第223話 密室にふたりきり


 今日の配信は30分程度と短めだったが、これもすべて予定どおり。


 夏希と樹里曰く、毎回だらだら流すよりかは、物足りないくらいが丁度いいんだと。ネタが尽きるまでは当分この方針で攻めるらしい。それとは別に、耐久配信も計画してるようだが……まあ、そのあたりは全部任せている。


 そんなこんなで、いまはナナーシアさまとふたり、先ほどのサプライズについて話していた。


「しかし驚きましたよ。まさか女神さまご本人の登場とは……」

「うんうん、そうでしょうそうでしょう」

「いや、べつに褒めてないですけど」

「でも良かったでしょう? 視聴者の反響も抜群でしたよ!」


 まったく仰るとおりなんだが……。これからさらにエスカレートしそうで怖い。この人、サプライズ大好きだし。隙あらば脅かしてくるし。そう思い、念のため釘をさしておく。


「まあそうですけど……やり過ぎて出演NGになっても知りませんよ? せめて樹里には事前報告を」

「あれ、おかしいですね。先輩の指示通りやったはずなのに……」

「先輩? それって樹里のことですか?」

「いえ、以前話した神様配信者の――」


 どうやら今回の演出担当は日本の神様だったみたい。「これ絶対受けるから! 神演出の定番だから!」ってことでお墨付きをもらったらしい。今すぐ行って来いと言われ、神界から飛んできたようだ。


 日本の神様、ノリが良すぎなのでは? という感想と同時に、配信を見られていた事実に驚いた。


「てことは向こうで視聴を? 神々が?」

「当然です。超特大スクリーンで見てます。というよりこの村、そもそも24時間監視されてますよ?」

「に、にじゅ……マジっすか……」 

「地球の歴史上初めての展開ですから。あ、天罰とかはありませんよ。余程のことでなければ」

 

 女神がこぼした情報に、集まってきたみんなも動揺していた。覗かれてるとは思っていたけど、まさか24時間体制だったとは……。


 と、そんな一幕もありつつ、


 また神界に行くという女神と別れ、今日はのんびり過ごすことに――。とはいっても、まだ昼にすらなってないんだけどね。


 家に戻ってからしばらくは本当にボーっとしていただけ。椿とふたりでお茶をすすりながら、ただただ平穏な時間を満喫した。いまは彼女に誘われ、先ほど話題にでた神配信者の動画を視聴しているところだ。


「なるほど、この方がそうなんですね」

「あ……うん。椿は知らない? キャンプ動画で人気なんだけどな」

「んー、ちょっとわかりませんね」 

「そうか……うん、知らないよね」


 それはさておき、コレはどう解釈していいのだろうか。先ほどから椿との距離がめちゃくちゃ近いのだ。二人並んでPCを見てるんだけど……もはや密着という次元を超えつつある。そんな状況のなか、動画の内容なんて頭に入るはずもない。


 今までこんなに前衛的なことは一度たりともなかった。あまり言いたくないけど、お互いそれとなく匂わせて……みたいな感じだったんだ。それがどういうわけか、まるで別人かのように――。いや、態度や言葉遣いは普段通りなんだけど。


 もちろん鈍感系で誤魔化すつもりはない。中身はいい歳をしたおっさんだと自覚している。桜との件も筒抜けだろうし、恐らくそれが原因だろうと考えたよ。


「なあ、椿」

「…………」


 でもなんか違う気がして――


「今日はどうした? もちろん嬉しいけど……なんか変じゃないか?」

「あの……実は……」


 あ、わかった、わかってしまった。これはもうアレしかない。だが、そういうことも自然の流れと、覚悟の準備はできている。お互い支えあう基盤だってある。そうか、俺もとうとう――

 

「使徒スキルの弊害が……どうしても押さえきれなくて……」

「……ん?」


 父親に――なるのはまだ先のようだ。どうやら全然違うことが原因だったらしい。使徒スキルって言ってたけど、どういうことだかわからない。ていうか、何がなんだかわからなかった。そのまま数分は頭が回らず、何度か説明を聞いたところでようやく理解することができた。

 

「――なるほど、そんな弊害があったのか。たしかに昨日今日と負荷をかけすぎたかもしれない……」

「啓介さん? なんか残念そうですけど……大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。これは覚悟の問題だ」

「……?」


 どうやら使徒スキル『安らぎの加護』には弊害、というか副作用的なものがあるらしい。椿自身は女神から聞いていたが……内容が内容だけに言えなかったようだ。


 安らぎの加護には、『本人と指定対象1人の精神耐性が大幅に向上』、という効果がある。しかしこの効果、厳密には少し違ったのだ。精神耐性は向上するけど、精神異常が表面にでないだけで蓄積するらしい。さらに指定対象の負荷を肩代わりするオマケつきだったのだ。


 簡単に言うと、『ストレスは感じないけど、ストレス自体は溜まっている状態』ってことだ。それを発散させるために、食欲・性欲・睡眠欲のいずれかが発症する。今回の場合、私がコメントでやられたストレスを椿が肩代わりして、溜まったものが性欲として発症したことになる。


「なんかすまん……。このおっさん、メンタル弱すぎなのかもしれん」

「いえ、役に立てるなら平気ですよ」

「でもどうする? いや……だってさすがにマズいだろ、まだ朝だし」

「たぶんですけど、しばらくこのまま密着してれば――」

「なるほど、緊急事態ではないってことか」


 椿の談によれば、緊急事態だともっとヤバい状態になるらしい。女神からそれを聞いてしまい、余計に言い出しにくかったようだ。


「じゃあ、しばらくこのままで」

「はい、なら遠慮なく――」

「うおっ」


(今日はこの程度で済んだけど、あまり頼り過ぎるのは良くないな。しかしそうなると――もうひとつの加護はどうなるんだ?)


 人には見せられない状況のなか、それについても聞いてみる。


「なあ椿、祝福の加護……運命値の肩代わりってヤバくないか?」

「ヤバいですよ。それこそ命に関わるものだと――」 

「おい、どう対処すればいいんだ。女神はなんて?」

「命の終わりには生命の育みを、そういうことです」

「――そうか、肝に銘じておくよ」


 結局、昼までずっとふたりきりで過ごすことになった。誰も来ることはなかったし、このことを知る者はいないだろう。


 そう、神界にいる八百万の神々以外は――





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る