第192話 異世界の住人
自宅の庭に出ると、さっそく桜が魔法の検証を開始する。
私は周囲の警戒役――というか、のぞき見されてないかを監視しているところだ。近所に騒がれたあげく、警察に通報されても困るしね。
まあそれを言うなら、「結界のほうがよほど目立つ」ってことなんだけど……。結界は隠せないとしても、あれもこれもバラして悪目立ちする必要はない。
ひとまず今日のうちに、爺ちゃんと甥っ子……それに爺ちゃんの村の人たちを勧誘できればいい。あとは騒ぎになっても、腰を据えて対処できるし、最悪の場合は異世界に逃げ帰ればいいだけだ。
――と、そんなことを考えてるうちに、桜が魔法の検証を終えて結果を報告してくれた。
どうやらこっちでも魔法は使えるようだ。自身の魔力でも、魔石による行使でも、どちらも可能だと教えてくれた。
魔力効率もほとんど変わりないようで、あとは魔力の回復速度の問題だけだと言っている。まあそれも、魔結石さえ所持していれば問題ないらしい。
「それじゃあ、今度は結界を張ってみるよ。うちの敷地ギリギリまで拡げるつもりだけど……何か問題あるかな?」
「ん-、とくには思いつきませんね」
「そうか、ならさっそく――」
「あっ、待って! 結界の形状って自由に変えられますよね? だったら、家の外壁にピッタリ張り付くように拡張しては?」
「おお。たしかにそれなら目立ちにくいかも」
まずは通常どおり、建物ギリギリの範囲で四角形の結界を張る。いきなり細かな形状変化はできないので、こればかりは仕方がない。固定を終えたあと、改めて形状を変化させていった――。
結界は、壁や屋根に沿ってピタリと張り付いている。目を凝らせば違和感に気づくけど、明らかに目立ちにくくなっていた。地面の中はもともと見えないので問題ないし、「これならなんとかなるかも?」程度には収まっている。
「いいねこれ。じゅうぶん誤魔化しの効くレベルだと思う」
「魔法陣や貯蔵庫なんかは、庭にテントかタープを張ればいいかも知れませんね。ひとまずはこれで対処できそうです」
「桜についてきてもらって良かったよ。ありがとう」
そのあと、結界内(自宅)でも魔法が使えることを確認してから、再び居間へと移動した。
◇◇◇
「桜、ちょっと休憩にしよう。たしか万能袋に飲み物が……」
万能貯蔵庫に仕舞ったからか、自宅の外に持ち出したからか。異世界で片づけた家電類は、日本でも消失していた。当然ポットもないわけで……万能袋から、冷めた飲み物を取り出す。
「そういえば、こっちは真冬だったんですね。その割には寒さを感じませんでしたけど」
「さっきパソコンで確認したら、今日は正月明けの土曜日だったよ」
「季節の感覚もかなり薄れていました」
「向こうはずっと気候が安定してたから、余計そう感じるんだろう」
レベルアップによる身体能力のおかげか、私もあまり寒さを感じなかった。暖房いらず冷房いらずとは、実に快適な生活が送れそうだ。
「それにしても……この人の動画、再生数が凄いことになってますね。これ、絶対世界一でしょう?」
「だろうな。もう働かなくて良いんじゃないか? よく知らんけど」
いまはひと息つきながら、最初の証言者の動画を閲覧していた。
異世界シリーズと題して何本もの動画をあげており、どれもトンデモない再生数を記録している。チャンネル登録者数も凄すぎるし……異世界成り上がりの逆バージョンを見事に成功させたらしい。
「だけどこの手の情報って、政府なりが規制しないんでしょうか? 普通、こんな野放しにするものですかね?」
「ん-、よくわからんけど。案外わざとなんじゃない?」
「あえて情報を流してるってこと?」
あくまで仮定の話だが、すでに政府はかなりの情報を入手している。鑑定職の帰還者を囲い、有能な適正者を保護、彼らの協力を仰ぎながら密かに研究を進めている、かもしれない。
それに、魔物から獲れる魔石を利用して、新たなエネルギー開発や魔道具の作成などに着手してる可能性もある。
