第236話 同志たちの到来


 日本への帰還を果たしてから4か月――。いよいよ本日、日本人の受入れが始まろうとしていた。


 異世界でもそうだったけど、過ぎ去ってみればあっという間の出来事だった。ちなみに異世界転移から通算すると、実に1年10か月もの月日が流れている。もう異世界という存在も日常のものとなっていた。


 安全な拠点を確保でき、政府との交渉も上手くいった。魔石を売ればお金にも困らない。そんな日本での目的も、残すところは村人を増やすだけとなった。この調子でいけば、女神の神格化だって時間の問題だと思っている。

 

「みんな、そろそろ予定の時間だぞ」

「啓介さん、楽しみですね」

「これで村も盤石になりそうです」


 新規の村人を歓迎するため、今日だけは忠誠度関係なく、ほぼすべての獣人たちを連れてきている。日本への憧れを抱いてくれれば、彼らの忠誠度もさらに上がることだろう。


 と、そんな期待を抱いていると――


「あっ、来た来た!」

「うわっ、みんなすげぇ荷物だな」


 私たちは現在、村の入り口に陣取りお出迎えの真っ最中だった。


 隣にいる夏希も大はしゃぎしている。そして冬也が言うように、全員大きなリュックを背負い、両手にも荷物を山ほど抱えていた。手ぶらで来ているのは、先頭を歩く政樹たちくらいなものだ。


(荷物検査は対策室がやってるはずだけど……)


 事前の告知どおり、一部の者を除いてスマホやパソコン等の電子機器は持ち込み禁止、所持品は持てる分だけと定めている。


 異世界に行けばそんなものはないし、環境に適応できるかを確認するためでもあった。「やっぱり現代社会のほうが暮らしやすかった」と、そんな脱落者も少なからず出てくるはずだ。


 誤解を招かないよう説明すると、外部との連絡にはなんら制限をかけていない。専用電話は複数台あり、ネット環境も充実、いつでも誰とでも自由に話せる。もちろん、監視や録音なんて下衆な真似をするつもりはない。


「ようこそナナーシア村へ! みんなのことを歓迎する!」


 獣人たちの盛大な拍手に迎えられ、案内役のメンバーが居住区へと先導していく。先に荷物整理を済ませ、本格的な顔合わせは昼食を交えながらにする予定なのだ。


 家族や知り合いと住むものには一軒家を、単身の者たちには長屋を用意してある。いずれは個別の家をと考えているが……それはまだまだ先の話になるだろう。もしかしたら、早い段階で異世界へ行けちゃうかもしれないしね。まあそのあたりのことは臨機応変に対応していくつもりだ。


 そんな入居者たちを眺めていると、余所行きスタイルの政樹が声をかけてくる。今日はスーツをバッチリ着込み、口調も他人行儀な感じだった。


「――というわけで、ひとりの欠員もありません。入居者9百4名、全員をお連れしました」

「おつかれさまでした。政樹さんはこのあとも同行されますよね?」

「はい、ぜひお願いします」

「ところで……あの人たちはいったい?」

「あ、彼らも入居者です。ただちょっと体調がですね……」


 入居者たちが村に入っていった頃、4人組の男女が遅れて姿を見せていた。その足取りは非常に重く、いまもフラつきながらこちらに向かっている。車酔いでもしたのかと聞いたら、普通に40度近い高熱があるらしい……。


「村に入れば回復しますが、念のため治療班に診てもらいましょう」


 きっと今日という日を楽しみにしていたのだろう。乗り遅れてなるものかと必死の形相を見せている。案の定、彼らの忠誠度はすこぶる高く、その本気度が窺えた。


(これはかなり信用できるタイプだ。俺の直感がそう告げている)


