第207話 日本のダンジョン仕様
「啓介さん、まだ怒ってますか?」
「いえ、たしかに驚きましたが……怒ってはいませんよ。それよりナナーシアさま、よく抜け出せましたね。まだ挨拶回りの途中なのでは?」
女神の急な登場には驚いたが、タイミング的にはちょうど良かった。というか、私のつぶやきを聞いて戻って来てくれたらしい。
「こう言ってはなんですが……。おびただしい数の神々が絶賛大宴会中なんです。その中のひとりが抜けたところで、誰も気づきません」
「でも、今回の主役なんでしょ?」
「宴はまだまだ途方もなく続きますからね、何も問題ありません!」
神の基準はよくわからんが、そういうものだと思っておく。
「それにしても啓介さん、なかなか評判がいいですよー」
「評判って誰から……まさか日本の神々?」
「はい、そのまさかです! 女神である私の権威もウナギ登りなんですよ!」
「あの……。ちなみにですけど、どんなお言葉を頂いたんですか?」
女神が言うには、「今回は珍しく慎重派が来たな」とか「ハーレム野郎じゃないのは久しぶりだ」という感じで褒められたらしい。
正直、とても誉め言葉には聞こえないのだが……今までの帰還者とは、いったいどんな奴らだったのか。そして爺ちゃんはどっちだったんだろうか……少しだけ気になった。
と、無駄話はこのへんにして――肝心かなめのダンジョン仕様について、以下の3点が判明した。
・日本は魔素が薄いため、階層攻略をしてもゴブリン級の魔物しか形成されない。ただし、魔素濃度が高まればこの限りではない
・日本にできたダンジョンは15階層までしかない。15階層のオークキングを倒すとダンジョンそのものが消滅する
・ダンジョン内の魔物を定期的に間引かないと地上に溢れてくる
と言う感じで、私たちファンタジー好きにとっては実になじみ深い仕様となっていた。ただし、ダンジョンが出現して何百年と経てば、地上の魔素量も増え、オーク級も湧くようになる。今回の場合、10か月後にはダンジョンもろとも消滅するので問題ないってことらしい。
「なるほど、そういう感じですか」
「中には例外もありますけどね。今回はその心配もないと思います」
「あ、あともうひとつだけ。――今後、幾つくらいのダンジョンが出現するか知りたいんですけど」
「私は知りませんでしたが、日本の神々曰く、都道府県に1か所ずつ程度だということです」
「ほぉ、都道府県に1か所……ですか」
どうだろう、その程度ならば大事には至らないのか? むしろ、魔石の産出場所として有効利用されそうな気がする。一般人へのダンジョン解放、冒険者制度の発足、なんて流れにも拍車がかかることだろう。
いずれにせよ、ダンジョン仕様のことも動画で公表するつもりだ。魔物が地上に溢れ、荒廃した世界になったら買い物もできない。最悪の場合、集団転移前に日本が終わってしまう恐れもあるからだ。
「ナナーシアさま、わざわざ来て下さりありがとうございました」
「いえいえ、お役に立ててなによりです」
「あの、もし良かったら、夏希たちのほうにも顔を出して頂けますか? なにやら女神さまにインタビューしたいようなので」
「あ、ネット配信のことですよね? すぐにでも向かいます!」
(なんか、めちゃくちゃ嬉しそうだな。そもそも、神が簡単に出演しても大丈夫なんだろうか……心配になってきたぞ)
「別に大丈夫ですよ? 自ら神だと名乗ってないだけで、配信している神様なんていくらでもいますからね」
「え? それはいくら何でも……さすがに冗談ですよね」
「本当ですよ? ほら、例えばこのチャンネルの主とか……あ、このグループもそうですし、あとこの人も――」
そう言いながら、動画サイトを器用に操る女神――。
どうやら私は、知ってはならない禁断の領域に踏み込んでしまったようだ。存在を抹消される前に、この件については早く忘れよう……。
◇◇◇
その日の午後は爺さんの村に顔を出した。今日は私ひとりだけなので気楽なもんだ。と、勝手に玄関を開けて中に入る。
前回会ったのがちょうど1週間前。その際、村の土地を相続することになったわけだが――。
「――ってわけで、儂らは1週間後に旅立つ予定だ。そっちも諸々の手続きを済ませておけよ」
「ああ、わかったよ爺ちゃん」
「それともうひとつ、おまえに頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
土地を譲渡する代わりにひとつだけ条件を出される。それは、爺ちゃん家に昔からあった蔵を維持することだった。思い返せば今まで一度たりとも入ったことがない。蔵が開いているところを見た覚えもなかった。
爺ちゃんは何も言わないが……今ならわかる。アレが異世界へのゲートってことなんだろう。ひとまず結界で隔離しておくことを約束する。
「なあ爺ちゃん、今度はいつごろ戻って来るつもりなの?」
「さて、どうだろうか。もし帰って来るにしても、啓太だけかもな。儂と村の連中は向こうへ永住するやもしれん」
「そっか、まあいろいろ事情もあるよね」
そりゃ寂しくはあるけど、俺だって好き勝手やってる身だ。爺ちゃんの決断をとやかく言える立場にはない。異世界に行けば長寿確定らしいから、俺が死んだ後にでもひょっこり戻ってくるかもしれない。
それからしばらく爺ちゃんとふたりで昔話をしていると、甥の啓太が学校から帰宅してきた。部活はやっていないのか、意外と帰りが早い。
「あれ? おじさんいつ来たの?」
「たしか昼過ぎくらいかな。それより啓太こそ、今日は学校だろ? ちょっと帰りが早すぎないか」
「ああそれね。魔物が現れて以降、帰宅時間が早まったんだよ。いくら襲ってこないからって、夜道は危ないでしょ?」
「なるほど、そりゃそうなるわな」
「それに部活動とか、プロの競技なんかも廃れつつあるし、レベル制限を導入したスポーツもたくさんあるよ」
「レベルアップによる弊害ってことか」
「とにかく身体能力が違い過ぎるからね。とてもじゃないけど、バランスなんかとれないよ」
レベルを上げれば誰でも強くなる。魔物討伐にしたって、努力のひとつなのかもしれないが……通常の鍛錬に比べて効果が高すぎる。
「ところで啓太、おまえも爺ちゃんと一緒に行くんだよな?」
「うん、そのつもりだよ」
「別に好きにすりゃいいけど、俺のところに来てもいいんだぞ?」
「んー、おじさんの世界も魅力的なんだけどさ。やっぱりオレ、爺ちゃんの世界へ行くよ」
「そっか。そのほうが爺ちゃんも喜ぶわな」
「いや、もちろんそれもあるけどさ――」
続く啓太の言葉を要約すると、「今さらおじさんの世界に行っても、出遅れ感が半端ないでしょ?」ってのが一番の理由みたいだ。
たしかにその気持ちはよくわかる。それにこいつ、昔から無双系ばかり読んでたしな。まあ、どんな理由だろうと好きにしたらいいさ。最強主人公になって日本へ帰って来る、なんて展開も面白そうだ。
結局、この日は爺ちゃんの村で一夜を明かすことに。ナナシアの料理やお酒なんかを振舞って、村の人たちも交えて宴会を開く。向こうの世界にはドワーフがいるらしく、その人たちが作る酒にも負けてないと言っていた。
「やっぱりドワーフは酒好きなんだな」なんてことを思いつつ、夜遅くまで村の人たちと語らって過ごすのだった。
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