第193話 幻想結界(ファンタジーゾーン)
今から3か月ほど前――
より正確に言うと115日前になるが、もうひとりの村長と異世界人の存在が世間に知れ渡った。
ネットの情報によると、彼の自宅周辺は自衛隊により包囲されてる……らしいが、正直なところ、そこまで拘束力があるとは思えない。敷地の拡張をすれば突破できるし、移動を繰り返せばどうにでもなるはずだ。
もちろん、彼の持つ村スキルが私と全然違う可能性もある。それでも結界は張れるわけだし、ヘタを打たなきゃ捕まることはない、と思う。
「――さて、続きを見ていくか」
「そうですね。ていうか、この先に書いてあるお題目……全部すごい内容なんですけど……これ、完全に現代ファンタジーしてません?」
「実は俺もチラ見しちゃったよ。――ひとまず細かいことは抜きにして、概要だけさらっていこうか」
<460日目:市街地での目撃情報>
・未知の生物が市街地でも目撃される。黒いモヤの発生に伴い実体化することも判明
・自ら人を襲うことはないが、ゴミ漁りや畑荒らしの被害が頻繁に発生中
<470日目:魔物と魔石の存在>
この日、日本政府から声明がだされる。
・未知の生物の総称を『魔物』とする
・魔物を駆除すると『魔石』と呼ばれる魔力の結晶を残す。なお、一部の魔物は素材や食肉も残している
・魔物を駆除すると身体能力が向上する場合がある。通称:レベルアップ現象
・現在、政府主導により、魔物および魔石の研究が進められている。この研究には異世界帰還者の助力を得ている。また、魔石による燃料資源の生産に成功している
・日本を覆う膜に変化が起きている。色が濃くなり、通過するときに抵抗感を生じる
「この発表ってどうなんでしょう。魔物狩りを助長してる感じがするし、いろいろ軽率過ぎません?」
「まあ、それも今さらだろ? どうせ一部では狩りまくってるだろうし、そんな動画も腐るほどあがってると思うよ」
「隠してもしょうがない、ってことですか。でもココ……、こんな声明がよく通りましたね」
桜が指さすところには、以下のような一文が記されている。
『政府は魔物の駆逐を推奨しない。同時に法的規制をおこなわない。加えて、負傷もしくは死亡に至った場合はすべて自己責任とする』
いくら襲ってこないとはいえ、不慮の事故だって起こりうる。こんな無責任な声明、普通なら絶対にあり得ない。と、思うのが一般的な解釈だろうけど……。
「政府主導での研究ってあるだろ? たぶん、ほとんど実用化レベルまで進んでると思う。近いうちに発表されてるんじゃないか?」
「それでも、これは相当ですよ?」
「それと結界みたいなのも、そのうち通過できなくなるかもな」
日本が世界から隔離されたら、当然、エネルギー問題や食糧問題が出てくる。そのときになって慌てても……時すでに遅しだ。世間の一部がギャーギャー騒いでるうちに、主要な問題はこっちにすり替わるだろう。
『食べる物がない。電気も水道も使えない』
まさしく死に直結した問題だ。そんな最悪の状況に比べたら、この程度の声明なんて大したことじゃない。
諸問題への対処を水面下で進めていた政府。来たるべき日に備え、国民の生活を考慮していた政府。すべて思惑通りとはいかなくても、現実への対処としては間違ってないとも言える。まあ、真意のほどはサッパリわからんけど――。
<490日目:海外からの調査団>
・数か月に及ぶ調整の末、海外からの調査団派遣が正式に決まる。一部を除き、日本政府は調査への協力を全面的に承認している。
・これは未確定情報だが、調査協力の対価として希少資源や一部の食糧などを得ているらしい。すでに、かなりの量を確保していると噂されている
<500日目:幻想結界>
・日本周辺の海域および日本全体を囲うように、薄い膜が完全に固定化される。この時点をもって、膜の呼称が『幻想結界』に決定した。どうでもいいことだが『ファンタジーゾーン』とは、洒落が効いている
