第172話 お引越しと各国の情勢


異世界生活402日目-82,154pt

 蛇人たちを案内してから2日後



 あの日は結局、村と開拓地を見せて周りながら、今後の移住予定を詰めていった。


 その翌日には蛇人族の村にお邪魔して、大いに歓迎……とはいかず、延べ1千人分のステータス鑑定を執り行うことに。私と春香が黙々と受付をする隣で、冬也とドラゴが存分に暴れまわり、桜たちは歓待をうけていた。


 姿が変わったスネイプニルたち。


 その変貌ぶりに、蛇人の村は大騒ぎだったらしい。だがそれも最初だけ、いまではお祭りムードと化している。長きにわたり苦しんできた魔物堕ち現象、そして地上への解放となればそれも当然だ。かの7人は英雄として称えられていた。


 蛇人たちの忠誠度については言うまでもない。ナナーシアさまへの信仰心が大前提にありつつも、その使いである村長への信頼も高くなっている感じだ。仮に私がいなくなっても、一定の忠誠度は期待できると思う。




◇◇◇


「勇者のおまえまで駆り出して悪いな」

「いえ、職業なんて関係ありませんよ。僕はただの村人です。遠慮なく、いつでも使って下さいっ」

「俺も手伝えたらいいんだけどな……ちょっと入りそうにないんだわ」


 今日から街への引っ越し作業が始まっている。メリナードと勇人の空間収納があれば家を丸ごと収納できるので、労力自体はそれほどかからない。私も試してみたんだが……許容量が足りずに戦力外となっていた。


「それに、向こうに行けば樹里さんがいますからね。僕らは指示通りに運ぶだけなんで楽なもんですよ」

「あとで俺も顔を出すよ。樹里にもそう伝えといてくれるか?」

「わかりました。じゃあ、もうひと仕事してきますね!」

「蛇人が来るのはまだ先だからな。焦らずのんびりやってくれよー」


 住居の関係上、蛇人族が引っ越してくるのは2週間ほど先になる。時間はたっぷりあるので急ぐ必要はない。手ぶらで走っていく勇人が街へと転移していくのを見送りながら、蛇人村のことを思い出していた。


 彼らの生活様式は私たちとさして変わらない。住まいはロッジハウス風の木造建築で、トイレは土中式だった。風呂に入る習慣はないけど、毎日の水浴びは欠かさないらしい。

 昨日はルドルグも連れて行き、内装も含めてひと通りの確認をしてもらってある。「こっちは釘なんかの金物が使えるからな、思いのほか早く出来上がるぞ」とお墨付きをもらっている。


 一緒に生活するにあたり、蛇人特有の習慣だとか、禁忌に触れるような掟もないので、案外すんなり馴染めるんじゃないかと考えている。ただ、「女神への祈りだけは欠かしたくない」と熱心に語っていたが――。


 今後予想されるであろう教会の大混雑については、すでに対策を講じてある。先日の立役者となった『女神像』シリーズなんだが……実はこれ、どれに祈っても信仰ポイントが入る仕組みらしい。女神から直接聞いた情報なので間違いないはずだ。

 これからは週に一度は教会へ、毎日の祈りは女神像で、こんな感じの習慣に切り替えていくつもりで考えている。街の数か所に『女神像』を置き、『女神の銅像』は希望者に配る予定だ。



 だんだんと隙間が目立ってきた居住区域を眺めていると、今度はメリナードが戻って来た。どうやら息子のメリマスも一緒のようだ。打ち合わせでもしているのか、真剣な顔つきで言葉を交わしている。


(あの親子、どっからどう見ても冒険者だろ……とても商人とは思えん。格好もそれっぽいし、かなりの手練れに見えるんだが)


 私に気づいたメリマスは、メリナードと別れてすぐ足早に近寄ってきた。その手には剣、じゃなくて紙の束を抱えている。


「村長、ついさっき情報屋からの報告書が届きましたよ。各国の現状と戦力図について記されています」

「お、それはありがたいね。椿と桜はもう確認したのか?」

「もちろんです、午前中のうちに写しもとってありますよ」


 渡された用紙は2枚。片方には各国の動向が、もう片方には人口と戦力分布が記載されていた。


「そっちのごっつい束は別の報告なのか?」

「これは要望書です。街への引っ越しに際して、住民の希望や意見なんかを聞き取りしてます。これから農作業班のところへ行く予定でしてね」

「なるほど。じゃあこれは自宅でじっくり見させてもらうよ」

「わかりました。では村長、失礼します」


(帝国がケーモスを占拠してから1か月近く経つ。そろそろ動きがあってもいい頃合いだよな……)


