第169話 世界の秘密(2/2)


「ナナーシアさま、大陸が分断されてからはどれくらい平和な時代が続いたんでしょうか」

「500年ほどは至って平穏でしたよ。この頃、世界に初めて日本人が現れました。今度はそのあたりのことから話しましょう」



・今から500年前、この世界に異世界人が迷い込んできた。自らを高校生と名乗る日本人たちは、『勇者』『聖女』『剣聖』『賢者』の職業と絶大なスキルを保有していた。以前ラドから聞いたときは、3人だった気もするが……まあそれはいいか。

 彼らは王宮に突如現れ、その力に目を付けた当代の王は獣人領への侵略を画策、王子や王女に篭絡させ、勇者たちを従わせた。


・順調に侵略が進むなか、国王は王家に伝わる文献に目をつけた。大陸東の魔物に獣人領を襲わせる計画を立て、勇者一行に獣人領最南部の大山脈消滅を指示する。

 もくろみどおり、勇者と賢者の大魔法で大山脈の一部を消失させたが、山脈に住まう竜により勇者一行は全滅した。

 勇者一行が死んだあとも、王族主導により獣人領を占領していく。鼠人、兎人、犬人、猫人、熊人の領地はほぼ壊滅、その種族の多くが死に絶え、残った者は奴隷にされるか、獣人領南方へと逃亡する。



「あの、話の途中ですみません。勇者が大山脈を消したのはわかるんですけど――ナナシ村にある川を境にして、魔物は侵入してこないんじゃ?」

「ええ、それには私の力を使いました。直接結界を敷いたのは竜ですけどね。そのせいで私だけ、貯めていた神力の大半を失うことになりました」



・大山脈消失事件ののち、竜人の代表が獣人領に降臨、獣人全種族を主導して連合国家を設立。虎人、狼人、猿人を中心に国境をなんとか死守、400年にもおよぶ争いの末、今から100年前、現在の領土に収まり停戦状態となった。


・それから100年が経過し、3柱神の力(大地神は3分の1程度)が戻ったところで、獣人族を憂いた月の女神が大規模な無差別異世界人召喚を発動。それに合わせて太陽の女神も同時に大規模召喚をする。再び禁忌をおかした2人の女神は、×××により管理権限をはく奪され、世界には大地の女神のみが残される。


「ナナーシアさま。敢えて言葉を選びませんけど……太陽と月の女神って馬鹿なんですか? 罰を受けるのはわかりきってますよね」

「そのとおりなんですけどね。500年前に争いが始まったころから、徐々におかしくなってしまったんです……」

「つかぬことを伺いますが、女神に自己欲はあるのですか? 元は人間だったとか、完全なる神じゃないだとか」

「これが適切な言葉なのかわかりませんけど、いわゆる半神です。人間だったときの欲を持った状態で存在しています。神に至る方法は……この前お伝えした通りですよ」


 ちなみに、太陽と月の女神はまだ存在している。よくわからんが、思念体のような状態になっており、接触することも叶わないらしい。「これ以上なにかを起す力は無いはずだ」と、ナナーシア様は言っている。


「では次に、召喚されたあとのことを伝えましょう。ここからは、あなたの知っていることも含まれます」



・人口比率による信仰力の違いから、召喚する人数にもかなりの差が出る。結果的に、人族領には約100万人、獣人領には約20万人の日本人が召喚される。

 これは各国の総人口とほぼ同等の数となる。無差別転移という条件だからこそ可能な人数だったらしい。


・人も場所も能力も選ばず、とにかく多くの人を召喚するために信仰リソースを使用したため、転移場所もランダム、能力もランダム、王族への神託すらしていない(できるほどのリソースがない)。

 最終的に、街や村にたどり着けたのは全体の約1割ほど、残りは魔物に殺されるか野垂れ死ぬ結果になってしまった。


・アマルディア王国もビストリア連合国も、協力的な日本人を戦力や国土発展のために受け入れるが、なかなか安定しない。もともと慢性的な食糧不足もあり、領土拡大どころではなかった。

 

・日本人が転移して160日ほど経った頃、両国の至るところでオークが地上に湧きだす。さらに、ダンジョンの秘密に触れた帝国の賢者により、現在の『オーク大発生』に至ってしまった。