早い段階から魔物への認識を高めて、その存在の定常化を進める。そして、異世界への憧れを利用して魔物討伐の流れへと世情を誘導。
そんな感じになっていてもおかしくはない……ような気もする。
「なるほど……ありえなくはないですね、というほどにはファンタジーへの認識は広がってるかも。現実に魔物が存在するわけですし」
「まあ、全部妄想だけどね。でも、俺たちみたいなヤツらは、似たようなことを考えてると思うよ」
「あとでその手の掲示板も見てみたいですねー」
「きっと、めちゃくちゃ盛り上がってるだろうな。少なくとも、俺なら毎日調べまくってるわ」
なんて話で盛り上がりつつ、休憩も終わったところで、年表の続きをふたりで覗いていく。
<440日目:異世界人の存在が明らかに>
・関東のとある地方に、誰も侵入できない領域があると判明する。そこには男子高校生が住んでおり、獣の耳やしっぽを生やした異世界人らしき女性たちとともに暮らしている
・何名いるのかは不明だが、現在確認されている人数は14名。見た目は人間とほぼ変わりなく、一部に動物の特徴があらわれていた。のちに『獣人』と呼称されることになる
・彼らの住まいは何の変哲もない一軒家だった。小さな庭があり、周りはブロック塀で囲われている。周りの家を巻き込むカタチで、目には見えない壁が存在する
・当事者の彼は、異世界転移事件の被害者。近所の住民によると、2か月くらい前に突然戻って来たらしい。「ある日を境に、部屋の明かりがついていた」「複数人の話し声が聞こえた」などの証言を得ている
「なあ、これって……アイツだよな?」
「間違いなく、もうひとりの村長ですね。結界が目に見えないってのは気になりますけど」
「どおりで、あれだけ探しても見つからないわけだ……。日本に戻ってるのは確定か。途中で捜索を切り上げて正解だったわ」
「自宅ごと日本に戻ったこと。異世界人も一緒なこと。女神とも関りがあること。このあたりは確定とみて良さそうです」
「……っと、まだ続きがあるようだぞ」
・マスコミの調べによれば、彼は日本へ帰還してから、数名の元同級生たちと接触を繰り返していた。しかもその同級生たちは、全員、なんらかの事故に巻き込まれることになる――。対象の生徒たちは、身体的外傷や精神疾患にかかっていると報道された
・当時クラスメイトだった生徒によると、失踪前の彼は、一部の生徒から陰湿なイジメにあっていた。「彼はその報復をしたんじゃ?」という意見が数多く挙がっている。なお、事故の当事者からは、いっさいの証言はとれていない
「こりゃあ、完全に復讐劇だな……。異世界で力を手に入れたんだ、やりようはいくらでもあるだろうな」
「だけど、これが彼の目的だったんでしょうか? 女神が関与してる感じはしませんけど……」
「そのへんはよくわからん。今回のは彼のケジメで、女神関連のことはこれからなのかも?」
「――なんにしても、一度現地を調査したいですね。幸い、住所も名前も割れてますし」
「ああ、しっかり準備を整えてからな」
彼の自宅周辺は、現在、自衛隊により包囲されてるらしい。周囲は立入禁止区域となり、「政府の要人が出入りしている」なんて噂も立っている。現状だと、そう簡単には近づけそうにない。
だが逆を言えば、向こうも村人を増やせないってことになる。忠誠度の設定を下げ、自衛隊を引き込んだとしても……いや、いくらなんでもそんな蛮行にはでないだろう。
「しかし……情報量が多すぎるな。1年以上経ってるんだから当たり前かもしれんけど」
「ここまでの出来事も、今から100日以上前のことですからね。状況はまだ動いていると思いますよ」
「でも、ちゃんと調べないとだよな」
「このままじゃ迂闊に外も出歩けません」
(現代日本、ほんとに大丈夫なのか?)
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