第233話 夢の空間

 政樹たちを引き連れてメイン会場へと向かうと――。


 そこには巨大な建物群が見えてきた。ここは本日オープンしたばかり、夢と希望が詰まりに詰まった総合レジャー施設だ。フードコートに大浴場、それにネットカフェと図書館が全部詰め込まれている。


 今ごろあそこは、多くの人たちで賑わっているのだろうな。と、そんなことを思いながら自然と急ぎ足になる――。


「おお、これが噂の……」

「うわっ、なにこれ……」

「獣人さんたちがたくさんいるっ」


 3人とも建物の中を見るのは初めてのはず、この反応も頷けるというものだ。柚乃のリアクションは少し違ったけど……まあいいだろう。それを含めて最高だと言えよう。


「どうだ、ワクワクするだろ?」


 そんな私も浮かれているのか、ついドヤ顔を決めてしまう。自分は何も手伝っていないが、我がもの顔で解説をはじめていた――。


「パソコン50台に本が5万冊、ゲームタイトルも5千以上取り揃えている。そして将来的には、この5倍以上の規模となる計画だぞ」

「なっ、なんだって!?」

「わたし、あとで辞表書こうかな……」

「獣人さんが5倍も……やった!」


 ……もちろんテレビもあるし、アニメも見放題だ。ほかにもシアタールームがあったり、ビリヤードやダーツ、カラオケなんかも完備されている。


「明日の準備もあるだろうけど、時間の許す限り見ていってくれ。あ、受付を忘れるなよ」


 そう言って3人と別れ、さっそく施設内を見てまわる。



◇◇◇


 まず最初に立ち寄ったのはテレビゾーン。


 ここには20室程度の個室があり、それぞれ5人は入れる大きさに仕切ってある。もちろん各種契約は済ませてあるので、アニメも映画も見放題だ。すぐ近くにはシアタールームも開業している。


(おっ、ドラゴと冬也がいるじゃん)


 ズラっと並んでいる個室、その扉には利用者の名札がかかっている。受付で札をもらって、各施設で掲示するのがここでの規則だ。これのおかげで、どこに誰がいるのかがひと目でわかる。


「冬也、入ってもいいか?」

「お、村長じゃん。打ち合わせは終わったのか?」


 扉があくと二人の姿が――今は某有名な格闘アニメを視聴しているところだった。あまり詳しくは言えないが……主人公の手に魔力っぽいものが集まり、必殺技を繰り出している。すごく元気が貰えそうな感じだ。


「おい冬也、この技はなんだ!? 魔素がどんどん集まっているぞ!」

「ああ、それはさ――」


 興奮するドラゴは、私が来たことにすら気づいていない。まるでテレビ画面に釘付けの子どもみたいだった。


(その元気を俺にも分けてくれよ……っと、これ以上は危ない)


 冬也曰く、次は某竜人勇者のアニメを見せる予定らしい。きっと、「この者は我らの祖先なのか?」とか「もしかすると初代様では?」なんてことを言いながら徹夜を繰り返すのだろう。


「ドラゴも集中してるようだし、ほかの様子を見てくるよ。邪魔したな」

「そうなのか? 村長も見てけばいいのに」

「いや、見始めたら絶対止まらなくなる。今日は休日なんだし、ふたりはゆっくり楽しんでくれ」

「わかった。じゃあ今度一緒に見ようぜ」

「もちろんだ。冬也オススメをチョイスしといてくれよ」


 異世界のダンジョン捜索も今日はお休み。気のすむまで堪能してくれたらいい。ほかの個室にも声をかけたあと、次のゾーンへと移動する。


(よし、次はネットカフェに行くか)


 テレビゾーンのすぐ隣には50台のPCが設置してある。ひと島に10台、それが5列分ほど並んでいた。設置予定の空間が目立っているけど、これだけでも結構なインパクトがある。基本はペアシートになっており、多くの獣人たちが利用していた。


 その近くには説明役の日本人も――


「おつかれさま。みんなの様子はどう?」

「あ、村長おつかれさまです。皆さん覚えはいいですよ。それに音声認識もありますからね、動画検索も余裕です」

「ちなみに、人気の動画とかはあるの?」

「そうですね――」


 日本や世界の風景をはじめ、電車や自動車などの乗り物、あとは料理番組が人気のようだ。彼ら彼女らにとっては科学こそが魔法なのだろう。なかには小難しいサイエンスものを見ている獣人もいた。


