第165話 二対一体、もうひとりの――


 勇者である妹のほうは、姉の考えとは真逆だった。


 どちらかと言えば、もとの世界に帰りたいというより、人との争いごとを避けたい感じか。この時ばかりは、私の目を見て必死に答えていた。



「あら、珍しいわね。あなたにしてはハッキリ言うじゃない。この際だから、村長さんの村でお世話になったら?」


 姉の聖理愛は、何の気なしにそんなことを言い放つ。


「っ! でもそんな……許してくれるの?」

「別に好きにすればいいんじゃない? ああ、でもそうね……どうせなら、村長さんの嫁候補として行ってほしいわね」

「よっ、嫁って、えぇ……?」


(急に流れがおかしくなったぞ。こいつは何を言ってるんだ?)


「あなたが村長とくっつけば、こちらに対する情も湧くでしょ。お互い歳も近そうだし――村長さんだって、まんざらでもないんじゃないかしら」

「……いやいや待ってくれ。色々ツッコミたいところだが、そんなつもりは毛頭ない」

「なんでかしら。村ではどうせハーレム三昧なんでしょ?」

「そんなわけあるかっ。私は至って健全、ハーレムなんて作ってないぞ」


 もちろんそういう願望はある。チヤホヤされれば喜んじゃうし、あと先考えなければそんな未来もあっただろうが――。


「あら珍しいわね。もしかしてあなた……」

「それも違う。そもそも勘違いしてるようだけど、私はもう41歳、村の恩恵で見た目が若いだけのおっさんだ」

「……ああたしかに、街の噂でそんなことも聞いたわ。ふむふむ――、見た目は青年、中身はおじさま。そういうのも……うん、意外とアリね」


 意外もなにも、なんでもアリじゃねぇか! と思ったが、話が進まないのでスルーに徹する。


 一定以上の忠誠度さえ満たせば、村人になるのは構わないこと。村へ来ても対人戦はありえること。姉よりも村と私を優先すること。これらの条件を淡々と説明していった。


「――てことで、嫁の話は論外だけど、本気で村にくるつもりなら声を掛けてくれ。もちろん、いま言ったことは守ってもらうけどね」


 勇者はコクリと頷くだけで、それ以上なにも言わなくなってしまった。すぐ隣にいる姉はその様子を無表情で眺めているだけ、何のたくらみがあるのかは全く読めない。

 

「なあ、最後にもうひとつだけいいかな」

「あら、なにかしら?」


 話しが途切れたところで、今日一番聞きたかったことを切り出す。


「今まで訪れた場所で、に接触したことがあるだろ?」


 勇者を初め、他のユニークスキル持ちは全て2人ずつ存在している。そして王国と獣人国にそれぞれ転移していた。なら、『村長』だってその例外ではないはずだ。


「そう、ね……それに答えてもいいけれど、なんでそう思ったのかを先に聞かせてくれる?」

「おまえら、結界をほとんど警戒してなかっただろ? 異世界知識が豊富なら、この能力の危険性に気がつかない訳がない。領主館を拠点にするのはおかしい。既にどこかで見て、その効果を知っていると思った」

「残念だわ、これは次の交渉にでも使おうと思ってたのに。――正解よ、王国にも『村長』がひとりいたわよ。あなたほど有能じゃないみたいだったけれどね」


(ずっとそんな予感はしてたが、やっぱりいたのか。……そいつも家ごと転移だったのかな)


 それ以上の情報は出し渋ると思ったんだが、聖女は意外と素直に詳細を話してくれた。


・もうひとりの村長も、村に結界を張って10人くらいと暮らしていた。確認できた村人はすべて獣人、しかも女性だけだったらしい。少し小さめだが、日本風の一戸建て住宅も存在していた。


・村のある場所は王国の最北部、海岸沿いの浜辺にあり、結界の規模はそんなに大きくなかったようだ。「せいぜい、領主館にある庭の半分程度だった」と聖女は証言している。なお、スキルの詳細は一切不明。村長の職業と村のスキルも、そいつ本人が自称していただけかもしれない。