◇◇◇


「――この世界の歩みは、概ねこんなところでしょうか」

「転移した理由がしょうもないことを除けば、一応スッキリできましたよ。ありがとうございます」

「本来であれば、厳選された少数を召喚して地上への降臨を目指す。これが女神のあるべき姿なんですけどね……なぜあんな選択をしたのかは、私にも理解できません」

「なるほど。ところで、私がナナーシアさまの加護を授かったのって……どのタイミングからですか? 転移当初からじゃないですよね」

「私が直接関与できたのは、あなたが大地の神へ感謝を捧げたときからですね。もしあのとき、別の女神に祈っていたら……こうして会うこともなかったでしょう」

「ああ……村ボーナス☆☆☆の『女神信仰』を取得したときですね。土地神さまに祈った覚えがあります。あれが分岐点だったんですね……」


(あのときはたしか、誰に祈っていいのかも判らず、結構適当に考えてたはず。大地の女神がいるなんて知らなかったし……太陽の女神や月の女神に祈ってたら危なかったんだな)


「いえ、とくに危険はないですよ。別の能力を得ていたか、もしくは何も起こらなかったか、その程度のことだと思います。そんな力は残ってないはずですし」

「あ、全部聞こえてるんでしたね…適当なんて言ってすみません。今は心から感謝しています」



 それからもこの世界の成り立ちについて、いろんなことを教えてもらった。過去の勇者たちの功績や愚行の数々、他の女神との関係性など、間違いなく50,000pt以上の価値があった。

 たんまり持ってきた食べ物を完食して、ナナーシアさまもご満悦の様子だ。


 たっぷり2時間は話しただろうか。切りも良いので、そろそろお暇しようかなと思ったのだが――


「では最後に、蛇人族のことを話しておきましょうか。村人を増やす手助けになるかもしれません」

「ほぉ、それはありがたいです。けど……世界の秘密に関係ないことを言っても大丈夫なんですか? ナナーシア様まで罰せられません?」

「構いませんよ、これも秘密に該当する案件ですから」


 どうやら問題なさそうなので、詳しい事情を説明してもらうことに。



・蛇人族はもともと地上で生活をしていた。その頃は月の女神を信仰していたが、ある日を境に大地の女神を信仰するようになる。それに嫉妬した月の女神は、蛇人たちに祝福を授け、ダンジョン最下層へと堕とした。


「なるほど、そこまでの話は私も聞いてます。信仰対象を変えた理由とか、祝福? の内容については知りませんけど」

「昨日話してましたよね、私が嫉妬深いとかなんとか……まあ、それはいいでしょう。信仰と祝福については――」


 ほかの女神と一括りにされて多少ご立腹だったが、誤解は解けたようで助かった。それはさておき、ナナーシア様の話した内容はこんな感じだ。 


・蛇人が受けた祝福は、魔素を過剰に吸収する体質。肉体の強化速度を大幅に向上させる代わりに、魔素が体内に貯まり過ぎて魔物化してしまうというもの。最下層にいるだけで勝手にレベルが上がるらしい。魔物を倒せばさらに効果が発揮され、それと同時に魔物化も促進する。


・次に、地上に出ると死んでしまう件に関して。これは間違いではないけど少し訂正がある。月の女神が健在だった頃はそうだったが、思念体となった今では適用されないらしい。

 むしろ、地上にいたほうが魔物化する可能性は低くなるし、『大地神の加護』により、結界の中に居れば常に浄化されていくんだと。


「要するに、村人になれば安全だと?」

「もちろんです。それどころか、祝福の加護自体が消えるでしょう。私の神力を常に注いでいる状態ですからね」

「ほぉ……ちなみに蛇人族って何人くらいいるんですか?」

「現在は千人ほどでしょうか。当時はその10倍はいたんですけどね」

「なるほど、大変貴重な情報を頂きました。ありがとうございます」


(蛇人族が信じてくれたらの話だけど、もし村に来てくれるのならありがたい。でもあれか、種族バランスやレベル差の問題があるよな……)


「その心配はないと思いますよ? 種族の数は別としても、レベルは極端に落ちるはずですから」

「と、いいますと?」

「月の女神の加護が消えた場合、過剰に摂取した経験値も消滅します。魔物狩りをしている戦士でも、あなたと同じかそれ以下になります」

「それは本当――いや、女神さまがおっしゃるなら間違いないですよね」


 ナナーシアさまへの信仰、呪いからの解放、そして地上への復帰。これだけの条件が揃えば、移住の可能性はじゅうぶんにある。



 ――――



「ナナーシアさま、本日はありがとうございました。次はいつになるかわかりませんが、またお伺いします」

「世界の秘密に関することなら信仰度も消費しません。多少こじつけでもいいので、またいらして下さいね」

「それはちょっと怖いですけど……必ずまた来ます。それでは――」



「蛇人と会うときは女神像を忘れずに…………」

 


 そんな言葉を耳にしながら、自宅へと戻るおっさんだった。






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