第173話 女神の街ナナシア、発足


異世界生活420日目-141,496pt


 

 街への引っ越し作業を開始してから2週間と少し、ようやく蛇人たちを受け入れる目途が立った。予定よりも少し遅れたが、途中で異変があったり話が拗れたわけではない。


 一方、街の開発は順調に進み、既にほとんどの村人がナナシアでの新生活を始めている。いまも村に残っているのは、私と椿と桜、それにラドたち一部の兎人くらいか。「万が一もある。村長のそばを離れるわけにはいかん」と頑なに居座っている感じだ。その気持ちは嬉しいし、別に街への移住は強制じゃないので好きなようにさせている。


 

『スネイプニル、こっちの準備はすべて完了した。ナナシアへ移動を開始してくれ』

『そうか、いよいよこの時がきたのだな。こちらも万全の状態だ、すぐそちらへ向おう』


 今日までの間に、彼ら全員、少なくとも一度はナナシアに来ている。当然人化も果たしているし、健康面の確認もバッチリだ。新居の準備もできているので、あとは荷物を運び出すだけとなっていた。


 人化の際に起こるレベルダウン現象だが、この仕組みについては概ね把握できている。魔物狩りで得た分の経験値は7割程度残り、月の女神による呪いのぶんだけが消滅した感じだ。

 今回移住してくる1000人のうち、いわゆる戦士系に分類される者が100人いて、その者たちの平均レベルは90前後に減少。そして残りの蛇人たちは、だいたい50前半に収まっている。



「みんな準備は良いか? そろそろ到着するから手筈通りに頼む。私と春香は再鑑定を、椿たちはそのあとの誘導をよろしく」


「「はい!」」


 まずは領主館での受付を済ませ、その間に忠誠度の最終確認を実施。引っ越しの荷物を運搬するのは住居へ案内してからの予定だ。引っ越しのため、このあと何度も往復することになるので、先に自宅を覚えてほしい。



 ――それから数分もしないうちに、領主館の庭にある転移陣が光り出した。どうやら第一陣のご到着らしい。転移陣の周りには、30名ほどの姿が見えている。


「村長、今日からよろしく頼む。我ら蛇人族一同、村と街の発展に全力を尽くすと誓おう」

「ああ、期待してるよ。ようこそナナシアの街へ、蛇人族の加入を心から歓迎する」


 族長のスネイプニルを筆頭に休む間もなく転移陣が光り、続々と蛇人たちがやってくる。彼らの荷物はそんなに多くないし、勇人やメリナードも手伝っているので今日中には運び終わるはずだ――。



「啓介さん、こっちも終わったよー。鑑定結果もすべて異常なし! 想定通り、忠誠度は軒並み上昇傾向にありますね」

「ああ、裏切りの心配はなさそうだ。むしろ、明日の教会訪問でさらに上がりそうな気がするよ」


 それから正味2時間、受付を済ませた私と春香はひとまずお役御免となる。トラブルも一切なく、すこぶる高い忠誠度に安堵しているところだった。


「えっと、明日はそのあと歓迎会なんだよね? 村の食堂でも入りきらないし……会場はどうするの?」

「領主館の庭でやろうと思ってる。あそこなら開拓民も入れるし、転移陣もあるから食事の搬入も楽だろ?」

「ああ、なるほどねっ。ではでは、そっちの手伝いでもしてきますか!」

「明日から3日間は休日だからな。街の発足式も兼ねて盛大にいこう」

「おっけー! じゃあまたあとでねー」


 4千人規模の人口とそれを許容する街並み、堅牢な防壁の存在に領主館の設置、これだけ揃えばもう街を名乗ってもいい頃合いだろう。



 たった3人で始めた異世界生活


 仲間との出会いや村の開拓、街への進出と色々あったが――それもいつのまにか、ひとつの街を作り上げるほど発展した。


 結局のところ、私の職業は『村長』のまま進んでいくらしい。


 


◇◇◇


 翌日の午後――


 現在、領主館の庭園にはすべての住民が集まっている。村人2,530人、開拓民1,196人、合わせて3,726人がナナシアの総人口である。


 種族数で言えば蛇人が圧倒的に多いのだが、それもたいして気にならない。なにせ、ケモ耳やしっぽの違いがあるくらいで、どの獣人も見た目はそれほど変わりないのだ。もちろんこれは日本人から見た感覚だけどね。

