第191話 魔物、始めました


 桜と一緒に目線を戻し、画面を食い入るようにして情報収集を続ける。


 ネット上には、『異世界転移事件』のまとめサイトがいくつもあり、関連動画も数えきれないほどアップされていた。



「お、このサイトなんて良さそうじゃないか? 年表形式で細かく時系列が載ってるっぽいぞ」

「いいですね。次は転移1年後のところから追ってみましょうよ」

「どれどれ……1年……っと、このへんからだな」



<365日目:帰還者が89万人を突破>


・やはり異世界の存在は確定だと思われる。その存在を否定するには、みなの証言が合致し過ぎている


・各々が取得した職業については、『戦士系』の物理職が圧倒的に多く、次いで『生産系』『魔法系』『特殊系』の順になっている。この偏りは、冒険者=戦士系統の割合が多いからだと思われる。ダンジョンに挑んで死亡し、日本へ帰還したというケースが圧倒的多数を占めていた


 

「記憶持ちのヤツらって、ほんとに職業とスキルを所持してるのかな? 今のところ、全部自己申告みたいだけど」

「んー、どうなんでしょうね。鑑定スキル所持者はいないのかも?」

「鑑定士が帰還してれば、もっと大騒ぎしてそうだが……」

「こっちに戻ってるけど、実は政府に囲われてる。もしくは捕まってる可能性もありますよ」

「ああ、なるほど。そりゃ可哀そうに……」


 いろいろ情報はでてるけど、ひとまずこの時点では確定してないようだ。もう少し読み進めれば何かわかるかもしれない。




<375日目:日本海域に異変が起こる>


・この日、日本を取り囲むように、奇妙な膜のようなものが薄っすらと現れる。


 日本をドーム状に囲うカタチで、北海道から九州までの範囲に拡がっている。膜の外周は、沿岸部から約10km離れた海域にあり、そこから半円状に上空へと延びている。

 のちの調査により、海底から上空まで途切れなく出現していることが判明する。なおこの時点では、見た目以外に物理的支障は一切ない。



「……これは、どう考えても結界のたぐいですよね。支障ないみたいですけど」

「そうだな、まず間違いないと思う。太陽と月の女神、もしくはもうひとりの村長が原因だろう」

「ということは……この時点で日本に帰還した、ってことでしょうか」

「その可能性がもっとも高いよな」


 聖理愛の話によれば、帝国賢者が最後に確認した直後か……。2柱神との接触が365日目で、その10日後に日本へと帰還。時期的に見ても、つじつまは合っていると思う。


「そう仮定すると……王国村長が日本に戻ってから、すでに半年が経過してます。まだまだ進展がありそうですね」

「案外、日本全土を手中に収めてたり? まあ、まずは続きを見よう」




<390日目:未確認生物を発見する>


・日本各地の山間部にて、未知の生物が目撃され始める。大きな猪や蜘蛛、キバの生えた兎、小鬼(ゴブリン)の目撃例があり、一部は動画として証拠も残っている。


 のちに『魔物』と認定されるそれらは、農作物を荒らしたり民家の食糧を漁ったりの被害を出す。ただし、自ら人を襲うことはなく、発見されるとすぐに逃げ出している。

 現在のところ、人的被害の報告はひとつも挙がっていない。ある程度の知能を有しており、ゴブリンに至っては日本語を理解している可能性すらある。



「なるほど、こういうパターンで来たか」

「魔物の種類からしても、向こうとの関連性は高いですね。ダンジョンができている可能性もありますよこれ」

「もしそうだとしたら……最低でも数十か所、ヘタすると百を超えるかも知れんな。山間部ばかりなのは気になるけど」

「ただ単純に、地上の魔素により形成されたのかも知れませんね」

「その場合だと、森のある場所のほうが魔素が濃いってことかな」


 これはあくまで推測だけど、ダンジョンではないような気がする。


 地上にいる魔物の種類から察するに、ダンジョン5階層を攻略していることになる。こんな短期間で、しかも全国各地で攻略されているとは思えない。

 魔素の濃い山間部から発生し始め、やがて街なかでも生成されるように……みたいな展開になるんじゃなかろうか。あるいは――、ダンジョンと自然発生のダブルパンチもありえそうだ。



「それにしても、魔物が人を襲わないってのが気になります」

「たしかに、異世界とは全く違うよな」

「魔物全てが、ニンゲン死すべし。みたいなのばっかりでしたもん」

「この情報によると地球産の魔物は知能が高いようだ。もしかすると、理性的だったり、ずる賢いのかもな」

「考えようによっては、そっちのほうが怖いですよ。集落を作ったり、ゴブリン王国を建国したり……軍隊なんかを形成するかもです」

「なるほど、可能性はじゅうぶんあるね」


 まあ、ゴブリン程度なら銃火器で一掃だろうけど……全国各地で、となれば対処するのは大変だろう。


「――さて、魔物がいるとなれば予定変更だ。いったん外へ出て、自宅に結界を張っておこう。日本とはいえ、油断は禁物だからな」

「ですね。魔物を拝めるかもしれませんし、早く行きましょう」


 この近くにも小さな森はある。もしかすると、そこからも湧いてる可能性だってなくはない。


 


◇◇◇


 外へ出ようとしたところで、自分たちの格好がおかしいことに気づいた。うっかりご近所さんに遭遇、なんて可能性もある。そう考えて、まずは適当な私服に着替えた。


 日本では不釣り合いな服装、それに加えて武器や防具を装備。コスプレだと言い張るには説得力に欠けるだろう。


「なんだか初日を思い出します。あのときも、啓介さんの服を貸してもらいましたよね。すごく懐かしいなー」

「俺もハッキリ覚えてるよ。しかし……家の中にいると、ここが日本なのか異世界なのかイマイチわからないな」

「それも外へ行けばわかりますよ。さあ、行きましょう」


 万が一を想定して、武器だけは携帯して玄関の扉を開け放つ。すぐ後ろには桜が控え、魔石の入った袋をしっかりと握りしめている。



 一歩外にでると――まず目に入ったのはブロック塀と門扉だった。日本にいた頃のまま、何も変わってないようだ。転移したときは消えていたけど、どれもこれも元どおりの姿に収まっている。


 そのまま庭にある菜園へと向かい、自宅の外装や物置なんかも確認すると――。


 荒らされた形跡もないようで、庭の草木も綺麗に刈り取られている。ちなみに、菜園の野菜たちはすべて片づけてあった。


「ここ1年半、定期的に手入れをしてくれてたみたいだ」

「これもおじいさんがやってくれたんですかね?」

「それとたぶん、甥っ子も手伝ってくれたと思うよ」

「ずいぶん仲が良かったんですね。たしか高校生でしたっけ?」

「大型連休なんかは、ちょくちょく泊まりに来て夜通しゲーム三昧だったよ。異世界系が好きなのも、アイツの影響がデカいかな」


 結局のところ、敷地内は転移前と変化なし。当然、結界もなかった。


   

「よし、次は魔法を試してくれ。魔石なし、魔石ありで検証。それと、結界のあるなしで変化があるのかも確認したい」


「りょうかいです。目立たないように、最小出力でやりますね」









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