続けていると――
「私、神様になっちゃったかもっ……!」
感極まった表情の女神が、手で口を塞ぎながらそんなことを呟く。
(神になったというのは、日本で神格化されたってことか?)
突然の告白に戸惑い、どう反応していいかわからない。ひとまず詳しい事情を聞いてみると、以下のような答えが返ってきた。
・神への昇格により、自身の存在が高次元のものに変質。そのため世間では、女神の容姿や声が認識できなくなった。ただし、『女神は実在する』という漠然とした記憶だけは残っている
・加護を受けた村人は今までどおりで変化はない。女神の存在は、現実でも映像でも普通に確認できている
・この現象は従前の神々も同じみたいで、神の姿を誰も見たことがない理由もこれだった。ちなみに例の神配信者は、姿かたちを変えて現世に降り立っている
「ナナーシアさま、おめでとうございます」
「女神さま、おめおめっす!」
「まさかこんなに早くなれるなんて……たぶん日本史上最速ですよ!」
女神が日本に来てから9か月、ネット社会をフル活用したゆえのスピード出世だった。
「ところで女神さま、自身に変化はあるのですか?」
「……そうですね。まずは神の称号が与えられたことでしょうか」
正式な神に認められ、『豊穣を司る神』という存在になった。
異世界の映像が功を奏したのか、世間での認識がそうさせたのだと言っている。なお次点の候補として『芋の女神』という可能性もあったらしい。
(村の獣人たち、芋ばっかり食ってたもんな。そんなシーンを毎回見せていたから納得だわ)
「そしてもうひとつ、異世界の管理を移譲することが可能です。私の場合、椿さんと啓介さんが対象となります」
「あれ? でもたしか深淵を……。いや、もう覗いてることになるのか」
「かの存在を知り、世界の真実にも到達していますからね」
これについては拒否権もあるそうで、無理やり譲渡されることはないみたいだ。人間だった頃の記憶を消され、永遠の刻を生きるつもりはない。丁重にお断りしておいたよ。
◇◇◇
その日の晩、
新たな神の誕生を祝って、村では盛大な宴が開かれることに――。
女神を祀りあがめる者、日々の恩恵に感謝して祝う者、なかにはフレンドリーに接する者なんかもいた。
『同志の勧誘』
『女神の神格化』
ともあれ、日本での二大目標を成し遂げたことで、私たちの物語もいよいよ終盤を迎えることになった。
(大規模転移も既定路線だし、大した問題は起こらないだろう。今後はスローライフを目指してのんびりできそうだ)
と、毎度のようにフラグを立て、転移当日を迎えるおっさんであった。
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