・仲間に引き入れようとしたが、村長はそれを断固拒否。結界から出てこないので最終的には諦めた。防衛面には優れているが、魔物を狩る戦力はもってないように感じた。


・王国北部でオークを大発生させたのは、そいつを孤立させるためでもあったらしい。今では身動き不能な状態だと言っていた。ケーモスへ転移する前、賢者がそれを確認してきたので間違いないと言っている。



「なるほど、今もそいつは生きてるんだな」

「そうね、少なくとも2週間前までは普通に暮らしていたはずよ」

「はぁ――、おかげでスッキリしたよ。情報提供に感謝する」

「かなり信用を得られたようで良かったわ。あ、そうだ。ついでに言うと、獣人国の私は始末してあるわ。西の猿人領にいたのをね」

「私って……ああ、そういうことか。しかし良く見つけられたな、一体どうやって?」

「おじさま? それは次回のお楽しみにしましょう。また会いに来てくれると嬉しいわ。できれば元の姿に戻ってくれると最高なのだけれど」



 どこまで本気なのかは知らんが、おっさんパラダイスの仲間入りになるのだけは勘弁だ。獣人国にいた強盗の話はまた今度聞くことにしよう。




◇◇◇


 ――とまあ、いろいろあったわけだが……貴重な情報も手に入れ、聖女たちと別れたあと、転移陣を使って村へと戻った。


 ドラゴにしては珍しく、終始無言を貫いていたが……どうやら、聖女の読心術と鑑定を警戒していたらしい。真名が知られるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだと。村に帰ると早々に、勇者のことを聞いてきた。


「ドラゴ、配慮が足りなくてすまなかった。上位鑑定じゃないからよほど大丈夫だとは思うが……それで勇者のなにが聞きたいんだ?」

「あの娘の忠誠度はいくつだったのだ? むろん確かめたんじゃろ?」

「ああ、姉のほうも確認してあるよ。いまはもう解除してあるけどな」

「ふむ……。実はあの娘、住民たちの配給を毎日手伝っておったんじゃ。儂も何度か村のことを聞かれたぞ」


(なるほどそれでか。姉のほうにも驚いたが、勇者の忠誠度は一瞬見間違いかと思ったほどだ。これは、村に興味を抱いてるとみてよさそうだな)



「すぐに受け入れる気はないけど、勇者の方はいずれ引き込むかもしれない。他のみんなにも意見を聞いて、じっくり判断していこうと思う」

「そうかそうか。ならばよし! あの娘と一戦交える日も近そうじゃ!」


 毎度おなじみドラゴの……いや、竜人の血が騒いでいるようだ。


「ん-、でもあの様子だと戦闘は嫌いなんじゃないかな。あんまり期待しない方がいいと思うぞ?」

「甘い、甘いぞ村長! アレは間違いなく強者。普段はあの調子かも知れんが、いざとなれば儂でも危ないかもしれん。ヘタすれば、冬也ともいい勝負であろうな」

「はあ? それマジ? 大人しそうないい子に見えたんだけどな……。まあでも、ドラゴが言うなら気を付けたほうが良さそうだ」

「姉のほうはまだしも、勇者は村に引き入れるべきじゃと儂は思う。敵対者となれば、かなり厄介な存在となろう」

「わかった。十分注意しながら前向きに検討するよ。今日は一緒にいてくれて心強かった、ありがとう」


(ドラゴがここまで評価するなら相当なんだろう。闇落ちでもされてどうにかなる前に、こちら側へ引き込むのが正解なのかもしれないな)



「さてさて、新たな開拓民も増えたでの、これから忙しくなりそうじゃ! 村長も気を入れて頑張らんとなっ!」

「ああ、穏便に進んでくれるといいんだが……あとは女神さまに祈るばかりだ」



 こうして、恐らく最後であろう開拓民の受入れが終わった。明日からは腰を据えて、じっくり発展させていこう。












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