第170話 吟遊詩人の夏希?


 女神の間から戻ってくると――


 テーブルで頬杖をつき、退屈そうにしている夏希の姿が見えた。大きなあくびをしながらこちらをボケっと眺めている。視界に入っているはずだが、私が戻ってきたことに全然気づいてない。



「ただいま夏希、ひょっとしてずっと待っててくれたのか?」


 私が声を掛けるとようやく我に返ったのか、ハッとした顔とともに声を掛けてくる。


「うわっ、見逃しちゃったよ! 戻る瞬間を見ようと待ってたのに……」

「ありゃま……それは悪いことしたな。思いのほか話し込んじゃってさ」

「ううっ……結局、向こうにも行けなかったし、戻って来る瞬間も見れなかったなぁ。でもまあ、おかえり村長っ!」

「ふむ――。お詫びと言っちゃなんだけど、今から向こうで聞いたことを纏めるからさ。夏希だけに先行情報を伝えよう、それで勘弁してくれ」

「わたしだけの情報ですかっ。それは心地よい響きですねー!」

「いや、みんなにもあとで伝えるけどな……まあいいけど」


 せっかく待っててくれたのだ。これくらいの役得があってもいいだろう。そんなことを思いつつ、夏希の質問に答えながら、聞いてきた内容を用紙にまとめていく。


『女神へのお供え』『この世界の歴史』『過去の勇者』『蛇人の祝福』。なるべく簡潔に、されど詳細に、夏希からの疑問や質問を書き加えながら仕上げていった――。




◇◇◇


 ひと通りのことを纏め上げると、そろそろ昼食の時間を迎えていた。


 夏希とふたりで食堂に向かいつつ、みんなにも念話を入れて集まることになったのだが――ちょっと時間が早かったのか、食堂にいる村人は少ない。いつもの面子もまだのようだ。


「みんな早く来ないかなー、うへへっ」


 先取り情報がよほど嬉しかったのか。私の隣では、夏希がニンマリ顔で待機している。


「お、そろそろ集まって来たな。さっきの話はみんなが揃ってから発表するぞ。別にしゃべってもいいけど、騒ぎすぎないでくれよ?」

「わかってるって!」


 先に食事を頂きながら、村人たちが揃うのを待つ。既に1階も2階も満席状態、楽しげな会話が食堂全体を包んでいる――。


 すると案の定、ドヤ顔の夏希がネタバレを披露し始めた。これだけ騒がしい空間だというのに、彼女の声はひときわ目立つ。すぐに周りの注目を集めだすと……いつしかみんなが聞き入っていた。


「おい夏希、どうせだから檀上に行くぞ。ちゃんと最初から説明してやってくれ。私もとなりで補足を入れよう」

「え、わたしが話しちゃうの?」

「これだけ注目を集めといて今さらだろ? それに夏希の声はよく通るからな、みんなも聞きやすいと思う。――ほれ、さっさと行くぞっ」


 壇上に上がる私と夏希。皆の視線が一挙に集まるなか、彼女は緊張のカケラも見せない。終始堂々とした態度で解説を……いや、これは物語と言ったほうが正しいのかもしれない。


 この世界の歴史や女神の存在、それを一連の物語に仕立てて語っている。ところどころ尾ひれがついたり、3割増しに誇張しているのはどうかと思うが……ついつい聞きほれてしまうのだ。当時の情景がまざまざと思い浮かび、スルスルと頭に入ってくる。


(夏希にこんな才能があったとはな……)


