第151話 異世界生活『1年目』


異世界生活365日目-43,096pt

 樹里が補佐役となった3日後



 記念すべき――と言っていいのだろうか。この世界に来てから今日でちょうど1年になる。



 わけも分からないまま異世界に飛ばされたが、運のいいことに自宅丸ごと転移、しかも村スキルという強大な能力のおかげで今も生き延びている。一緒に飛ばされた日本人の中にはロクでもないヤツが大勢いた。しかしこうして、信用のおける村人たちと共に楽しく暮らしている。


 ご都合チート、と言えばそれまでかもしれない。それでも自分の中では、そこそこ頑張ったんじゃないかと思う。なんにしても、これまで出会った仲間たちには感謝の言葉しか出てこない。



 そんなことを思いながら――


『異世界生活1年目』となる本日、私が取り掛かっているのはだった。もうずいぶん前のことで、いつだったかは忘れたけど……「電化製品とか使えないものを整理しては?」と、椿が話していたのを思い出した。

 ちょうど1年の節目だし、このまま置いてあっても意味はない。良い機会なので片づけてしまおうと考えたのだ。


 部屋の掃除は小まめにしてたが、使ってない家電なんかはずっと放置状態だ。よくよく見ればホコリもしっかり溜まっていた。もう一度言うけど、ほんとに掃除はしてたからね。



「うへぇ、これも結構なもんだな……まあ1年も経てばこうなるか」

「ごめんなさい。私もちょくちょく掃除してたんですけど……最近は忙しくて忘れてました」

「いやいや、ずっと放置してた私が悪いよ。この際だから徹底的に掃除して、全部万能貯蔵庫にしまっちゃおう!」

「はい。綺麗にしたら、ひとまず庭に出しておきますね。あとでまとめて倉庫に運びましょう」


 朝のひと仕事を終えた椿と一緒に、ひとつずつ丁寧に拭いてから庭へと運んでいく――。


 テレビや炊飯器、ミキサーや食器乾燥機など……今では置物と化した家電たちが意外とたくさんあった。ただ唯一、パソコン関係だけは動かしてない。ヘタに触って使えなくなると怖いしね。


「じゃあ、これも外へ出しておきますね」

「ああ頼むよ。あと残ってるのはこのデカブツだけだから……椿はほかのヤツを先に仕舞っといてくれ。私もこれが終わったらそっちへ行くよ」


 椿にそうお願いして、最後に残ったラスボス、冷蔵庫の手入れに着手する。無駄にサイズだけは大きい旧式の冷蔵庫、これは掃除のし甲斐がありそうだった。


「思い返せば1年前、始まりはコイツを開けたときだったよなぁ」


 そんな懐かしさを感じつつ、冷蔵庫の中も拭いておこうと何の気なしに扉をあけた瞬間――


 部屋全体が真っ白に見えるほど強烈な光に包まれた。それはまさに、日本から転移したときと同じ現象だった。




◇◇◇

 

 体感にして5秒……あのときと同じように光はすぐ収まった。


 恐るおそる目を開けると目の前には冷蔵庫が……でも、それ以外はあのときと全く違っていたのだ。

 冷蔵庫はたしかに見えているけど、ほんとにそれだけ。ほかは全部真っ白、周りには何もない。台所もリビングもフローリングも壁もない。ただただ、延々と続く白い空間がどこまでも広がっていた――。


(日本に戻った……んじゃないよな。よし落ち着け。この状況でまず考えられるのはなんだ? 第一候補はやはり……)



「やっと来てくれましたね!」



 ひとまず冷静になろうとしたところで、背後から突然、しかも耳元で大きな声を掛けられた。


「うわっ、びっくりした! 心臓止まるかと思った……」

「ごめんなさい、つい興奮しちゃって」


 後ろを振り返ると、純白の衣を纏った女性がいた。見た目もそうだし、声も聞き覚えがある。間違いなく女神さまだろうけど……そんな至近距離で見つめられると、おっさんは固まってしまう。弁明しとくが、決して変な意味ではない。


