第153話 獣人族領-ep.4+


<獣人族領-首都ビストリア>

 中央連合議会-議事堂にて



「――ということで、西の防衛壁はすべて完成しました。常駐部隊を除き、兵士並びに冒険者が北部の国境へと移動を開始しております」


 村長が女神と出会った数日後――獣人の議会では、臨時の会合が開かれていた。今はちょうど、防衛壁についての報告が終わったところだった。




 防壁完成の報を耳にして、議員の面々がホッとした表情を見せるなか――議長のタイガンがゆっくりと口を開く。


「ようやく完成したか……。当然、予備兵力は残しているだろうな? 人族領の二の舞は御免だぞ」

「はい、すべてご指示通りに――。オークの間引きも定期的に実施されております」

「ならばよし。ああ、それと……オーク討伐と防衛壁の状況は、今後も逐次報告させるように。些細な変化も全て記録しろ」

「はっ、しかと畏まりました。直ちに全部署へ通達いたします」


 脅威そのものがなくなった訳ではないが……オークの一件もこれでようやく一息つける。とはいえ、まだ大きな問題が残っているのだ。それが解決しないことには、真の意味での安堵には程遠かった。



「……隆之介殿、本当に日本帝国を攻めるおつもりですか? 私としては、難民の生活支援と国力増強を優先すべきかと考えますが……」

「攻めるに決まってんだろっ。ボヤボヤしてたらこの国は全滅だぞ? おまえ、首都でオークが暴れ出したらどうすんだよ、責任とれるのか?」

「いえ……隆之介殿のおっしゃることはわかります……反論するわけではありません」

「王国も兵力を出すって言ってんだ、やるなら今しかない。大丈夫だ、必ず勝てる。帝国のヤツらなんて、どうせすぐに逃げ出すからな」

「わかりました。では予定通り、我ら虎人族と狼人族が主力となって戦場に赴きます」

「ああ、冒険者もかき集めろよ。レベルなんか関係ない、相手は所詮日本人だ。人を殺めるなんてできねぇよ」


 隆之介殿は完全にやる気だ。


 これまでも何度か提言したが、「転移してきた日本人に人を殺せるはずはない」の一点張り。確かにそうかもしれないが……そう簡単に行くのだろうか。いや、隆之介殿が言うのであれば間違いないはずだ。



「議長……そろそろ次の報告をさせてよろしいですかな?」

「ああ、ナナシ村の件か。進めてくれ」


 ――そのあと、ケーモスの新領主が現地に到着したことを聞いた。ナナシ村との交渉についても、近いうちに第一報が届くだろう。

 あの領主のことだ、きっと上手くやるはず。一癖も二癖もあるヤツだが……実績だけ見れば、領主としては優秀な人物だ。


 何はともあれ……だ。戦争はもとより、難民の支援にしても、今一番必要なのは食糧だ。安定供給が約束されれば、どちらも状況は好転する。いざ開戦となるまでには、なんとか話を纏めてほしいところだった。


「――では、ケーモス領主の報告を待ち、次回の会合を開く。食糧支援の確約がとれ次第、王国との最終調整に入るつもりだ。各々、いつでも動けるよう万全の準備をせよ」


 決戦の日は刻々と迫っていた――




◇◇◇


<獣人族領-ケーモスの街>

 時を同じくして、ケーモス領主館



(これはいよいよ手詰まりですね。就任早々、まさかこのような……)



 あれは数日前、ここへ到着してすぐのことでした。わたしを出迎えたのは、たった20名の使用人たち……どの者も下を向き、何かの脅威に怯えているようでした。

 

 オークの集団に襲われ、命からがら逃げて来たのかと思いましたが……それもどうやら違う様子。ですが、何度わたしが問いただしても、誰ひとりとして口を開こうとはしなかったのです。



 やっとの末、使用人のひとりから聞き出したのは――いえ、もう思い出したくもありません。


「ゼバスはこつ然と消え去り、使用人もほとんど逃げ出した。ギルドで雇った専属護衛も……全員退職とは、ね。しかもそれが、全てナナシ村の仕業だというのですから……」


 具体的に何があったのかは難民から聞けましたが――時すでに遅し。ウルフォクスとドラゴにまんまとしてヤられたようです。


 当然、ナナシ村との交渉は毎日のように試みました。しかし、東の森を調査させても成果は出ずじまい。結界? とやらに阻まれ、村への取りつぎすらできない状態とは……完全にお手上げです。


(こうなってはどうにもなりませんね。議会への言い訳を考えた方がまだマシでしょう。さて、どう切り抜けたらよいものか――)



「ご領主様、外壁の補修はいかがいたしましょう。それと難民たちの生活ですが……」

「庭も含め、全てそのままにしておきなさい。難民たちには十分な食事を――それと、私の私財を使って衣服と食糧の確保をすぐに始めて」

「いかほど捻出されますか?」

「多ければ多いほどいいわね。ただし、必ず記録しておくこと。わかってると思うけど、すべて正確にね」

「……はい、仰せのままに」


(領主館の被害、そして難民への支援……まだ全然甘いわね。何か決め手を考えないと……)




<日本帝国領-領主館>

 


「おい聞いたか。獣人のヤツら、ついに防壁を完成させたらしいぞ」

「ええ聞きましたよ、予定より早かったですね。まあ、こちらにとっては好都合ですけど――さっそく次の段階へと移りましょう」


 元辺境伯の領主館では、ふたりの男が何やら不穏な会話をしていた。ひとりは煌びやかな鎧を纏い、もうひとりは純白のローブを羽織っている。


「お嬢にはもう伝えたのか? って、その必要もないわな」

「ええ、彼女ならもう準備に取り掛かっていますよ。私も明日、アレの再確認に行ってきますので……あなたのほうも抜かりなく」

「もちろんだとも。いよいよ最終段階なんだ、オレも気合を入れて挑まねぇとな!」

「私はこれから勇者のところへ行きます。帝国民への演説にはあなたも参加するようお願いしますね――では、また後ほど」



王国、帝国、獣人国と……村長がまだ知らないところで、それぞれの思惑が交差していく。













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