第241話 日本の冒険者たち


 あれからさらに2か月、


 平穏ながら充実した日々を送っていた。


 村人の受入れもようやく終焉を迎え、最終的には1万7千人もの同志を獲得した。そのうち2割程度は異世界への移住を果たしている。ほかの連中についても、順調に忠誠度が上がっているところだ。


 ただ残念なことに脱落者も結構でていた。


 不自由な生活に耐えられず、約千人の村人が村を去っていったよ。気軽に外へ出れないというのも原因のひとつだった。


(まあ、こればかりはなぁ……)


 村のルールとして、外出自体は自由にさせていた。だがいかんせん、外に出れば速攻でマスコミの餌食となる。どこに隠れていたのか、メディアがこぞって取り囲うんだよ。

 中には気にせず出かけていく猛者もいるが……。そんなのはごく少数の話で、ほとんどの人は辟易として諦めていた。


 

 とはいえ、だ。それ以外のことは極めて順調に進んでいる。


 戦闘職はダンジョンでの冒険を。生産職は村でスローライフを。みんなそれぞれ、週休3日のファンタジーライフを満喫していた。


 それについ先日なんかは、盛大なお祭りを開いたばかり。ナナシアの街が2周年を迎えて、三日三晩ドンチャン騒ぎだったんだ。


 初日と2日目は異世界で、そして最終日は日本でと、数々の催しものが開かれた。街の闘技場で武闘大会をしたり、日本でビンゴ大会をしたりと、みんな朝から晩まで騒ぎまくっていたよ。


 武闘会の優勝者が意外な人物だった話とか、ビンゴの景品にトンデモないものが紛れ込んでいたとか――。そのあたりは動画にあげてあるので、ぜひともチェックしてほしい。



◇◇◇


 と、そんな日々を送りつつも――


 全国民転移の日まで、残すところ65日となっていた。


 今日は主要メンバーを集めて、今後の対策会議を開いているところ。村に大きな影響を及ぼす、とまでは行かずとも――懸念すべき事項がいくつか現れていたのだ。


「椿、まずはどれから話そうか」

「そうですね。では日本人たちのレベルについてから始めましょう」

「よし、みんなも遠慮なく意見してくれ」


 最初の議題となったのは、日本にいる一般冒険者についてだ。手元にある資料にはこう記載してある。


・現在日本にいる冒険者は約6百万人、そのうちダンジョンに通っている者が半数。この者たちはすでに冒険者として生計を立てている


・ダンジョンの最高到達点は15階層。ただし、15層のボスは未だに攻略されていない。一度だけ挑んだ集団もいたが、あえなく全滅している。そのときの死者数は百名にもおよび、それ以後、再挑戦した者は皆無だった


・ダンジョン攻略をしている冒険者のレベル分布は以下のとおり


===================

レベル10~19:250万人

レベル20~29: 45万人

レベル30~39:  4万人

レベル40~49:  1万人 

※50以上は約500人、最高レベル55

===================


「思ってた以上に上がってるよな」

「現状でも50万人、これだけの人がオークを倒せます。もちろん武器や防具込みでの話ですが――」


 転移した直後は手ぶらの状態だ。魔法職はいいとしても、さすがに素手だと難易度が上がるだろう。木の棒なんかじゃ役に立つはずもない。


 そう返したところで、冬也がすかさず待ったをかける。「異世界に転移する直前、ダンジョンにいる冒険者だっているだろう」ということだった。


「たしかに、所持品は一緒に転移するもんな。完全に忘れてたわ」

「なあ、当日の何時に発動するのか、女神さまに聞けないのか?」

「わかった。ちょっと待ってくれ」


 たぶんこの会議の映像も、神界で実況されていると思う。すぐに女神からの回答が来るはず――。と、案の定、すぐに答えが返ってきた。


「午前10時、それが発動の時間らしい。かなりの人数が潜っていそうだ」

「時間をずらしたりは?」

「いや、出来ないそうだ。……それが真実かはわからんけどな」


 生存者については100万人程度と予測していたが……。この調子だと何倍にも膨れ上がる感じだった。日本人特有の気質として、周囲の人を助けるケースが多いだろう。なまじ力を持っているだけに、その傾向は高いと考えらる。


