第ニ部 日本でも村長編
第190話 異世界転移事件
とある夏のはじまり、日本中が謎の光に包まれた――
何の予兆もなく起こったソレは、延べ120万人を巻き込んだ失踪事件に発展する。
かつてない規模の行方不明者たち。その事件は日本全国……どころか、世界のトップニュースとなった。
『異世界転移事件』
このときの出来事は、のちに判明した証言により、こう呼ばれることになるわけだが――。
◇◇◇
失踪事件が起きたのは7月の初め頃
目撃者の証言によれば、「ついさっきまでその場にいたのに……」「いきなり目の前から消えたんだ」という感じだったらしい。当然、全国各地で捜索が行われたのだが……誰ひとり見つかる者はいなかった。
だが、その日の夕方ごろ――
何の前触れもないまま、何千という人たちが姿を現したのだ。
発見された全員が、消えたときと同じ場所、同じ格好で……いつのまにかその場にいたらしい。
それを皮切りにして、翌日以降も続々と帰還する人たち。彼ら彼女らの話しによると、「何も覚えてない」「自分が消えていたなんて信じられない」「なぜ時間だけが過ぎているんだ?」ということだった。
ちなみに謎の光現象以外、原因は一切不明ながらも、失踪者にはある程度の共通点が見つかる。
・失踪者の年齢は、15歳から50歳までの男女
・幼い子供や老人は、誰ひとり被害にあっていない
・所持品の類は一緒に消えているが、乗っていた車や自転車はその場に放置されていた
・奇跡的にも運転中の人はおらず、事故が発生したという報告はない
・自宅で消えた人も、家が荒らされた形跡は一切なく、その場からこつ然と消えていた
◇◇◇
失踪事件からひと月も経つころには、行方不明者の約7割、85万人ほどの身柄が確認される。
集団神隠し事件。そんな見出しのニュースが連日報道されるのだが……やはり誰ひとり、失踪時のことを覚えている者はいなかった。
と、そんな『集団神隠し』で世間が大騒ぎしているときだった。
この日初めて、とある動画をキッカケにして、失踪時の記憶を持った行方不明者が発見される。
正確に言うと、失踪者自らが、自分の体験談を配信で公表したのだ。どうやらその彼は、元々、そこそこ有名な配信者だったらしい。自らのチャンネルで、失踪中のことやその後の経緯をライブ配信していた。
初めての証言者だったこと。そしてなにより、彼が語った内容があまりに衝撃的なこともあり――その動画はめちゃくちゃバズった。
「オレは異世界に行っていた」
「ほかにもたくさんの日本人がいた」
「中世風の街があって、色んな種族の獣人たちが生活していた」
「そこは魔物がはびこる世界。剣と魔法のファンタジーに溢れていた」
こんな感じのトンデモない話を真剣に語る配信者。その動画は瞬く間に拡散し、世界中で再生されることに――。
当然、世間の反応は賛否両論だった。
どちらかと言えば、「記憶の混濁による妄言だ」とか「ほかの行方不明者への冒涜だ」なんて声が多数を占めている。だが一方では、「異世界ファンタジー始まった」などと題して、ネット上での盛り上がりは日に日に増していった。
――事件から半年後――
動画を投稿した彼を追うように、それから毎日発見され始めた記憶持ちの人々。ここ半年のうちに、延べ5,000人を超えている。
しかも驚くことに、帰還者の供述と最初の彼が配信していた内容がほとんど合致している。これには世界中が驚き、異世界転移説がまことしやかに語られていく。
SNSがここまで普及した時代、そういった情報はとめどなく拡がり――さらに尾ひれをつけながら、どんどんと拡散していった。
なお、帰還者たちの発信した内容は以下のとおりだ。この内容は、日本中はもちろん、世界でも共通認識されるレベルで知れ渡っている。
<戻ったときの共通点>
・異世界で死んだと思ったら、いつのまにか元の場所に戻っていた
・死んだ瞬間の記憶が曖昧である
・主な死亡原因として、「魔物に殺された」「街で事故死した」「病気に罹って死んだ」の順で多い