この幻想結界について、現時点で判明しているのは以下の通りだ。
・人間、物資、船舶や航空機の出入不可
・海水や海洋生物の通過は可。ただし、魔物の通過は不可
・陸上動物については未検証。鳥類の通過は確認している
<530日目:魔力エネルギーの導入>
・政府による魔物および魔石の研究が進む。異世界帰還者で魔導技師だった者により、魔石燃料なるものが確立される。原子力、火力、水力にかわる発電技術、ガソリンや石油、ガスなどの代替燃料として利用することを発表した
・さらに、魔物を倒した際に獲得できる魔石を行政が買い取ること。一般人の魔物狩りを認可する方針を発表する。また、魔石および素材の買取はすべて無税とし、民間での売買および取引は禁止する
・魔力エネルギー関連の技術は、すべて政府の管理下とする
「なあ、発電技術ってのはわからんでもないが……石油の代替燃料って何なんだ? 仮に魔石燃料があっても、魔道具の普及が追いつかないだろ?」
「たしかに……。車のエンジンとか家庭のガスコンロとか……それ専用の魔道具が必要ですよね」
帯電の魔道具もあるから、電気に関してはまだ理解できる。だが、車の内燃構造とか、コンロの器具なんかは取り換えが必要だ。すべての車両、全世帯への普及なんて……何年先になるんだ? って話だ。
「あ、啓介さん。ここに載ってますよ。よくわからないですけど、原油に近いものを生み出すみたい?」
「いやいやいや……。もうそれって、錬金術の領域じゃない?」
「それは私に聞かれても……。しいて言うなら、魔石そのものを原油に変換してるんじゃ?」
「魔石=魔物の死骸=原油になる、みたいなこと?」
「理屈としては、ですけどね」
「まああれだ、ファンタジーに理屈を求めてもな……。そういうもんだと思っておくか」
「車を魔導エンジンに入れ替えました! 魔導コンロを全世帯に配布しました! なんてオチよりはマシなんじゃ?」
「うん。まぁそうだよね。そういう事にしておこう」
この発表に関しては、日本はもちろん、世界中で様々な議論がなされている。年表にも詳しく書いてあるけど……「それぞれの思惑が」とか「どこそこのしがらみが」なんて内容なので説明は省かせてもらう。
今日現在に至っても、その騒動は収まってないらしい。が、国の方針に変化はなく――このまま推し進めるつもりのようだ。
「はぁ……やっと現在に至る、だな」
「なんか、読んだだけでお腹いっぱいって感じです……。正直、何をどう対処すればいいのかわかりません」
「俺もだよ。理解したのは、日本でもファンタジー始まったな、ってことだけだ」
「まあ、あるある展開ですよね」
「これをあるあるなんて言えちゃうんだから……俺たちも相当毒されてるよな」
「でも、異世界経験者としては、延長戦をしてる気分になりません?」
「それはわかる。正直なところ、全然驚いてないんだよな。普通に受け入れちゃってるし」
幻想結界や魔力エネルギーもそうだし、一般人が冒険者になっていくのも含めて、「なるほどなぁ、そうなんだね」くらいにしか感じない。むしろ、この状況のほうが生きやすいまである。まあ、これも『異世界適正』ってヤツなのかもね。
「よし、今の状況をザックリ整理するぞ。そのあと外へ出てみよう」
「ですね。街の様子も見たいですし、啓介さんのおじいさんにも会ってみたいです!」
「だけどこんな状況だ……じっちゃんたち、無事に生きてるかな」
「人的被害はないみたいだし、大丈夫だと思いますけど……?」
「まあそうだよな。きっと元気にしてるはずだ」
「はぁ……。ほんと啓介さんて、隙あらばフラグを立てますよね」
「それがおっさんの悲しき性なんだ。とにかく、現地へ行ってみようじゃないか」
「まあ、啓介さんの立てた旗って……だいたい全部折れちゃうけどねー」
桜に冷たい視線を向けられ、そっと目をそらすおっさんであった。
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