第240話 聖理愛の告白
村にダンジョンを作って以降、早くも2か月あまりの月日が経過していた。
あれからも順調に審査をこなしつつ、現在の入居者数は1万4千にまで増加している。さらに入居待ちの人数も2千人ほどいる状態、村の運営は安定期に入っていた。
しかしながらこの2か月の間、応募者数は減少の一途をたどっている。
それは合格率にも言えることで――。初期の頃こそ2割程度の通過率だったが、最近では1割にも満たなくなっていた。
その原因は主に3つあり、まずは日本で一般開放されているダンジョンのことが挙げられる。
ここでの魔物狩りが定格化して、村に来なくとも稼げるようになったのが大きい。さすがに上位種には届いてないようだが……、最近ではオーク級もふつうに狩られているようだ。
次の原因は村に関すること。
これまで4百人ほどが村を去っており、それと同時に職業とスキルが消えてしまった。さらに死亡者も数名でている。その事実が世間に広まり、応募者数が減少していたのだ。
そして最後の原因は、
そもそもファンタジー好きの人が頭打ち状態となったことだ。何と言ってもこれが一番の要因だと思われる。村の動画で異世界の雰囲気を味わい、それで満足する人も多くなった。
と、そんな経緯もあって、現在審査待ちの3万人をもって募集を一旦締め切ることに決めていた。村の許容人数からしても、ちょうど良い頃合いだった。
ちなみにいつ再開するかは未定、異世界への移住者が増えてから考えるつもりだ。たぶん次の募集は、全国民転移がひとしきり終わった後になると思う。
一方、異世界の状況なのだが、こちらも大きな変革を見せていた。
なんと聖理愛が皇帝の座を退くことになったのだ。その後釜には元辺境伯が就き、すでに安定した統治を成している。
どうやらこの流れ、当初からの約束事だったらしい。元辺境伯が謀反を起したとか、裏切り行為があったわけではない。
それともうひとつ大事なことが――。
それは聖理愛と希望のふたりが村人になったこと。
とは言っても、未だ帝国領に住んでいるんだけどね。聖理愛の忠誠度は90を優に超え、希望もそろそろ90に到達しそうなところ。もちろん能力強化も2回おこなえる状態になっている。
ちなみにナナシ村には何度か来ているが……。ふたりとも、日本へはまだ一度も帰っていなかった。
◇◇◇
と、そんな本日、
私はひとり、聖理愛の家にお邪魔していた。今はふたりでお茶を飲みながら、雑談に興じているところだった。
「――で、今日も希望は出かけてるのか?」
「ええ、相変わらずいつものところよ」
「あいつ、生粋の戦闘狂だよな。普段は結構大人しいのに……」
今いる場所は元領主館の客室。建物や庭を含め、すべて聖理愛の所有物となっている。20名ほどの給仕が常駐しており、どこぞのお貴族さまのようだ。
ちなみに帝国にいる日本人も、今までどおりに生活をしている。なかには新皇帝の側近として活躍する者もいたりして。かの剣聖なんかは、軍団長の座に就任していた。
「そういえば先日、椿さんと桜さんから正式な許可を貰ったわよ」
「ああその話……本気なのか?」
「ええ、ずっと前から決めていたもの」
と、唐突に話題を振られたわけが……
聖理愛が言う許可というのは、俺との関係についてのこと。平たく言ってしまえば、俺の共有権を貰ったということだ。実は俺自身も数日前に聞いたばかりだった。
「でもおかしくないか? これまで恋愛要素なんて皆無だっただろ」
「それなら前に言ったでしょう」
「前に……? ああ、欲望と理性の均衡がどうたらってヤツか」
「ええ、あと単純に見た目も好みよ」
他人に好かれるのは嬉しいが……どうしても疑いの目で見てしまう。どう解釈したって、俺を好きになる要素が見当たらない。
別に命を救ったわけでもないし、危機的状況に現れる主人公、みたいなムーヴをかました覚えすらない。そもそもそんなことで惚れること自体、普通はあり得ないと思っている。
(それに聖理愛のヤツ、どう見てもチョロインって柄じゃないだろ……)
そんなことを思いながらも、今の気持ちを正直に伝える。
「まあなんにしても、そういう対象として見たことはないぞ。失礼を承知で言わせてもらうが、女帝とか女豹のイメージしかない」
「そう、今はそれでいいわ」
聖理愛は表情を変えないまま、「数年後には手のひら返してみせる」と豪語していた。椿や桜とどんなやり取りをしているのか、それだけは気になるが……あとは成り行きに任せるほかない。
話も一区切りついたので、別の話題を振ってみる。ナナシアへの移住、ひいては日本への帰還についてを聞いてみた。のだが……
どうやら今すぐ移り住むつもりはないようだ。大規模転移のゴタゴタが終わるまでは、帝国のサポートをするつもりらしい。
もし帝国が混乱すれば、少なからずナナシ村にも影響がでてくる。それを未然に防ぐために常駐してくれている、のかもしれなかった。
「まず無いとは思うけど……何かあったらすぐ村へ飛んで来いよ?」
何度か村にも来てるから、転移陣の使い方はわかっているはず。それにここには希望もいるのだ。あの戦闘力があれば大抵のことは解決してしまうだろう。
「大丈夫よ。たとえ何かあっても、あなたが助けに来てくれるもの」
「それはどうだろうな。ダメそうなら平気で見捨てると思うぞ?」
「あら、寂しいことを言うのね」
「自分の命が一番だ。これだけは変わらん」
何と思われようが、死んでしまったらおしまいだ。自分の命を投げうってでも……なんて展開は期待しないでほしい。
「ところであなた、能力強化はまだ使ってないのかしら?」
「ん? 急いで使うこともないだろ。それこそ大規模転移に備えて温存しておくつもりだ」
「そう、賢明な判断だと思うわ」
大規模転移のこともあるけど、日本の結界が消えた後、世界がどう動くのかも心配だ。いざという時の切り札として残しておきたい。
結局、それから1時間ほど話しただろうか。希望も帰って来そうにないので、そろそろ別れることになった。
「じゃあ、何かあったら連絡してくれ」
「あ、私も椿さんに念話をしないと。しかも撃沈報告の……」
「でもこれは正直な気持ちだし、思わせぶるよりはマシだろ?」
「……まあいいわ。気長に攻めるから」
「わかった、お手柔らかに頼むよ」
どこからともなく、
『おまえ、いいご身分だな?』
なんて幻聴が聞こえつつ、村へと帰るおっさんであった――。
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