 あれだけ騒がしかった食堂には、もはや夏希の声しか聞こえない。ここにいる全員、彼女の話に魅入られていた。

 たしかに話を盛ってはいるけど、嘘の情報は何一つ言ってない。最終的に得られたのは、ナナーシアさまへのさらなる信仰心と蛇人族への多大な理解だった。


 あまりに語りが上手かったので、吟遊詩人のスキルでも生えたんじゃないかと鑑定してみたが……別段そんなことはなかった。


「いやー、満足満足っ。どうです村長、なかなかの出来だったでしょ!」

「実に見事だったよ。また何かあるときは夏希にお願いしたいな」

「ナナーシアさまの特別感とか、蛇人族への好感を狙ってみましたけど……ふふふ、けっこう上手くいきましたね」


 と、こんな一幕もありつつ、みんなへの発表は締めくくりとなった。




◇◇◇


異世界生活400日目-77,466pt



 女神との再会から4日後、今日は遺跡ダンジョンに赴き、蛇人族の族長スネイプニルと話し合う予定だ。25階層の転移陣でおち合うことは既に決まっているし、粗方の事情は向こうにも伝えてある。


 ナナーシアさまから聞いた情報通りなら、村人になれば呪いも解けるし村に来てくれる可能性だってある。実際、彼らの大半は地上への憧れを持っている。呪いのせいで選択肢すらなかったわけだが、先祖が暮らしていた場所への興味はいまだに残っていた。


 ただ問題は……私の話を信じてくれるか、そして、女神との交流をどう証明するかだ。以前直接会ったとき、「お主は使徒なのか?」と聞かれたが、今思えば「はい」と答えても良かったかもしれない。まあその場合、嘘を見抜かれ疎遠となった可能性の方が高そうだが――。

 

 

 重要なカギになりそうなのは、女神が別れ際に言っていた『女神像』なんだが――実はこれ、種類が3つもある。


==================

<女神の銅像:100pt>

 一家に1台、小型の女神像


<女神の水晶像:300pt>

 触れることで能力鑑定が可能な女神像


<女神像:100pt>

 村の中心に飾ると映える女神像

==================


 むろん、もう一度聞きに行けばいいだけなんだけど……あの意味深な去り際を思うと、すぐに再会というのも気まずかった。

 結局のところ、「全部もってけばいいんじゃね?」ってことになり、3つとも交換して、メリナードの空間収納で運んでもらうことにした。


 

「――ナナシ村の村長よ、こうして直接会うのは久しぶりだな。貴重な鱗を譲ってくれて助かっている。一族を代表して感謝を」


 現地に到着して早々、スネイプニルが丁寧に頭を下げてきた。彼の周りには6人の戦士が同席している。


「こちらこそ感謝を。大量の魔結石もそうだし、何度か加勢もしてくれたんだろ? 心強い味方が近くにいてくれて助かるよ」


 対するこちらの参加者は、冬也や桜を初め、蛇人族と毎日のように顔を合わせているメンバーだ。


「桜殿から話は聞いている。大地の女神ナナーシアさまから神託を授かっていると……やはりお主は使徒さまなのだな。ふむ、もっと敬ったほうがいいだろうか」

「いや、やめてくれ。あくまで対等に接してくれると助かる」

「そうか、ならばそうしよう」


 あらためて、私の口から事の経緯を話していく。蛇人族の歴史や、受けた呪いの内容、その解呪方法なんかを説明するも――スネイプニルたちが疑っているようには見えなかった。内心どう思ってるかまでは知る由もないが、ある程度の信用と期待は感じていた。


 ひと通りの話をおえて、最後に3種類の女神像を取り出したのだが――彼らが大きく反応したのは、『女神の水晶像』だった。開拓地の入場口に置いてある鑑定用のアレだ。


「……これはまさしく女神像だ。我らの村に祭ってあるものとなんら遜色ない。話には聞いているが、これがいくらでも手に入るとはな……」

「ナナーシアさまの話によれば、蛇人の先祖が『大山脈の竜』から譲り受けたらしいよ」

「ああ、我らの先祖からもそう伝わっている。これが無ければ蛇人族は当の昔に絶滅していたともな」


 当然ながら、鑑定機能のことも知ってるようだ。女神像に触れた7人は「間違いなく本物だ」と納得していた。これ以上の説明は効果が薄いと判断して、まずは本題に入って相手の意向を聞くことにする。



「――さて、今日の主旨もハッキリしてるし単刀直入に聞くけどさ。蛇人族みんなで地上に来ないか? 村人として一緒に生活して欲しいんだ」













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