 ここはオープンスペースなので、どこに誰がいるかは一目瞭然。そんな一画にはルドルグと樹里の姿も――。説明役の彼女を労い、ふたりの元へと近づいていく。


(あのふたりの共通点と言えば……たぶんアレしかないだろうな)


 私の予想は正しかったようで、ペアシートに仲良く座るふたりは、古民家再生シリーズにご執心のご様子。樹里をとなりに置きながら、ああでもないこうでもないとウンチクを語っていた。


「ルドルグ、楽しんでるか?」

「おお長か、これは実に興味深いぞ。見たこともない素材が次から次へと……日本の技術とは恐ろしいものだ」

「希望があれば取り寄せてくれ。どんなものを作ってくれるか楽しみだ」

「そうか! なら工作道具を頼む!」


 創作意欲が沸き上がっているのか、手元で図面をひきながら楽しそうにしている。隣にいる樹里曰く、このあとはクラフト系のゲームに挑戦させるらしい。きっとルドルグも沼にハマるのだろう。3人で遊べる日も遠くない気がしている。


「あ、そういえば村長。さっき夏希ちゃんが探してましたよ?」

「夏希が私を?」

「たぶん漫画喫茶にいると思います。なんでもオススメしたいラノベがあるみたいですよ?」

「そうか、じゃあちょっと見てくるわ」


 さっそく漫画コーナーへ向かってみると、そこには夏希と秋穂の姿が――。たくさんの書籍を山積みにしてゴロ寝を決め込んでいた。周りには多くの獣人もいて、思い思いに楽しんでいるようだった。


 ここには個室のほかにも、一面に畳を敷きつめた寛ぎ空間がある。広さにして100畳以上はあるだろうか。大浴場とも隣接しており、風呂上がりの休憩所としても利用している。


「あっ秋ちゃん。村長がやっと来たよ!」

「村長、お先に満喫してます!」

 

 私が近づいていくとすぐにふたりが反応する。恐らく風呂上がりなのだろう、薄着のままだらしない恰好でこちらを見ていた。よくよく見てみると、周りの獣人たちも似たような服装をしている。


「ここも大盛況だな。まあ、初日ってのもあるんだろうけど」

「美味しいご飯に広いお風呂、そしてここでの寛ぎタイム。これは村の定番コースになりそう」

「まさに夢のような空間だよねー」


 ほかの獣人たちも漫画や小説に夢中となっている。とくに異世界ものが人気のようで、自分の同族が登場するとめちゃくちゃ盛り上がっていた。獣人が出てくるシリーズはかなり多いし、当分飽きることはないと思う。


 それとどうやら、すべて実在の話だと認識しているようだ。登場人物やストーリーなども含めて、没入感は日本人のそれとは比べ物にならない。


「そういやお前たち、お薦めを紹介してくれるんだって?」

「あ、そうだった! これなんて村長に合うと思うんだよね」

「ほほぉ、どんなジャンルなんだ?」


 ふたりが手渡してきたのは、領地開拓ものの新作だった。たしかに大好物だが……そのタイトルを見て疑問符が浮かぶ。


『悪徳村長、奴隷を侍らせハーレム無双!』

『村の女は嫁だらけ、農業チートで日本征服!~無自覚のおっさんは日本でも自重しないようです~』


 これはどういうことだろう、最初のは学生村長のことなのか? そして2番目のは……まさか私への当てつけ? 妙にピンポイントで、極めて悪意に満ちたチョイスに思える。


「とくに嫁だらけシリーズがオススメかなぁ。内容も結構エグいし、おっさんの欲望丸出しって感じだよー」

「村長が辿るかもしれなかった魔王ルート、まさにそんな話だよ」


 どうやら冗談で選んだわけではないようだ。ざっとあらすじを読んだが……結構興味を魅かれる。物語として楽しむ分には差し支えないだろう。


「まあその主人公、最後は嫁たちに刺されて死んじゃうんだけどね?」

「おい、薦めておいていきなりネタバレはやめろ。……てか、その村長哀れ過ぎないか?」

「今後の戒めにはなるんじゃない?」


(自分への戒め……。たしかに、そんな死に方だけは御免被りたい)


 まったく悪びれもせず、楽しそうに話しているふたり。そのあとも何冊か渡されたが、そちらはラブコメや恋愛ものが多かった。もちろん嫌いではないので、今度じっくり読ませてもらうことにした。


 その後も各所を回りながら、夢の空間を満喫していく。紹介したいところは他にもたくさんあるけど、それはまたの機会にしようと思う。



 いよいよ明日は審査当日、


 どんな人たちが訪れるのか、そして何人が村人になれるのか。期待に胸を膨らませるおっさんであった――。




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