第176話 村の調査と漫画喫茶


 秋穂が指摘したのは書籍の発行日だった。たしかに3か月前の日付が記載されている。


 この世界に来てから、もう1年以上経っているのだ。最新刊が手元にあるのはどう考えてもおかしい。それに王国の村長だって、つい最近転移してきたわけじゃない。


「あくまで予想だけど……村長のスキルで取り寄せたんだと思う」

「それはじゅうぶんあり得るな。農作の形跡もなかったし、食品関係も……ヘタすりゃなんでもアリって可能性すらある」


 取り寄せの対価や条件は不明だけど――何でも手に入るとなれば、あの生活感のなさも頷けるというものだ。衣食住にも困らず、娯楽や余暇を満喫して、悠々自適な毎日を送れていたのだろう。


「村長、明日はそのへんにも注意して調べないと。最悪の場合、銃火器なんかを持ってるかもしれないよ」

「戦車や戦闘ヘリがあったり、地下シェルターで暮らしてる可能性もあるか。まあ、素人が操作できるはずないけどな……」

「とにかくみんなも気をつけて。思ってる以上に危険な存在かも」


 ほかの面子も、秋穂の話を聞いてからは緊張の表情を見せている。その後は現地対応の話題に移っていき、いくつかの案をまとめたところでお開きとなった。


(魔石を対価に購入とか結構ありそうだしな。――それにしても羨ましい……まさか、ネットや電気なんかも使えたりして?)



◇◇◇


 翌日、朝食を終えた私たちは再び現地へと向かう。


 結局きのうは大げさな話になったが、実のところそこまでの心配はしていない。相手の力が強大なら、聖理愛せりあが言ってたような小さい規模で収まるわけがないし、その存在も王国を越えて知れ渡っているはずだ。

 とはいえ、万が一ということもある。ナナシ軍の演習も兼ねて、実践さながらに動く段取りになっている。



 先発隊は私と冬也、それにドラゴと勇人の4名。いずれも近接特化型だが、今回は機動力と緊急回避能力を優先している。この面子ならば、例え途中で散りぢりになってもそう簡単にやられることはない。

 勇人がいれば状態異常の対処ができるし、いざとなれば『勇者の一撃』もある。その巻き込まれにも耐えうるとなれば、このメンバーが適任だと考えたのだ。


「もうそろそろだ。3人とも不用意に結界から出るなよ。何かあったら個別の判断に任せる」


 ダンジョンを出てからは、結界を張りつつ全速で走り抜けた。周囲にひしめくオークは全て無視。警戒しながら進むこと10分ほどで、無事に目的地へと到着する。



「――よし、ひとまず結界は無事だな。転移陣を設置するから、みんなは警戒をよろしく」

「村長、こっちはいつでもいいぞ」

「僕もです。啓介さんは必ず守ります!」


 上空にいるドラゴにも合図をして転移陣を設置、すぐに桜たちへ念話を送り移動を開始してもらった――。



「杏子さん、ロアちゃん、打ち合わせ通りお願いします。護衛をつけますので全力でやっちゃってください」

「わかったわ、任せてちょうだいっ」

「一気に終わらせます!」


 魔法部隊の到着後、すぐに石壁の建設に取り掛かる。結界の外周に沿って、高さ4mほどの壁がズズズッと音を立てて生えていく。その間にも後発隊が転移しており、すぐさまそれぞれの配置についていた。


 あっという間に出来上がる要塞と、瞬く間に陣形を組む戦士たち。


(なんだコレ……味方ながらに恐ろしいほどの練度なんだが。ちょっと凄すぎないか? 一応これ、ただの演習なんだけどな……)


 呆気にとられる間もなく、体感5分もしないうちに全ての作戦が完了する。椿や夏希たちが到着すると、たちまち次の調査ミッションへと移行していった。私の役割は結界の維持なので、現地の中央に陣取って司令官とは名ばかりの留守番を決め込んでいる。



