第208話 訪問者、現る


 爺さんから土地を譲り受けて6日が経過


 あれ以来、日本での手続きを済ませつつも、動画の撮影に明け暮れていた。


 なんだかんだと、日本に戻ってから1か月近く経つわけだが――。ちょいちょい外出してるし、銀行を始め、いろんなところに足跡がついている。行政なり警察なり、そろそろ接触してきてもおかしくない、そう思っていた。


 ネットの情報によると、異世界から帰還した者は漏れなく事情聴取を受けている。私だけ例外なんてことはまずないだろう。――と、いつものようにフラグを立てたところで、それらしい動きがあった。どうでもいいことだが、旗が折れずに成立したのは久しぶりな気がする。



 事のはじめは、朝食を済ませて外出しようとしたときだった。爺ちゃんの旅立ちを明日に控え、勇人と一緒に手土産でも買いに行こうとしたのだが……。


 玄関のドアに手をかけたところで自宅のインターホンが鳴り響く。


(こんな朝早くに誰だろ? 配達を頼んだ覚えもないし……) 


 いったん戻ってカメラを確認すると、スーツ姿の男女が門の前に立っていた。画面で見える範囲では5人。明らかにご近所さんではないし、宅配業者にも見えない。


「啓介さんのお知り合い……ではないですよね?」

「ああ、全然知らない人だな。そもそも、朝っぱらからスーツを着込んだ集団なんて、普通は訪問してこないだろ」

「行政機関の人でしょうか?」

「たぶんそんなとこだろうが……よし、まずは私だけで対応してみるよ」

「わかりました。何かあれば念話で知らせてください。僕もここから確認しておきますので」


 わざわざこのタイミングで来たってことは、すでに誰かしらが家にいるのは承知のはず。今さら居留守を使ったところで無駄だと思い、とりあえず門の前まで向かう。



「あ、おはようございます。朝早くに押しかけて申し訳ございません。私たちは町役場の者です。集団失踪事件の調査チームに所属しております。失礼ですが、日下部啓介さんでお間違いないでしょうか」


 そう言いながら、リーダーっぽい感じの人が身分証を提示してくる。とくに愛想笑いを振りまくわけもなく、みんな真剣な表情でこちらを見ている。どことなく、警戒心とか恐怖心を抱いている印象を受けた。


 提示された身分証が本物かどうかの見分けなんてつかない。が、人物鑑定に異常は見当たらない。5人とも職業やスキルを持ってないし、爺ちゃんみたいに表示がバグっているわけでもなかった。


「おはようございます。私が日下部ですけど……役場の人がなんの御用でしょうか」


 自ら調査チームと名乗っていたし、私の聴取に来たのはわかりきっている。いまさら白を切るつもりはないけど、ひとまずこちらも警戒している雰囲気を作っておく。


「これは失礼しました。私ども、集団失踪された方の事情聴取を行っておりまして――」


 そのあとは案の定、私が失踪した経緯をいろいろと聞かれる。


 どうやらマニュアルがあるようで、転移した日の状況とか、異世界の記憶があるかなど、手元にある資料に沿って進行している。相手も手慣れたものなんだろう。終始丁寧な口調で問われ、高慢だったり高圧的な感じは一切なかった。


 ただ、次の質問になったとき――


「ご回答ありがとうございます。続きまして、職業とスキルについてお聞きしたいのですが……」

「あの、それって強制ですか? 他の帰還者の方も答えてらっしゃるんですか?」

「もちろん強制ではありません。ただ、お答え頂けない場合は一定期間の監視と訪問をする規則となっておりまして……できましたら是非ご協力願えればと」


 帰還者がどんな能力を持っているのか。たぶんこれこそが本命なのだろう。ここにきて初めて語気を強めていた。


(さすがに村スキルのことは言えんな。でも虚偽の報告ってのも不味いし……これはどう答えたらいいものか)


 結局、渋るそぶりを見せつつも、スキルがであることを伝える。


 現在設定中の模倣スキルが『鑑定』なのは本当のことだ。それにもし相手が、鑑定スキル持ちを連れてきたとしてもだ。上位鑑定のおかげでこっちのステータスは見破れないだろう。


「なんとっ……いえ、失礼を。鑑定スキルをお持ちとは素晴らしい。とても珍しいものなので思わず驚いてしまいました」

「私にはよくわかりませんが、そんなに珍しいスキルなんですか?」

「ええ、それはもちろんです。なにせ1万人のスキル所持者の中でも、数名しか所有しておりませんので」

「なるほど……そうですか……」

「あ、ご心配には及びませんよ。希少スキルだからといって、強制保護だとかの措置は一切ありません。こちらとしては、任意での協力をお願いする立場ですから」

「ですか、なら良かったです」

「それでは、職業は、スキルは鑑定ということで登録させていただきます」


 職業についてはまだ何も話してないんだが……、勝手に勘違いしてくれる分には構わない。



 その後もさらに質問は続き、向こうでの生活や死亡時の話をしていく。


・獣人族領の森に転移して兎人と生活していたこと

・数か月後に街へ行って羊人の商会と知り合ったこと

・死んだときのことは記憶にないこと


 これらもすべて事実だ。聞かれたことには最低限答えているし、嘘はひとつたりとも吐いてない。


 ――と、ようやくここで全ての聴取がおわり、最後に行政機関への協力を求められることになった。鑑定スキルはとても貴重で、かなりの高額報酬を提示されたのだが……できれば普通に暮らしたいと伝え、丁重にお断りした。


「わかりました。我々としても個人の意向を尊重する方針です。とはいえ非常に貴重なスキルですので……後日、鑑定を受けて頂けますか?」

「鑑定、ですか? ああなるほど、まだ疑っているということですね」

「いや、決してそのような……あくまで規則のひとつでして。お気を悪くさせて申し訳ございません」

「いえいえ、別に鑑定するのはいいんですけどね。たぶん見れませんよ? 鑑定には、それを阻害する能力もありますので」

「阻害能力……そうでしたか。では諦めるほかありませんね。大変失礼しました」


 相手はずいぶんアッサリ引いたが、たぶんこのやり取りもマニュアル通りなのだろう。鑑定スキルLv4の阻害能力。これを持っているかを確認したんだと思う。と同時に、それを知ってる私は本物だと信じたらしい。


「――日下部さん、本日はご協力いただきありがとうございました」

「こちらこそ、いろいろと事情が聞けて助かりました。何かあれば連絡させて頂きますね」

「はい、お待ちしております。また伺わせて頂きますので、今後ともよろしくお願いします。では――」


 最後に、機関のリストへ登録させてもらうこと、定期的に訪問させてもらうこと、機関で働く意思があれば連絡がほしいと説明して帰っていった。


(さて、と。今回の訪問はただのキッカケ作りだろうな。ちょいちょい家の中を気にしていたし……こりゃあ、ほかの連中の存在もバレてるわ)


 微妙に見え隠れする外壁の結界。庭に設置してある意味不明な大型テント。きっと人の出入りも監視していたんだろう。今回はそれらに一切触れてこなかった。こちらの現状はだいたい把握している。そう見るべきだな。






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