第152話 大地の女神『ナナーシア』


 いくら女神さまでも、こんなことが許されていいのだろうか。


 俺は最初、とても神聖な「女神の間」に来たと思ってた。そしたらそこは……水の一杯も出さないぼったくり店だったんだ。


 何が起きてるのか全然わからないが、俺の大事なポイントだけがどんどん減り続けていくんだよ。しかも返金は無効だし、帰る方法もよくわからない。

 たしかに女神さまの話はとても貴重だ。それはわかってるけど……せめて最初に言ってくれてもいいんじゃないだろうか。


「ほんとにごめんなさい。だって最初に言ったらすぐ帰っちゃうでしょ? そう思ったらなかなか言い出せなくなっちゃって……」

「……いえ、もう大丈夫です。ポイントを全部消費するわけにはいきませんけど、あと少しだけなら問題ありませんので……」

「っ、じゃああと10分だけ、きっかり10分だけにしましょ! 次はまた今度でいいからっ」


 私の話している相手は女神だ。いや、たぶん女神のはずだ。見た目は絶世の美女だし素敵な声色をしている。普通にしてたら、思わずひれ伏したいほどのオーラを纏っている、んだと思う。



 ――そのあともしばらくナナーシアさまの弁明が続く。


 要約すると、私と会うのをすごく楽しみにしてたらしい。というか、大山脈に住むという『竜』だけは例外として、下界の種族と直接会話すること自体、初めてなんだと言っていた。

 やはり話せる内容には制限があるようで、一般会話と一部のこと以外は、各種特典を解放しないと話せないらしい。ただし下界に降臨すれば、そのあたりの話も可能だと言っていた。結局、日本への帰還条件、死後の結界維持、過去の勇者の件など、この時点では何も知ることはできなかった。


 そんななかで、唯一知ることができたのは『女神降臨』と『異界の門』についてだった。


「――では、今日お会いしたことで、『女神降臨』の必要条件が揃ったと?」

「ええ、まずはこのモニターで確認してみて。顕現するのに必要な信仰度が表示されてるはずよ」


 ナナーシアさまがモニターに触ると画面が真っ暗になる。続いて私がタッチすると……いつものステータス画面が表示された。


 『女神の恩恵』から特典一覧に移行して、特殊系にある<女神降臨>の欄を見てみると――


===============

<女神降臨:1,000,000pt>

 女神が地上へと降臨する。顕現を維持するには1日当たり1,000ptの信仰度を消費し続ける。

===============


 あらかたの予想はしていたけど、女神を降臨させるにはとてつもないポイントが必要だった。だがそれよりも気になるのは、しれっと追加されている新たな一文のほうだ。


「あの……顕現後の説明文って、前は表示されてなかったですよね?」

「あ、それはその……正直に言います、いま追加しました! 隠したままにしておくとまた怒られそうで……ごめんなさい」

「だと思いました。やはり隠してたんですね。――念のため聞いておきますが、他に隠し事はないですよね?」

「ありません、神に誓って……ってまあ、わたしがその神ですけどね!」


 したり顔の女神さまだが、今は突っ込みを入れる時間すら惜しい。こうしてる今も、ポイントがどんどん消費されていくので、スルーを決め込み話を進める。

 

「……わかりました。それで、次元門に必要な条件というのは?」

「突っ込みはないのですね……条件はわたしが顕現することです。次元門は既に存在しているので信仰度は必要ありません」

「既に存在しているとは?」

「その冷蔵庫が次元門です。わたしの顕現後、その機能が解放される仕様です」


(しれっと仕様とか言っちゃってるし……それは大丈夫なのか?)



 女神の解説によると――


・日本から転移したタイミングが、冷蔵庫の扉を開けた瞬間だった。その際に座標が固定されて冷蔵庫が基準点に設定された。本来はもっと複雑な内容らしいが……私に理解できる言葉だとそういうことになるらしい。


・機能が解放されたあとの次元門(冷蔵庫)はサイズ調整が可能。地球との往来ができる。ただし、女神さまか私が許可した者のみ通過できる。


・一度でもこの異世界を訪れた者以外、地球人はこの世界に来れない。地球の物を運び入れるのも不可能。ただ、この世界から地球への物資運搬は可能らしい。


「なるほど……制限は色々ありますが、日本に戻れるのは確定なんですね。さすがは女神さま、なんでもありですね」

「あと、私が下界に降りる目的ですが……これから言うことだけは秘密にしてください。まあ、規制がかかって話せませんけどね」

「顕現させた者だけに知る権利があると?」

「そのとおりです。私の目的は――」


 それから女神が語ったのはとても興味深い内容だった。残念ながら話すことはできないが……普通の人間ならば、絶対知らずに一生を終えることになるだろう。




「――啓介さん、名残惜しいですけどそろそろ時間ですね」

「はい。当分は無理ですけど……また会いに来ます」

「今日は本当にごめんなさい。次からはちゃんと前もって話しますね」

「いえ、私の方こそ失礼しました。つい取り乱してしまい……ナナーシアさまに会えたこと、日本に帰れること、これが判明しただけでも十分すぎる価値がありました」

「ならよかったです。では、また会える日を楽しみにしていますね」



 こうして女神との初対面が終わり、別れを告げてから元の世界へ戻る。


 ちなみにだけど、村へ戻る方法は簡単だったよ。冷蔵庫の扉をもう一度開けなおすことで無事に帰還することができた。真っ白に光る現象も来たときと同様だった。




◇◇◇


 自宅に戻ったあとは椿と一緒に掃除を再開した。もちろん事情は説明したし、椿もそれを信じてくれた。ふたりでいろいろ話し合った結果、今日のことは村人に話すことに決めている。

 ああそれと、現世でも神界でも時間の流れは同じだった。浦島現象だとか、時間が停止していたとかもない。


「――じゃあ、村の連中には夕飯のときに話すってことで。次元門関連のことは忠誠99のヤツ限定にするよ」

「はい、私もそれがいいと思います。ところで啓介さん、結局どれくらいのポイントを消費したんですか?」

「よくぞ聞いてくれたね。今回の入店時間は30分、ワンドリンクなしの支払総額は……なんと18,000ptだ」

「それは中々……エグいですね。あっ、こんな言い方、ナナーシア様に失礼ですよね、ごめんなさい」

「まあ相手は神様だし、これくらいの対価は必要なんだろうね。重要なことも聞けたし良かったと思うよ」


 

 その日の夕方、村人たちに女神さまのことを話したわけだが――


 私が『使徒』扱いされそうになって危なかった。とくにドラゴたち竜人はその傾向が顕著に出ている。もともと大地神を信仰しているので当然なのだが……。

 なんとか落ち着かせたあと、嘘八百を交えながら弁明することで、普段通りに接してくれることになった。


 他のことに関しては特段の問題はない。村人たちの信仰心はさらに深まり、顕現を心待ちにしているようだった。

 あとは、女神さまの名前がナナーシアだと判明し、ナナシ村の格が上がったくらいか。自分たちが村の住人であることに誇りを感じ、そのおかげで私への忠誠度もグッと上昇した。



 今回は思わぬキッカケで女神に会えた。


 まだまだ聞きたいことは山ほどあるけど……次に会うのは当分先になりそうだ。














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る