 いずれにせよ女神の街ナナシアは、全ての獣人種が暮らす唯一の場所となったわけだ。


 <全種族の共存>


 いかにもそれっぽい条件だし、何かあるかも? なんて密かに期待していたが……私のステータスには何の変化も起きてない。まあ現地の人族がいないので、厳密には全種族ではないのかも知れんが……王国民がここへ来る可能性は低いだろう。

 そんなことを考えていると――いつのまにか蛇人の自己紹介もおわり、いよいよ新領主の就任演説が始まった。



「儂の名はドラゴ。村長の命により……というのもおかしなもんじゃが、ナナシアの領主を任された。儂の補佐はウルフォクスが務めるでな。皆の者、これからもよろしく頼む」


 住民の大多数は獣人が占めている。しかも、その大半が日本人のせいで移住してきた背景をもつ。そんな事情もあり、たとえ表面上だけとはいえ、日本人がトップの街にはしたくなかった。

 とは言えここにいる全員、事実上の代表が誰なのかなんて百も承知している。あくまでこれは体裁のため、効果があるのかは二の次だ。


 割れんばかりの盛大な拍手のなか、ドラゴの演説は続いていく。


「皆も理解しておろうが、儂は名目上の領主。むろん責務は果たすが、中身は村人のそれと同じじゃからの。此度の人事は、我ら獣人への配慮だと知っておいてほしい」

「補佐を務めるウルフォクスです。私も雇われの身ですが、街のために精一杯頑張ります。なお、街の運営や軍の体制などは、今まで通り継続となりますのでよろしくお願いしますね」


 ふたりとも、就任早々ぶっちゃけている。まあ、そういう約束のもとお願いしたのだから仕方がない。ドラゴも最初は渋っていたが、「お主が生きているうちに恩を返そう」と言って承諾してくれた。これであと100年くらいは安泰だ。


「さて、今日はナナシアの開国記念じゃ! 王はまだおらぬが、村長ならおるでの。ここはひとつ、ありがたいお言葉でも聞いておこうかの」


 そう言いながら手招きをするドラゴ。とくに方針なんてないんだが……このまま無下にするわけにもいかず、必死に頭を回しながら壇上へと向かった。


「どうも、ご紹介に預かりました村長の啓介です。――みんなもう知ってると思うけど、ナナシアは他国への侵略はしない。その代わり、相手が敵対した場合は徹底的にやるつもりだ。村と街の安全が最優先、これを念頭に協力してほしい」


 やだ怖い……みんな黙ってこっちを見つめている。こういうとき、ルドルグあたりがヤジを飛ばしてくれるはずなんだが……今日はそれもないようだ。


「えー。じゃあ方針というか目標をひとつ――。この先、大地の女神ナナーシアさまにご降臨頂こうと考えてる。そのときには女神さまから神託、というかお願いごとをされるはずなんだ」


 そこで一度言葉を区切り、


「それを聞き入れなくても一切のお咎めはないよ。じっくり考えた上で判断してくれ。女神からの確約もとれてるから安心してほしい」


 皆はまだ静かなまま、神託の内容について考えているようだ。どうしても思わせぶりな話になってしまうが、これ以上話せないのだからどうしようもない。とはいえ、ずっと黙っているのは不誠実だと思い、このタイミングで打ち明けることにしたのだ。


 もう話すこともなくなり、そそくさと壇上を降りようとしたところで、ドラゴから注釈が入る。


「まあ待て村長、それでお主はその内容を全て知っておるのか?」

「ああ、今のところ私しか知らないよ。女神が降臨するまでは制約のせいで話せないんだ。重ねて言うが、悪いことではないよ」

「ほぉ……儂としては是が非でも賛同したいんじゃが。のぉスネイプニル、お主もその口じゃろう?」

「もちろんだ。女神さまの願いならば喜んで従おう」

「のぉ村長、もう少し詳しく話せんのか?」


(そうは言ってもな……どう伝えればいいかわからんのよ)


「思わせぶりになって申し訳ない。だがそうだな……ここにいる全員が村人になれたら話せることがある。そのためにも、一日でも早く村人になってほしいかな」

「そうか……ならば儂も全力を尽くそう。みなも協力を頼む」



 こうして領主の発表もおわり、本格的な宴会へと移っていく。


 当然、そのあとも質問攻めにあうのだが、相変わらず肝心なところで言葉に詰まってしまう。それでも一定の興味は引けたようで、女神降臨にはみんなも好意的だった。


 宴会はあと2日続くので、これを機にたくさんの人と交流を図るつもりだ。最近、開拓民の忠誠もどんどん上がっているので、みんなに話せる日もそう遠くなさそうだ。











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