第227話 人事異動
樹里と別れたあとは、村をブラブラまわってみたり、動画撮影を手伝いながら過ごすことに――。自分が映らなければ気楽なもんで、あっという間に昼食の時間を迎えていた。
今日は午後から外出をする予定、手早く昼食を済ませて出発の準備に取り掛かる。まあ外出とは言っても、目的地は目と鼻の先だけど……。
室長の政樹と会うために、すぐそこにある駐屯地へと向かった。
「啓介さんお久しぶり……というほどでもないですね」
「こんにちは、今日は朝からこちらに?」
「昨日の夜から乗り込んでいます。周辺整備のこともありましたので」
駐屯地に到着して早々、室長の政樹が出迎えてくれた。あたりを見渡してみると、すでに畑はつぶされて大きな広場が完成している。その周囲には天幕が立ち並び、建設中の建物なんかも――。どうやらあの場所が対策室本部になるらしい。
そんな道中、見知った自衛隊の方々と挨拶を交わしながら、仮設本部がある天幕へと移動する。天幕の中は広々としていて、椎名や柚乃の姿も見えていた。今日はふたりとも仕事モードのようで、真剣な顔つきをしている。
「さて、異世界談議を始めたいところですが……ここでの会話はすべて記録されます。さっそく本題に入りましょう」
今日ここに来た目的は、政府側の要件を再確認すること。細かい要綱をチェックして、お互い不都合がないかを打ち合わせる。事前に配られた資料に目を落としつつ、室長の話に耳を傾けていく。
「まずは年齢制限に関してですが――」
大前提として、男女問わず18歳以上の制限を設けた。たとえ成人であっても、扶養家族がいる者は対象外となる。
まだ自己判断のできない子どもを無理やり……なんて事態は避けたいからだ。私や政府が許可しても、世間のありがたいお言葉が許さないだろう。
「やはり未成年は難しいですよね」
「現時点では無理です。今後実績を重ねていけばあるいは――」
「政府が管理するダンジョンって、入場制限は16歳以上でしたよね?」
「はい、ただし保護者の同伴が必要です」
(政府が制限を引き下げていけば、おのずと世情も変化してくるはず。それを見計らって変更するのが無難かな)
私自身も納得したところで、次の要綱に移っていく。今度は住民登録や税金、法令に関することが記載されている。
村人になった者は、村を正式な住居として住民登録をおこなう。税金については、村の人口に応じて村長がまとめて支払うことに。なお、魔石の販売による利益は課税対象とならない。
村は異世界特区ではあるが、日本にいる限りは法を順守する義務がある。殺人罪や傷害罪など、たとえ村人であろうとも適用される。
――と、世間には公表する予定。村に危害を加えた場合は全て無視すると伝えてあった。
「ここに関しては問題ありません。私たちもなるべく穏便に暮らしたい」
「はい。政府としても、全面的に支援することをお約束します」
会話の記録が残るのでこれ以上の話は避けるが……。全面的な支援、すなわち隠蔽工作の確約はとれている。それにこちらも、無茶をするつもりは毛頭ない。余程のことがない限りは問題ないと思われた。
「それでは、具体的な受け入れ手順の説明に入ります」
「あれ? 募集の開始時期が早まってませんか?」
今日配られた資料には、募集開始が1週間後に早まっていた。確か以前は1か月後だったはず――、こんなに前倒しして大丈夫なんだろうか。
そう思っていると、
「実は国民からの要望が多く
「……いや、こちらとしてもありがたい。それで手順の変更は?」
「開始日以外はありません。まずは――」
書類審査には年齢、既往歴、家族構成等の情報提供を要する。場合によっては家庭環境の調査を実施。上記の審査を通過した者は、政府が指定した日に村を訪問することになる。
まずないと思うが、いきなり何百万もの人が押し寄せて来ても困る。そのための日時指定だった。
現在のところ、現地審査は週に2回、1日の訪問数を5千人程度に設定している。午前と午後に分ければなんとかなるだろう。たぶん……。
どれだけの募集があるのか、いまはまったく想像できない。が……少なくとも1万人以上は村人にしたい。村の住居もそのつもりで建てているからだ。ゴーストタウンになるようなことは避けたかった――。
「では、応募開始は1週間後に。現地審査は1か月後に実施します」
「よろしくお願いします」
1か月もあれば、住居の整備や各施設の建設も進むだろう。それに集団転移の日まで、まだ8か月以上の猶予がある。あせることなく、じっくり進めていけばいい。
◇◇◇
その翌日は、ナナシアの街で首脳会議を開くことになった。領主館には要職に就く者たちが勢ぞろいしている。どの面子も、村に欠かすことのできない重要な人材ばかりだ。
「さて、全員集まったようだし始めようか」
今日の議題は『各部署の引継ぎ状況について』
最近は日本での活動がメインとなっているが、異世界のほうを疎かにすることはできない。しっかり引継ぎをして、万全の体制を取りたいところだった。
村長代理の椿、物資担当のメリナード、人事担当の春香は変更なし。主軸となる3名は日本と異世界を兼務してもらう。建設担当のルドルグは、一番弟子に異世界を任せている。自身は日本で活動を続けるつもりだ。
ナナシア領主はドラゴからウルフォクスへ変更した。領主経験のあるルクスなら安心して任せられる。その補佐を務めるのは魚人のマリア、ルクスの妻であり元議員でもある。これ以上の適任者はいないだろう。
「次は総司令の変更なんだが……杏子、本当に無理してないか?」
「ええ任せてちょうだい。しっかりと務めてみせるわ」
「そうか、杏子になら安心して任せられる。頼んだぞ」
桜から杏子に変更することは、かなり早い段階で決まっていた。以前、「日本に来なくてもいいのか」と尋ねたんだが……本人にその気はないらしい。いつでも帰れる状況なら、むしろこっちで活躍したい。そうハッキリと宣言していたのだ。
「休日にはそっちに行くから平気よ。あ、新刊リストを作ってくれたら嬉しいかも?」
「ははっ、きっちり取り揃えておくよ」
なお、杏子が担当していた医療班については、秋穂と葉月の2人が交代で常駐する。治癒魔法を覚えた獣人も6名に増えたので問題ないだろう。
「冬也とラドは問題ないか?」
「ああ、ナナシ軍は変更ないよ。勇人さんや立花さんもいるからね。交代で常駐することにはなるけど」
「我ら警備隊もそのままだ。日本の巡回警備も任されよ」
「わかった。杏子と一緒に細部の調整をしてくれ」
と、大体こんな感じの体制に決まったわけだが……。
本音を言えば、それほど心配はしていなかった。現状、明らかな敵対勢力は皆無だし、そうなるように色々立ち回って来たのだ。
それに私を含め、みんなも毎日のように異世界間を行き来している。結界の中にいる限り、日本にいようが異世界にいようが差異はない。転移陣と異界の門を使えばすぐにでも移動可能、不測の事態に後れを取ることはないと考えている。
――そのあと2時間ほど経ったところで、ようやくすべての確認がとれた。引継ぎも問題なくおわり、各自が散り散りに去っていく。
「そういや村長、このあと帝国に行くんだよな。昨日伝令が来てたし、何かあったのか?」
「ん? 昨日も伝えただろ? 獣人国との関係が好転してるらしいぞ。書簡にあったのもソレだけだ」
「そっか、一応油断はするなよ」
「ああ、気をつけるさ」
これ以上踏み込んで話すと変なフラグが立ちそうだ。と、そんなことを思いながら、首脳会議はお開きとなった――。
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