第198話 こいつ、誰だっけ?

 

 翌日、朝の目覚めはすこぶる快調だった。


「おはよう桜、朝食の用意はできてるよ」

「啓介さんおはよう、早いですね」

「もう慣れちゃったよ。異世界での習慣が染みついてるよね」

「私は、体力の回復が早いなって……色んな意味で実感できたかな」

「あー、それな。昨日は色々あったしなー」

「そういうことじゃないんだけど?」

「いや、わかってるけどさ」


 と、まあこんな感じで、お互い妙に意識し合ったり、ギクシャクするようなこともなかった。



 朝食を手早く済ませ、さっそく関連サイトを漁っていると――偶然、とある動画が目に留まる。


 動画のタイトルは『異世界の結界村』


 一応もうひとりの村長って可能性も……。いや、内容を見る限り、まず間違いなくナナシ村のことだ。動画の投稿者は顔出し配信をしており、どこか見覚えのある男だった。


「こいつ、どっかで見たことないか?」

「んー、どうかな。そう言われるとたしかにあるような気も……」

「誰だったかな。異世界で知り合ったヤツなのは間違いないけど」


 記憶の片隅には残ってる。けど、それが誰なのかまでは特定できない。


「あっ、思い出した! この人、冬也くんたちと一緒に来た人ですよ!」

「おお、次の日に追放されたヤツかっ」

「ですです。でも、異世界の記憶があるってことは……あのあと街までたどり着けたんですね」


 あのとき自動追放されたのは3人。少なくとも、そのうちのひとりが生き残っていたらしい。自力でケーモスまでたどり着いたことにも驚いたが、投稿された動画にはもっと驚かされることになる。


 ナナシ村の存在はもちろん、結界のことや自宅のこと。そして……あのとき始末したヤツらのことも語っていたのだ。せめてもの救いだったのは、起きた出来事を正確に伝えていること、そして歪曲なく話していることだろうか。


 動画のコメント欄には、清濁あわせた内容が綴られている。賛否の比率は半々くらいで、村を擁護する意見も思いのほか多かった。だが……ったことに変わりはない。なかには辛辣な意見も多く寄せられている。


「これは、今後の活動に支障がでるかもしれないな」

「そうでしょうか。別世界のことですし、案外平気なのでは?」

「さすがにそれは甘いだろ。否定的な意見もたくさん出てくるよ」

「じゃあ、日本での勧誘は中止ですか?」

「いや、それとこれとは別だ。どうせ異世界に連れていけば、命のやり取りは否が応でも発生する。それを割り切れる人じゃないと、どのみち後が続かないよ」

「なるほど。言い方はアレですけど……事前の選別が必要ですね」


(いずれにせよ、これはあのとき放置した俺のせいだな)


 今さら嘆いても仕方がないので、桜の言葉に頷いてほかの情報にも目を通していった。



◇◇◇


 粗方のことを調べおわり、昼過ぎには異世界へと戻ることに。


 万能袋のなかに日本製品を収納していく。ダメで元々、何事も検証は必要だ。両手にも荷物を持ち、異界の門をくぐった――。

 

「ふぅ、無事に戻ってこれたな」

「戻ってきた、という表現もおかしなものですけどね」

「でもなんか知らんけど、こっちのほうが落ち着くんだよな」

「あー、それはなんとなく共感できます」


 椿たちに念話を入れると、すぐに自宅へと集まってきた。居残り組のみんなも今日は街にいたらしい。もちろん女神さまも一緒だ。

 一番最初に姿を見せたのは冬也。心配する素振りも見せないが……たぶん、内心ではホッとしてるんだろう。


 なお、手荷物や万能袋の中身についてだが――異世界から持ち出した魔石なんかは入っていたが、残念ながら日本で購入したものは何ひとつ持ってこれなかった。

 入手できるかはさておき、銃火器を取り寄せて異世界無双、なんてのは無理っぽい。だがせめて、食品や家電なんかを持ってこれたら……いや、この件に関しては諦めるほかなさそうだ。