「たぶん女神さま、なのはわかりますけど……いきなりホラー展開は勘弁してください。マジで死んじゃうんで」

「安心してください。この領域では絶対に死ねませんから」

「いや、そういう意味ではなくて……」

「そんなことより、来るのが遅すぎですよっ。もっと早く気づいてくれてもいいのに……」

「それって、この冷蔵庫のことですか?」

「そうです。以前、結界の色が変わったでしょう? あの時点からいつでも来れたんですよ!」

「え、そんな前からですか……。いやでも、冷蔵庫なんてずっと使わなかったですし……」


(結界の名称が『大地神の加護』に変わったのはいつ頃だったか。たしか……転移して3か月くらいだったかな?)


「正確には73日目ですよ。村に教会を設置した日のことです」

「あら女神さま……心も読めるし、下界も監視できる設定なんですね」

「読むのも見るのも事実ですけど、設定と言うのは控えてください。詳しくは話せませんが、世界の根幹にかかわる禁則事項ですので」

「あぁなるほど。そういうヤツなんですね」


(この感じだと、ファンタジー女神というよりは、世界の管理者的な存在なのかもしれんな。たぶんこの手のことは、何を聞いても答えないだろう。――ひとまずご挨拶しとくか)


「あらためまして女神さま、私は啓介と言います。あなたに会えてうれしいです。村のことを、そして私を守ってくれてありがとうございます」

「……わたしの名は。この世界の大地神として認識されています。あなたと会える日を、ずっと心待ちにしてましたよ」

「ナナーシアさま、とおっしゃるんですね。えっと、ちなみになんですけど……それってナナシ村と関係あったりしますか?」

「関係どころの話ではありませんよ。村の名前が違ったらここまで多くの恩恵は受けれませんでしたよ?」


 なん……だと……。あのとき適当につけた名前が、そんな重大なことに関連してたとは……途中で変えなくてホントに良かった。


「ところで女神さま、そこにあるのって私の家のパソコンデスクでしょうか」


 冷蔵庫のあった反対側、振り向いた先にはよく見た机とパソコンが置いてあった。どう見ても私のと同じものだ。


「あなたのとお揃いにしてみたんです。村人たちのことはあのモニターでいつも見てたんですよ? もちろん音声もクリアに拾えます。ほらっ、ちょっとこっちにきて」


 ナナーシアさまに手を引かれてモニターの正面に回ると、そこにはナナシ村が俯かん視点で映し出されていた。ズームもできるし、村人同士の会話もよく聞こえている。


(あ、夏希がベリトアと芋食ってるし。しかも俺をネタにして笑ってやがる……ぐぬぬ許すまじ、戻ったら絶対問い詰めてやるっ)

 

 モニターの性能に驚きながらも、夏希たちへの説教を誓うおっさんだった。


 

 と、そんなとき……ふと、画面の右下にある時刻表示? が目に入った。時計には見えないが何桁もの数字が並んでおり、秒を刻むように、今もその数値が刻々と変動している。


「あの、ナナーシアさま。この時計みたいなのって何ですか? 時間ではないようですけど……聞いても大丈夫でしょうか」

「…………」

「あ、言えないならいいんです。じゃあ他のことを聞こうかな、せっかく会えたんで私もいろい」

「あの……実はですね……」

「……ナナーシアさま?」

「どうか冷静に聞いてください。そして絶対に怒らないでください」

「いやそんな、女神さまに怒るなんてしませんよ。とても感謝してます」


 しかしこのあとすぐ、女神の言葉に驚愕することになる。


「この数値は信仰度です。この部屋に滞在する限り、常にポイントが消費され続けています。……ちょっとだけ言うのが遅くなってごめんなさい」

「えっと、つかぬことを聞きますが……この数値、1秒ごとに10ずつ減ってる気がするんですが……」

「それであってます。でも大丈夫、あと1時間は滞在できますからっ!」


「ちょ、ウソだろ!? 今すぐ戻して! なんだよここっ、どこぞのぼったくり店かよっ! しかも俺、水の一杯だって飲んでねぇぞ!」














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