 そんな有望株の彼らに言葉をかけてみたところ――


「村長……我らのアイドルはどこに?」

「今日の……今日の撮影はもう始まっていますか……」

「夏希ちゃんのプロデュースはわたしたちに任せて! ゲホゲホッ」

「い、衣装もたくさん作ってきました……」


 直感なんてものは当てにならず……4人とも夏希目当ての入居者だった。なんでも村の動画班になるべく入村してきたらしい。最後の女性なんかは、獣人たちにコスプレさせるのが夢なんだって……。


 これは後日知ることになるのだが――、


 実はこの人たち、全員秋穂の知り合いだったのだ。揃いも揃って映像関係のプロフェッショナルだった。みんな同じ職場で働いており、意気投合して応募したらしい。コスプレが趣味のようで、衣装も自前で用意できると豪語していたよ。秋穂の巫女衣装もこの女性が作っていたんだとさ。


 ちなみに秋穂のコスプレ撮影は、商業目的だったのか、それともただの趣味なのかはいまだ謎に包まれている――。


 今後はこの人たちを中心に配信が進んでいくことに。夏希と武士に続き、秋穂のコスプレチャンネルも開設。やがて第2のアイドルが誕生するわけだが……それはまた機会があれば話そう。



 とまあ、そんなアクシデントもありつつ、それから小一時間は食堂で待機していた。入居者のみんなも続々と集まっている。例の4人の姿も見えたが……もうすっかり良くなっているようだ。夏希を探しているのか、キョロキョロしながらうろついていた。


「啓介さん、そろそろ全員が揃いますのでスピーチの準備を」

「わかった。念のため、椿も一緒にいてくれると助かるよ」

「はい、もちろんご一緒します!」


 しばらくして全員が集まったのを確認、椿とふたりで壇上へと上がる。


 と、目の前には5千人近い人だかりが飛び込んできた。所狭しと詰め込まれ、半分以上は立ち見状態だ。それでも椿のおかげもあり、平然心でいられたよ。


 ありきたりな挨拶を終え、まずは村の規則を説明していった――。


「じゃあこのあと、みんなにも自己紹介をしてもらうぞ。苦手な人もいると思うが……最初くらいは気合を入れて挑んで欲しい」


 それを聞いた村人の顔は……強張っている人がチラホラというところか。これだけ大勢の前で話すわけだ、緊張するなと言うほうが難しいだろう。


「全員と仲良くしろとは言わない。けど、気楽に話せる仲になれたら嬉しいよ。歳も外面も気にせず、村のために励んでほしい」


 と、ここで女神さまがご登場。


 気さくな感じで挨拶をこなし、そのままシレッと食事の席についていた。いつものような過剰演出はなかったけど……逆に入村者の視線は釘付けだったよ。ときおり女神が手を振ると、会場の至るところがザワついていた。


(なるほど、このほうがプレミア感があっていいのかも?)


 そのあとは昼食をいただきながら、新規メンバーの自己紹介タイムへと突入する。


 さすがに全員は無理なので、夕食や明日以降もおこなう予定。これからも続々と増えていくので、しばらくは毎日、自己紹介を見ながらの食事となるだろう。


「――ってことで、今日からよろしくお願いします!」

「はい、22歳独身の由梨さんでしたー! みんな覚えてあげてねー」


 次々と壇上へ上がる村人たち。司会の夏希が合いの手を入れながら、終始和やかに進行していく――。


 結局のところ、ほとんどの人は早々に退散していったよ。なかには異世界談議を熱く語り出す猛者もいたけどね。持参した資料を片手に、『忠誠度を上げる3つの方法』なんてのを披露してくれた。


 兎にも角にも、普通ならドン引きするような話題だってここならば容易に受け入れられる。話を煙たがるようなヤツは誰ひとりとして存在しない。そんな理想的な環境を前にして、誰しもが陽気に過ごしていた――。



 次はいよいよ教会での授与式だ。


 総勢9百人の村人たち。果たしてどんな職業が現れるのか――いまから楽しみで仕方がなかった。





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