第199話 神界からの召集
あれから1週間は、ずっとのんびり過ごしていた。もしかすると、過去一番のスローライフだったかもしれない。そう思えるほどには、ゆとりのある日々を送っていた。
『いつでも日本へ帰れる』
その事実に安堵したのか、ほかの連中にも余裕が生まれている。
日本の現状も知れ、生活に支障ないこともわかった。2柱神のことは気になるけど、今すぐどうこうってわけでもない。イージーモードとは言わないが……せいぜいノーマル難易度って感じだ。しかも強くてニューゲーム状態に近い。
と、そんな状況のなか、女神さま初上陸の日を迎えていた。お供には私のほかに使徒の椿を連れている。いまはお茶をすすりながら、ホッと一息ついているところだ。
今回、日本へ来た目的は2つ。
まずは何と言っても、女神さまを日本へお連れすることだった。日本で神格化するためのステップとして、女神自ら現地へ乗り込む必要がある。なお、ずっと日本へ常駐する必要はないみたいだ。
もうひとつは、幻想結界の解明と魔物の発生理由を知ること。さらに付け加えるなら、太陽と月の女神が関係しているのかも把握したい。
日本を覆う結界は何のためにあるのか。魔物はなぜ発生するのか。女神や学生村長と関係あるのか。より正確に、より詳しく知っておきたいところだ。
ほかにも色々あるけど、それはまたあとで確認しようと思う。
「ナナーシアさま、日本へ来たことで何か変化は?」
「いえ、今のところはなにもありません」
「そうですか」
「でもうれしいです! まさかこんなに早く来られるなんてっ……」
私たちの生まれ故郷も、女神さまにとってはまさに聖地。念願の日本へ到達して、
「それで……どうされますか? 女神の存在を周知するにも、いろいろと準備が必要ですけど」
「あ、それはゆっくりで問題ないですよ。啓介さんの思うがままに行動してください。私からアレコレ注文することはありませんので」
あとは時間の問題、ってことなんだろうか。あせる素振りも見せず、余裕の態度をとっている。
(まあ異世界と違って、広める方法なんていくらでもある。SNSに動画サイト……上手くやればあっという間に拡散しそうだ)
なんてことを思っていると――、それまでご満悦だった女神が、ハッとして硬直する。微動だにせず、こちらの呼びかけにもまったく応じない。何事かと不安になるが……私や椿にはどうすることも出来ず、黙って見守るしかなかった。
――――
「あ、ふたりともごめんなさいね。突然念話が入ってきて……。その方々への対応をしていました」
5分以上は待っただろうか。再起動した女神がようやく口を開いた。どうやら日本の神様と念話をしていたらしい。
「私、今から日本の神々と会ってきます。そんなに時間はかからないと思いますけど……しばらく別行動でもよろしいですか?」
「それはもちろんです。私たちも検証とか工事とかありますので、ゆっくりしてきてください」
「ありがとうございます。結界や魔物のことも聞いてきますからね」
「ぜひお願いします」
ちなみに今回の訪問、決して不穏なものではない。主目的は昇格の前祝いだ。そのついでに、不法侵入した女神のことも知りたいらしい。
「ではまた後ほど――」
そう言い放った女神はその場から一瞬で消え去る。帰ってくる頃には、きっと諸問題もハッキリするだろう。
「さて、と。俺たちも取り掛かろうか」
「まずは拠点をどこにするか、ですね」
「ああ、できるだけ人の少ない地域を探してみよう」
あとに残った椿と私は、さっそく土地探しから始めることにした。
日本で村を作るにしても、まずはそこそこ広い土地が必要だ。自宅の庭では狭すぎるし、まさかご近所さんの土地を占領……するわけにもいかない。それに人口が多い場所も避けたいところだ。野次馬が増えるだけだし、将来的な拡張も制限されてしまう。
まずは正規ルートで探してみたんだが――。法律上の問題やら所持金のこともあり、早々に断念する結果に。現代日本では、何をするにも先立つものが必要なのだ。ただ敷地を広げればいいわけじゃない。
「こりゃ参ったぞ。完全にお手上げだ」
「規模が規模だけに、金額面も厳しいです」
「いっそのこと、どっかの山奥を拝借するか? いやでも、最低限のインフラは欲しいよなぁ」
人口は少なく、ライフラインが確保でき、道路も整備されている場所。そんなものはなかなか見つからない。合法だの非合法だの度外視しても難しかった。
「じゃあ、緑地公園なんてどうでしょう。どのみち不法占拠ですけど」
「神の存在を知ったばかりだし、天罰が下りそうで怖いよね……」
「背に腹はかえられません」
「いや、そうなんだけどさ。ほんとに大丈夫なのかなぁ」
と、そうこうしているうちに家のチャイムが鳴り響いた。どうやら改修業者が到着したらしい。土地の件はいったん棚上げ、風呂場へと案内をする。工事のほうは順調に進んで、正味3時間ほどで無事完了。私たちもその間、庭に天幕を張ったり、転移陣の再配置をして過ごした。
「啓介さん、お昼はどうします? 女神さまがまだですけど」
「んー、先に食べちゃおう。いつ帰って来るかもわからんし」
そもそも女神にとって、食事という行為は必須ではない。食事に含まれる神力、それを摂取するのが目的だからだ。味覚は普通に感じるようだが、空腹感や満腹感という概念はないと言っていた。このあと出かける用事もあるので、食べながら待つことにする。
「それにしても、キレイになって良かったですね」
「あ、風呂のことね。なんならあとで試したら? 湯も張ってあるし」
「いいですね、あとで一緒に入りましょう」
「……いや、魅力的な提案だけどさ。このあと約束があって」
「お約束、ですか?」
「銀行にね。今日行くって伝えてあるんだ」
「そうでしたか。ならまた今度ですね?」
(おいこれ、選択肢ミスった? 真顔だったし冗談かと思ったよ……)
いつになく積極的だった椿、いまのは何のサインだったのだろうか。おっさんは深く後悔しながら……ひとりむなしく出かけたのだった。
◇◇◇
銀行からの帰り道、ドライブスルーに寄ってから帰宅すると――、家の中から楽し気な声が聞こえてきた。
だが、あれからもう1時間以上は経っている。少なくともお風呂イベントは終わっているだろう。その予想どおり、女神さまと椿がリビングで寛いでいた。
「ナナーシアさま、昼食はもうお済みですか? まだなら用意しますが」
「いえ、今日はまだ何も」
「一応これも買ってきましたけど、村の料理のほうがいいで――」
「あっ、このロゴはまさかっ」
さきほど購入したバーガーセットを取り出すと、女神は食い気味に驚き、とても興味深そうに頬張っている。恐らく日本の神から得た情報なのだろう。食べ物のこともいいけど……肝心なことは聞いてくれたのか。少し不安になってきたが、ひとまずは食べ終わるまで静かに待つ。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「お気に召しましたか?」
「日本の神に人気な理由がわかりました。私にはまだ薄いですけど」
女神の言う「薄い」ってのは、たぶん味じゃなくて神力のことだ。本人もまだって言ってるし、認知度が上がれば濃くなるのかもしれない。日本の神々はどうやって仕入れているのか。そんな疑問は残るが……それは後回しにして本題に入る。
「それで、魔物や結界のことについては?」
「ええ、なかなか厄介なことになりました」
「厄介、ですか……?」
「私の世界に住む人々にとっては、ですけどね。まずは――」
(異世界人にとっての問題……か。大したことじゃなきゃいいけど)
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