「そうなると、問題は食糧ですね」


 と、今度は桜が話しだす。


 倒したオークから肉は獲れても、それで賄える量は知れている。周りの生存者の分まで補えるとは思えない。そう付け加えていた。


「普通に考えたら、近くの街なり村なりを探すのだろうが……春香たちみたいなケースもある」

「その場でサバイバル生活、なんてこともあるだろうねー」


(案外日本の神様たちも、そういうシーンをご所望かもな。まあ、異世界の様子が見れるのかは知らんけど……)


 なにはともあれ、かなりの人数が生き残りそうだ。あとは村の近辺に転移したヤツら、これをどう対処するかだ。助けるのか見殺しにするのか、その2択となるわけだが――。


 この場にいるほとんどの者は、放置する選択をしている。救助することを選んだのは私と椿だけだった。


「恐らく、啓介さんも同じ考えだと思いますが……」


 救出を選んだ椿が、そう前置きをして語り出す。


「せめて目に見える人だけでも救助しないと、あとあと面倒なことになりますよ。場合によっては、見捨てたことが露呈してしまうので」


 異世界に飛ばされる人たち、その中には元ケーモス領に住んでいた人もいるはず。私たちが放置した後、自力で街へたどり着いたら……悪い噂はあっという間に広がる。


 街で鑑定を受け、そのあと死亡した人がいた場合、記憶を持った状態で日本に帰ることに。そうなれば日本中から糾弾されるのは確実だ。

 

「どのみちたくさんの人が行方不明になるんです。そうなれば当然、世間も異世界転移を疑うかと。私たちへの捜索依頼は避けられません」


 丁寧に説明してくれた椿は、話を終えると私のほうを見やる。たぶん、どう対応するかを話せということだろう。 


「ひとまず、村や街に来たヤツらは助けようと思ってる。そのまま日本へ送り返すつもりだ」


 まずは結論を述べてから説明を始めることにした。


 集団転移が発動すれば、日本中で騒ぎになるのは間違いない。その頃合いを見計らい、異世界に飛ばされたことを公表する。むろん、私たちは知らなかったことにしてだ。


 次に配信を通じて、村付近の捜索を宣言、帝国にも打診を開始する。帰還の意志がある者を集って日本へと送り返す。村の立地や他国との関係を理由に、捜索範囲は限られることも伝える。


 もちろん「無理をしてでも助けろ」なんて声があがることは承知している。これはあくまで世間へのアピール、帰還実績を残すことが肝心なのだ。そうこうしている内に、ほとんどの者は死んで帰ってくるだろう。


 その頃の日本は幻想結界が無くなり、ダンジョンも消失している。ダンジョンが無くなれば魔石が入手できない。となれば普及した魔道具もいずれ使えなくなる。


「叩かれるとしたらダンジョン関連のことだろう。魔石の独占を許すな! みたいな流れになるはずだ」

「けど村長、ダンジョン独占の問題は放置でいいのか?」

「ん? 冬也は世間に解放したいのか?」

「いや、そうじゃないけどさ」


 世間がいくら騒ごうとも、政府とのパイプさえ繋がっていれば関係ない。別に価格を吊り上げるつもりはないし、適正な取引を続けるだけだ。


「魔石の独り占め、大いに結構じゃないか。どうせ叩かれるんだ。とことん稼がせてもらおう」

「マジかよ、村長にしては強気じゃん」

「あまりに五月蠅いようなら取引をやめるさ。騒いだ連中がどうなるのか、高みの見物といこう」



(海外勢がどう動くかは気になるが……まあ、いまは考えるだけ無駄なこと。政府の対応を見ながら動けばいい)





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