「なあ桜、ここまでする必要はないんじゃないか? あ、決して批判とかじゃないぞ。あくまで素朴な疑問だ」

「私も冬也くんもそれはわかってますよ。今回のコレは、来たるべきときに備えた訓練です。これだけ緊張感を持って挑める機会は早々ないので」

「ああ、なるほど……。たしかに、いきなり実戦で動けるわけないもんな。ありがとう、納得したよ」


 中央で待機している間、隣にいる桜とそんな会話をしていた。


 その後、襲撃はもとより外敵の気配も一切ないまま30分ほどの時間が経過する。結界と石壁の構築、周辺探知と聴覚探査、上空からの確認もすべて済ませた。安全確保もできたので、警戒態勢を緩めて通常モードへと移行する。



「――啓介さん、もう平気みたいですね。ひとまず演習は完遂したので、調査の方にいってみては? 私も周囲を見てきます」

「そうだね、じゃあちょっと行ってくるよ」

「あ、帰るときも撤退の訓練をしますからね。そのときはまた宜しくお願いします」


 これは帰りも騒がしくなりそうだな。そんなことを思いつつ、建物のあるほうに向かって歩き出した――。


 

 とはいっても、この場所にあるモノといえば、簡素な家が3軒と少し窪んだ更地だけ。調査隊は家の中を捜索中なので、ひとまず更地のほうへ向かうことに。すぐに到着すると、一辺が10mほどの真四角な敷地が20cmほど沈んでいるのがわかる。

 とくに何かが落ちているわけでもなく、目新しい発見は何もなかった。普通に考えればここに自宅があったんだろう。サイズ的にも、空間収納のレベルが高ければ入らないこともない。


(とくに怪しいこともないな。家ごと引っ越したと見ていいだろう。草木の伸び方からして、放置されて数か月ってところだな)

 

 そんな結論を出しつつ、今度は家のほうへ向かったのだが……。


 なぜか漫画喫茶にたどり着いてしまった。そう錯覚するほど、大量の漫画やラノベが置いてあるのだ。しかもご丁寧に、本棚まで完備されているという親切設計だった。


 ふと部屋の端に目を向けると、夏希と秋穂の姿が見えた。ふたりは座り込んで真剣な表情をしている。


(おい、それは本当に調査なのか? 私には漫画を読み漁っているようにしか見えないのだが……。いやダメだ、何事も決めつけは良くない。おっさんの悪いクセだぞ)


 発行日とか、その他諸々の調査中かもしれない。それにあんな真剣な顔つきなんだ。自分勝手な思い込みは良くないと考え、ふたりにそっと声をかけた。


「ふたりともおつかれさん」


 返事がない、相当集中しているようだ。


「どう? なんか見つかったかな?」


 振り向きもしない。よくよく見れば、ふたりともたまにニヤニヤしている。そしてついには、吹き出して笑い転げていた――。




「「村長、ごめんなさい……」」


 姿勢を正し、謝罪の言葉を述べるふたり。最初はホントに調べてたけど、ついつい中身が気になってしまい、いつの間にか読みふけってしまったらしい。


「謝らなくていいよ。俺も一緒にここへ来てたら、ふたりと同じことをしてた、かもしれない。そんなことより――どうせ捨ててあるんだし、あとで勇人に頼んで全部持って帰ろう。なにせ大事な調査資料だしな」


「さすがは村長! 話がわかるー!」

「村長ならそう言ってくれると信じてた」


 何を信じたのかはさておき、このまま捨て置くのはもったいない。貴重な情報源だし、ラインナップもいいし……俺もあとで読みたいし……。


「あ、でも村長。ひとつわかったことがあるよ。たぶん、ここの村長って中学生とか高校生くらいだと思う」

「あー、わたしもそれ思った。チョイスがわたしたちと丸かぶりだし、流行りの追い方も一緒だよねっ」


 そんなことでわかるのか? まあ、同世代の二人が言うならそうなのかもしれない。ちなみに、性別は間違いなく男だと付け加えていた。ちょっとアレなのが何冊も紛れ込んでたし、俺でもさすがにわかったわ。


「――よし、俺は隣の家を見てくるよ。ふたりは時系列の確認を頼むぞ。本格的な調は向こうに帰ってからにしよう」


「はい、わたくしにお任せくださいっ」

「私も! 全力で取りかかるねっ」


 このふたり、怪しいことこの上ないが……意外と新たな発見があるかもしれない。とりあえずは放置しておくか――。












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