第194話 いざ、爺さんの村へ――

 

 爺さんの村へと向かう前に、まずは自宅の洋間に行って転移陣を設置する。


 こうしておけば、帰りは一瞬で、しかも安全に帰ることができる。いずれは庭に設置しなおすつもりだけど……テントなんかの買い物を済ませた後になるだろう。洋間を選んだ理由はとくにない。たまたま一番片付いていただけのことだ。


「啓介さん、お爺さんの村って遠いの?」

「そんなでもないよ。車なら30分もあれば着くはず……ってそうだった。俺の車、車検に出したまんまだったわ……」

「あら……それは不運でしたね」

「かれこれ1年以上放置だ……。え? まさか勝手に廃車ってことは……」

「じゃあ走って行きましょうよ。今の私たちなら、車とそんなに変わらないかと」

「……そうだね。ただし、住宅街を離れてからな」

「外にはどんな魔物がいるのか楽しみです!」

「ああ、油断しないように行こう……」


(俺も魔物は気になるけどさ。今は愛車の行方が気がかりでしょうがないよ……)



◇◇◇


 ふたりで自宅をあとにして、住宅街をゆっくり歩いていく。


 今のところ、魔物の姿はどこにも見当たらない。路面は綺麗な状態だし、民家を荒らされた形跡もなかった。たまにすれ違う人々も、いたって普通の格好をしている。武器や防具を所持していたり、周囲を警戒している風にも見えない。まさに日常、いつも通りの日本がそこにあった。


(まあ、そりゃそうだよね。魔物がゾロゾロ徘徊してたら、危なくて外になんか出られないし)


 そんな感想を抱いていると、だんだん民家もまばらになってきた。周りの景色も田舎っぽい感じに変わっていく。周囲には田んぼや畑が広がり、魔物がいるとは思えないほどのんびりとした雰囲気が漂いだした。


 と、そんなとき――


「桜、アレ見えるか?」


 桜に問いかけながら、近くにあるダイコン畑に向けて指をさす。


「うわ、ほんとにいたっ」

「見た目も一緒だな」

「数は1,2……3匹、ですかね?」

「ああ、ゴブリンLv3。鑑定の内容も向こうとまったく同じだよ」


 畑の一画でようやくお目当てのモノを発見する。映像では確認したけど……これで実物がいるのも証明されたわけだ。


 ムシャムシャと旨そうに食事をしているゴブリンたち。その周囲には、結構な数のカカシやら、音の出る機械が設置してあるのだが……魔物に対してはまったく効果がないようだ。


「やはり前情報どおり、ある程度の知能があるとみて良さそうだな」

「ほんとに襲ってこないのか、実際に確認してみます。もし逃げ出すようなら……今回はひとまず放置しておきますね」


 そう言い放った桜は、私の返事も聞かないうちにゴブリンたちに向かって急接近していく。油断してても怪我すらしない相手だし、私も周囲の警戒をしながら見守ることにした。



 ゴブリンたちの目の前に突然現れる謎の人影。もちろん桜のことなんだけど、それに驚いたゴブリンたちは一目散に逃げだしていく。とはいえ、しっかり食材を抱えていくところは抜け目がない。それにしてもこの反応、異世界の魔物とは全く違う。真逆といってもいいだろう。


「山のほうに逃げましたね。ゴブリンの集落でもあるんでしょうか?」

「それはわからないけど……異世界のヤツより知能レベルは高そうだな」

「ほかの魔物もあんな感じなら、害獣程度の認識でもおかしくないでしょうね。危険度は低そうな気がします」

「森の中で集団生活してたり、そのうち進化個体が誕生したり、ヤバそうな展開もありえるけどな」

「だとしても、私たちには対処可能なレベルでしょう?」

「まぁね――。さて、魔物の確認もできたことだし村へ急ごうか」

「りょうかいですっ」


 山の奥深くへ逃げていくゴブリンを無視して、爺さんの村に向かってひた走る。さしずめ、人間が出せる速度とは思えないほど、周囲の景色がすごい速さで流れていった。


(こりゃあ、俺たちのほうが余程化け物だな。完全に人間離れしてるわ。ヘタに力を誇示して害獣扱いされないように気をつけねば……)


 どうやらひと気がなくなるほど、魔物との遭遇率は高くなるようだ。そのあとも数回にわたりゴブリンを見かけることになる。もちろん、こちらに気づくとすぐに逃げていった。


 魔物の強さを確認するため、道中一度だけ倒してみたのだが……異世界と同じく、小指の爪ほどの小さな魔石と、臭すぎる腰蓑を落とすことが判明した。なお、強さに関しては不明だった。こちらのレベルが高すぎてよくわからない。



◇◇◇


 それから正味30分、とくにトラブルもなく爺さんの村へと到着する。


 やはり身体能力の向上は凄まじいもので、疲労感もまったくない。誠に遺憾ながら、「もうこれ、車いらないんじゃね?」って感想を抱いてしまった。



「お、ちゃんと民家も残ってる。荒らされた形跡もないし……これならみんな生きてそうだな」

「フラグが折れてよかったですね?」

「自分で心配しといてなんだけど、魔物があの様子なら大丈夫だと思う」



 村のみんなが存命ならば、爺ちゃんと甥っ子、それに6組の老夫婦が暮らしているはず。村人総勢14名、土地だけは広いが何の変哲もない小さな村だ。中央にある古びた蔵を中心として、7軒の民家がそれを囲うように立ち並んでいる。


 ちなみにだけど、この蔵、扉が空いてるところを一度たりとも見たことがない。中は空っぽらしく、爺ちゃんですら何十年と入ってないらしい。俺がまだ小学生の頃、カギをこじ開けようとしてめちゃくちゃ怒られた記憶が鮮明に残っている。異世界を経験した今だから言えるけど……この蔵、実はかなり怪しいと思う。



 と、蔵のことはさておき、爺さんの家に到着してすぐ玄関越しに声をかけてみる。インターホンもあるのだが……実家だし、なんとなく押すのを躊躇してしまう。


「爺さんいるー? 啓介だけどー」


 暢気のんきな感じで声をかけると、家の中からドタドタと足音が聞こえてきた。どうやら無事に生活していたようで、ひとまず安堵する。が、開かれた引き戸から現れたのは爺さんではなく甥っ子の啓太けいただった。


 異世界転移前と変わらず……いや、少し身長は伸びてるか。それ以外は以前と同じく元気そうな顔をしている。身内びいきかもしれんが、結構イケメンだし身長もそこそこ、学校ではさぞモテてるんだろう。


(って、もう高校生なのか。年齢でいけば冬也や夏希と同い年なんだな)


「おじさん、生きてたんだね! ってあれ? おじさん……でいいんだよね?」


 啓太けいた俺を見て……なんとも微妙な反応を返していた。





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