「みんな、ただいま。いま帰ったよ」

「村長、なんか普通に戻って来たな? てっきり事件に巻き込まれると思ってたのに……ちょっと拍子抜けしたぞ」


 冬也のヤツ、口では強がっているが……その表情はニッコニコである。


「まあ、な。それよりみんな聞いてくれ。向こうでも現代ファンタジーが始まってたわ」

「お、魔物は? ゴブリンはいたのか?」

「ああ、結構な頻度で見つけたよ。でもな……様子がおかしいんだ」

「おかしいって……なにがだよ?」

「そのあたりのことは――桜、頼むよ。きっと私が説明するよりわかりやすいだろうし」

「では、まず日本の現状とこれまでの経緯から説明しますね」



 村にいる日本人メンバーを全員集めたところで、日本の現状説明が始まる。『転移者の死に戻り現象』『魔物の出現』『幻想結界の存在』など、現代ファンタジーの話をすると全員が驚いていた。


「――と、まあこんなところです。日本が崩壊してるとか、悲惨な状況にはなってません。至って平和な感じでした」

「桜さん、オレたちも早く行ってみたいんですけど……すぐには無理そうですか?」

「大丈夫だと思うよ。ただ、こっちでの役割もあるからね。長期で行くなら引継ぎはしっかりしておかないと」

「なるほど……わかりました。早めに準備しておきます」


 冬也の話を皮切りにして、日本人メンバーによる質問タイムが始まる。忙しそうな桜を横目に、私は女神さまに問いかけていた。


「ナナーシアさま、今のうちに聞いておきたいことが――」

「はい、私にわかることならなんでも」

「魔物と結界についてなんですが、これってやっぱり太陽と月の女神が関係してますよね?」

「……そうですね。恐らくは――」


 魔物の出現については、ふたりの女神が日本へ来たことが影響している。思念体とはいえ、女神が無理やり顕現したことで、魔物が具現化したらしい。

 

 幻想結界のほうは、日本で発生した一連の事象、それを封じ込めるための措置だった。じゃあ結界を張ったのは誰なのか、それはまだ不明だ。女神の上位存在、はたまた地球の神々なのかもしれない。ナナーシアさまが地球に行けば、あるいは何かわかるかも、と付け加えていた。


「啓介さん、こっちの話は終わりました」

「桜、助かったよ」


 どうやら質問タイムは終了、私の行動指針を聞かれたらしい。日本がファンタジー世界になった以上、まずはしっかり拠点を作ること。そして生活基盤を固めること。この2つが先決だと話しておく。いずれにせよ慌てる必要はない。


「あとさ、ここにいる全員に伝えておくことがある」


 そう、これだけは宣言しておかなければ。


「希望者は日本に戻って、好きにしてくれて構わない。ただし全て自己責任だ。村を危険に晒した者は容赦なく追放する」


 忠誠度が90以上ないと念話が通じないこと。居場所がわからず、助けにも行けないこと。手に入れた力で無双するもよし、お金を稼ぐも良しだが……捕まっても自分で対処しろと釘を刺す。


「地球で勧誘する日本人には、忠誠度50以上の制限を設ける。さらに、忠誠度が90以上になった者しか異世界へ招待しない」


 そもそも現状、日本で勧誘した人を異世界に連れていけないのだ。一度でも異世界へ行ったことがあれば別だけどね。異界の門を能力強化すれば可能だが……それを行う時期は当分先になると思う。最低でも、日本での生活環境を確保してからになる。


 あと気になるのは、もうひとりの村長だ。便宜上『学生村長』と呼ぶが、その学生村長の動向を見つつ、今後の方針を決めると説明した。


 ちなみにこれは全然関係ないんだけど……。浴槽の改修工事と大型天幕を注文しといたよ。どちらも1週間後の予定だ。


 そのタイミングに合わせ、女神さまをお連れしようと考えている。







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