<異世界での生活>
・異世界人の言語は日本語だった。もしくは日本語に聞こえた
・異世界の街でステータスの鑑定をした
・職業とスキルを持っていた
・魔物を倒してレベルを上げた。そのおかげで身体能力が高まった
他にもいろいろとあるが、主だった内容は大体こんな感じ。なんにせよ、ひとりの例外なく同意見ということもあり、その信憑性は非常に高く感じられた。
あと、これは当然のことなんだが、失踪時の記憶を持たない人からは、上記のような体験談は一切ない。ただし、身体能力の高い人がチラホラと存在しているらしい。
――事件から1年後――
帰還者の人数もとうとう89万人を超えていた。記憶をもったまま帰還した者は1万人にも満たないが……やはり、異世界からの帰還というのは事実のようだ。そう思わせるだけの証言が相次いでいる。
この頃には様々な考察がなされ、日本帰還の条件をはじめ、ある程度の結論が出されていた。現在まとめられているのは、以下に挙げる4つの条件だ。
1.異世界で死亡すると日本に帰れる。ただし、人間に殺されてないことが条件だと言われている
2.異世界の記憶を持ったまま戻るには、街にある女神像で鑑定を受けていることが条件である
3.異世界でのレベルアップは、日本に戻っても引き継いでいる
4.女神像で鑑定を受けた者は、特殊能力を引き継いだまま日本に戻ってきている
なお、帰還者の追加情報によると、ほとんどの者は街にたどり着く前に死んだらしい。そのせいで、記憶を持たずに帰還したんじゃないか、と結論づけていた。
運よく街にたどり着いても、誰かに殺されたヤツもいるんだと。そういうヤツは、まだ誰も戻ってきてないらしい。
また、異世界で独立を果たして国を興した人物もいる。日本帝国と名乗る集団は、そのほとんどが日本人で構成されており、何万という人が生活しているようだ。
なお、帝国の中心人物は『勇者』とか『聖女』なんて職業を持っているらしい。人族の王国を出奔し、自力で日本人を救った英雄だと語られている。まあ、一部で悪いうわさも立っているみたいだが……。
◇◇◇
「――いやはや、俺たちが消えたあとはこんな感じだったのか」
「まさか、死に戻りしてるとは驚きですね」
「ほんとだよな。戻るための条件はあるようだけど、異世界の記憶を持って帰還とは……桜のほうは、ほかに気になる点はあるかな?」
「そうですね……。とりあえず、賢者とか隆之介が戻ってないのは良かったかな、と。まあ、どこまで事実かは不明ですけど」
「ああ、ほんとソレな」
「あとは、職業やスキル持ちがいるってことですね」
「普通に生活してるのか、政府に捕まったのか。確かに気になるね」
現在は次元門をくぐって、無事に日本の自宅へと帰還している。
桜とふたりで異界の門をくぐると、冷蔵庫の前に出たので、そのまま居間へと直行して、ネット検索をしているところだった。ちなみにだが、冷蔵庫の扉は閉まっていた。もう一度開けてみたら、向こうと同じく鏡面のようになっていたので、これならいつでも帰れるはずだ。
それにしても不思議だ……。もう1年以上経過してるのに、なぜか部屋の中も綺麗だし、電気も水道もインターネットすらも繋がっていた。
(こんなことならスマホを持って来ればよかったな……。異世界生活が長すぎて、その存在すら忘れてたわ)
「まさかネット環境まで維持されてるとは驚きました。身内の方が管理されてたんですかね?」
「たぶんだけど、うちのじっちゃんだと思う」
「なんにせよ、家が荒らされてたり、取り壊されなくて良かったです」
「連絡を取りたいけど、固定電話がないしな……。まずはもう少し情報収集しようか」
「はい。この様子だといろいろと変化してそうです。しっかり調べてみましょう」
結界のことも含め、外の様子も確認したいが……まずは情報を得るのが先決だろう。
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