 メリマスに礼を言ったあと、すぐに自宅へ戻って報告書を確認する。



<日本帝国>


・帝国は、獣人国との国境線に防壁を完成させた。旧ケーモスの街を首都して、北と西にも街を建設中。現在の進捗率は25%程度と思われる

・帝国の戦力は北の国境に集中しており、ナナシ村に対する戦力配備はほぼ皆無と言っていい。元辺境伯は西の開拓地へ、剣聖は北の開拓地へ常駐している

・首都および開拓地にはじゅうぶんな食糧供給がされており、表面上、目立った不満の声や反発の類もほとんどない。ただしこの裏では聖女による粛清が今も続いている


<アマルディア王国>


・王国は、西方面で発生したオークの対応と防壁の建設に奔走している。日本人を追放したことから、魔法使いの数が減少して建設速度はあまり芳しくない

・帝国が領地から消えた現在も、獣人国との同盟は継続中。ただし、共同作戦の協定は白紙に戻っている

・王国と獣人国ともに、互いが保有していた奴隷は全て相手国に返還済。また、国内に残っている日本人の数は概ね500人程度と推測される


<ビストリア連合国>


・獣人国は、帝国との国境に防壁や砦を建設中。しかしながら、すぐに攻め入る動きはない。王国を警戒しつつも、戦力の半数を首都に集結させている。

・ケーモスが帝国に占拠された事実は国中に広まっている。議会は領主経由で抑えようとしているが、住民たちの日本人に対する差別や警戒心は日ごとに増している。

・日本帝国への移住を希望する日本人が既に何千人もいて、国境を越えることが許されずに不満を募らせている状態。冒険者たちも、帝国との国境に近い街へと移動を開始。近いうちに暴動が起きる可能性大。

・王国・獣人国ともに、帝国の高レベル者に対抗するため、兵士のレベルアップを図っている。兵士限定で、帝国に攻略されたダンジョン、その15階層以降の領域に潜る許可を出している


 1枚目の報告書には、こんな感じのことが書かれていた。どれも想定の範疇だが……ケーモスを取り返さずに様子見するとは意外だった。日本人排除の動きと隆之介への不信感で、それどころではないのかもしれないが――。


(なんか隆之介のヤツ、詰んじゃったかもな……。結局、一度も会わずじまいで終わりそうだ)


 まあ、そんなどうでもいい感想はさておき、もう1枚のほうにある戦力図を見てみよう。どうやって調べたのかは知らんが、かなり詳しく書かれていた。

 この情報量と収集速度――どう考えても組織ぐるみだし、何かの特殊能力でもない限り無理だろう。隆之介なんかより、この情報を集めた日本人のほうがよほど気になっている。



==================

『日本帝国』


総人口:9万3千人(日本人9万)

帝国軍:3千

戦闘職:3万

生産職:6万

==================

『獣人連合国』


総人口:24万人(日本人1万2千)

連合軍: 3万3千

==================

『アマルディア王国』


総人口:85万人(日本人5百)

王国軍: 8万5千

北のオーク対応に40,000

西のオーク対応に10,000

南にある獣人国との国境に25,000

各領地に合計で10,000

==================


 細かい数値は省略するけど、ざっくりとした戦力差はこんな感じ。


 転移当初と比較すると、王国の弱体化が際立っている。まあ、それは獣人国にしても同様だ。オークへの対処もあるので、実際に割ける兵力はうんと少ないはず。各国の戦力差はほとんどないように見える。


(すごいな、バランス取れすぎだろコレ。まあ、村にとっては理想的だし、このまま帝国を壁役にして様子見しよう)


 多少の小競り合いはあるだろうけど、しばらくの間は平穏な時代が続きそうだ。


 何かあるとしても、せいぜい、獣人国にいる日本人が帝国へ移住するくらいか。常識的に考えれば、国家間の戦争なんて起きそうにない、というか起こしようがないって感じ。



(帝国の騒動以来、何かと忙しかったもんな。やっと落ち着いたことだし、しばらくはのんびりできそうだ)










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る