第228話 こじらせ勇者と聖女の恋愛観


 みんなで昼食をいただいたあと、


 私はひとり、帝国にいる聖理愛のところへ向かった。どうやら獣人国関連に動きがあったらしい。


 前回会ってから1か月以上は経つのだが……果たしてどんな状況に向かったのだろうか。そんなことを考えながら転移陣を起動させる――。



「あら、今日は珍しくひとりなのね。護衛を連れなくていいのかしら」

「椿は別件で忙しくてさ。それに、護衛はもう必要ないだろ?」

「ずいぶんと信用してくれるのね、とてもうれしいわ」


 と、軽い挨拶を交わしていくのだが……ここに来てから、どことなく違和感を覚えている。しかしそれが何なのかはわからない。


(まあいい。ひとまず本題に入ろう)


 ステータスにも異常はないので、獣人国の話を進めていった――。


 彼女曰く、北の街の移譲は滞りなく完遂したらしい。すでに多くの獣人たちが移住を進めている最中だった。その街のトップには、狐人の領主が就任している。本来ケーモスの街を収めるはずだったアノ人物だ。


「一度も見たことないけど……生きてたんだな。いや、生かしていたと言うべきか」

「今回は偶然そうなったわね」

「そう言いながら、ホントはお見通しだったんだろ?」


 何も言わずに微笑む聖理愛、たぶんそういうことなんだろう。結果的には丸く収まっているし、獣人、とくに狐人からの印象も幾分マシになっているようだ。


(実際、大したもんだよ。まさに女帝って感じがするわ)


 食糧支援や技術支援を含め、現在も手厚く援助を続けている。議会からの後押しもあり、隆之介への責任転嫁も上手くいっているらしい。お互い交易をはじめる程度には事態が好転していた。


 と、概ねの話しが聞けたところで、今度は私のほうから情報提供をする。日本の動向やダンジョンのこと、冒険者組合設立の流れについて語っていった――。


「もうすっかり現代ファンタジーね。日本政府の立ち回りも思ってた以上に柔軟だし……ちょっと意外かも」

「やんごとなき人がトップにいるからだろう。かなりゴリ押ししてるみたいだ。対策室の連中も変わり者が多いよ。もちろんいい意味でね」

「私も日本に行ってみたくなったわ」

「お、ようやくその気になったか」

「あなたの炎上動画に興味があるのよ」

「いや、それは勘弁してくれ……」


 そのあとも雑談が続き、お互いの情報交換もひとしきり済んだ頃――、


 さっきから感じていた違和感の正体に気がついた。


 領主館の周りにいる日本人、その年齢層が明らかに下がっているのだ。ざっと見る限り、おっさん連中の姿がどこにも見当たらない。


「聖理愛、ここにいたおっさんたちって……何処へ行ったんだ?」

「ああ、そのことね――」


 聖理愛が言うには、ここにいたおっさんズは西の街へと移住したらしい。とはいえ、多少は残ってるみたいだけどね。


 移住の理由は街の警護だと言っている。北の街を明け渡したことにより、西の街の人口が急激に増加した。その治安維持のために、多くのおっさんを派遣したようだ。


 たしかにあのおっさんたち、レベルは他の連中に比べて高い傾向にあった。警備させるにはうってつけの人材だとは思う。

 

「なあ、ちょっと不躾な質問になるが……」

「なにかしら、とても気になるわ」

「聖理愛って、ホントにおっさん趣味なのか? なんとなくだが、実は違う気がしててさ。何か別の理由があるんじゃないかって――」


 ハーレムを作るにしても、だ。


 いくらなんでもあの人数は多すぎる。ちょっと卑猥な言い方になるが、あれじゃ身が持たないと思うんだ。それこそ絶倫みたいなスキルもなかったし……。


「あの年代の人って、割と誠実なのよね」


 などと思っているところで、聖理愛がポツリと語り出す。誠実とはどういう意味だろうか。


「……それはおっさんがってことか?」

「ええ、野心が低いとも言えるけれど」


 おい、それって要するに……ってことじゃね? そうツッコミたいところだったが、話の腰を折らないように続きを促す。


「理性と欲望のバランスがとれている。そういう人が好みなのよね」

「要は、扱いやすいってことだよな」

「もちろんそれもあるわ。実際あの人たちがいなければ、帝国の治安はとっくに崩壊してる。初期の頃から必死になって集めたのよ」

「じゃあ、性癖とは無関係ってことか?」

「好みに合う人が多いのは事実よ」


(ん? 結局どうなんだこれ?)


 なんだか良くわからないが、ただのおっさんハーレムじゃないことだけは理解した。俺みたいに忠誠度が見えない以上、他者の倫理観、理性に頼るほかない。――でも、元辺境伯とは親身にしていたような気も……。


「いま、辺境伯のことを考えたでしょ?」

「なっ、読心術か……当たってるけど」

「そんなの使わなくてもわかるわよ。彼には相思相愛の相手がいるし、子供もたくさんいる。って、椿さんから何も聞いてないの?」

「いや、聞いてない」

「あらそうなの。まだ早いってことかしら」


(何が早いのかは知らないけど、前回ふたりで話してたのはこの事だったのか。それにしては楽し気だったが……全然わからん)


 結局あやふやなまま話は途切れ、この謎は迷宮入りとなった。そうこうしているうちに、妹の希望が合流。3人で日本のことを話しながら1時間ほど過ごしていた。


 勇者希望からは、以前のような悲壮感がまったく感じられない。最近はダンジョンに籠ったり、街周辺の魔物討伐に精を出しているらしい。ちなみにパーティーは組まず、いつもソロで攻略しているんだと。


「いらんお世話だけど危なくない? ってか、怖くないの?」

「いえ、全然。むしろ他人がいたほうが怖いですね。いつ襲われるかわかりませんし」

「うわっ、相当こじらせてるな……」


 あまりに平然と言うもんだから、つい口に出てしまった。


 が、当の本人は気にした様子もない。これが本来の性格なのだろうか、ケロッとした表情で話を続けていく。


「人の悪意さえなければ、異世界って最高ですよね。お姉ちゃんも一緒だし、ダンジョンでレベルも上がるし!」

「なるほど……ちなみに何階層まで?」

「つい最近、25層のボスを倒しましたよ!」

「え、それって例のベヒーモスだよな?」

「めちゃくちゃ強かったですけどね。春香さんから情報を貰っていたのでなんとかなりました!」


 春香とちょくちょく会っていたのは知っているが、それにしてもヤバ過ぎる。レベルも100を超えてるし……コイツこそ、本物の戦闘狂だ。


「でもこの子、他人に絡まれるとダメなのよ。すぐに委縮しちゃって」

「だってお姉ちゃん、人間って怖んだもん」


(この勇者、実に歪な感じで成長している。根はやさしい子なんだけどな……。ある意味、この世界で魔王に一番近い存在なのかもしれん)


 そんな一抹の不安を覚えながらも、楽しいひと時が過ぎていった――。




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