第150話 先生、お待ちしておりました


  村のことから開拓地の話に切り替わると、樹里さんの解説はさらにヒートアップ。その全てが的確なだけに、私の精神力も限界を迎えつつあった。


 でも実際、話の内容は素晴らしいのだ。樹里さんの構想を聞いてるだけで、ものすごくいい街が作れそうな気がしてくる。冗談抜きに、すべてを任せてもいいとさえ思えていた。



「――ふぅ、ひとまず概要は話せました。あとは具体的な部分を詰めていきたいですよね!」

「うんそうだね。いきたいよね。でも、それはまた今度にしようね」

「あら、それは残念です。――それでわたし、採用してもらえます?」

「それはもちろんだよ、どんな街ができるか私も楽しみだ。椿も交えてこれからじっくり進めていこう。あっ、でも次回からは……もう少しお手柔らかにお願いします」

「やったー! リアルで街が作れるなんて夢みたいっ! 1年間生き延びてきて良かったぁ」


 採用が決まった樹里さんはとても喜んでいた。元々そういうのが夢だったらしく、まさか異世界でそれが叶うとは、なんて言いながら思い切りはしゃいでいる。

 

「ところでさ。なんでこんなに詳しいわけ? これで本業じゃないなんて、とても信じられないんだけど」

「あ、それはですね。ゲーム好きが高じてその手のことを調べまくったんですよ。〇〇〇ってのが大好きで……っても、知らないですよね?」

「え、マジで? 俺もそれにどハマりしてたんだ。村にいる春香って女性も、かなりのやり込み派だぞ!」


 ここにまたひとり我らの同胞が現れた。春香に続き、この楽しみを共有できる逸材がいるとは……女神さまに感謝を。


「おー、まさかこんなところでお仲間に会うとは……実はわたし、ゲーム実況とかもしてたんですよぉ。あまりに好きすぎちゃって」


(なっ! ゲーム実況……配信……じゅり…………思い……出したっ)


「あの、もしかしてですけど……ジュリア先生ではないですか?」

「あ、そうです。ジュリアって名前で週末に……ってもしかして、わたしの配信、見てくれてました?」

「先生、毎週楽しく拝聴しておりました。先生もこの世界へ来られていたとは……わたくし、とても感激しております」


 どおりで聞き覚えがあるはずだった。毎週末、この人の実況を聞きながら遊んでたんだから。なんなら週末に一番聞いてた声だった。顔出しはしてないので、本人を見てもわからなかったが……なるほど、この知識量なら先生で間違いない。


 樹里さんは、視聴者から「先生」とか「ジュリア先生」って呼ばれ、その知識と技術力により、コアなの視聴者から崇められていた。同じゲームをしているとは思えないほど、完璧な街づくりをひとりでやってのける猛者だったんだ。

 

「あの……すごく嬉しいんだけど、先生と敬語はやめません? 面と向かって言われると恥ずかしいんで。相手は村長さんなわけですし」

「……わかった。ごめん、ついいつものクセでね。いやしかし、ジュリアさんだったとはなぁ。マジでビビったよ」

「ジュリア呼びはそのままなのね」

「そこはなかなか抜けないよ。もう完全に刷り込まれているしね」



 結局そのあとはゲームの話が延々と続いていった。


 まあ、私が一方的に質問しているわけだが……これはもう完全なる越権行為だな。向こうではもちろんアウトだけど、異世界に来ちゃったんだし、他の視聴者さんたちには申し訳ないがどうか許して欲しい。

 ああそうだ、途中で春香にも念話を入れたよ。だって彼女も信者のひとりだったからね。速攻で合流してからは、三人で思い出話に花を咲かせていた――。




◇◇◇


「そういうわけで、ジュリアさんを採用することにしたよ。椿を中心に、ルドルグ、ロアと一緒に打ち合わせを頼む」

「わかりました。でも重要なところは啓介さんも同席してくださいね?」

「もちろんだよ。椿にばかり負担を掛けられないしね、一緒に頑張ろう」


 戻って来た椿に説明をして、樹里さんの正式採用が決まる。私と春香が視聴者だったこと。建設に関する知識は申し分ないこと。椿が逃げ出したあとも、色々なアドバイス(ダメ出し)を頂いたことも話した。


「べ、別に逃げたわけじゃないんですよっ。他の子たちを待たせたら悪いかなーって……まあ正直、ちょっと怖かったのは本当ですけど」

「あ、ごめん、責めてるんじゃないからね。私だって、途中で逃げちゃおうかと思ったし……」


 私と椿の会話を聞いて、樹里さんは申し訳なさそうにしている。


「おふたりともごめんなさい。わたし、その手の話になるとついつい興奮しちゃって……今後は気をつけますね」

「大丈夫だよ。話の内容は素晴らしかったし、私も安心して任せられる。素敵な街になりそうでワクワクしてるよ」

「ほんとですか? じゃあさっそく具体的な方針を決め……って、またやっちゃった……」

「……えっと、ひとまず各部門の責任者と顔合わせをしてくれ。細かい流れは、今日の夕飯を交えてでやろうか。椿、悪いけど案内頼める?」

「わかりました。では、樹里さん行きましょう」



 椿に何度も謝りながらあとをついていく樹里さん。そんなふたりを尻目に、ここに残った私と春香は顔をつき合わせて笑っていた。


「ねぇねぇ、それでどうなの? 生ジュリアに会った感想はっ! すごく可愛かったし、もしかして気に入っちゃったとか?」

「それは異性としてってことだろ? だったら全然だな。たしかにかわいいとは思うけど、そういう感情はないよ」

「それほんとぉ? わたしはもう抜けちゃったけどさぁ……ハーレム候補にすればいいのに」


 たしかに見た目は素敵だけど、そういうめんどくさいのは御免だ。ていうか、今だってハーレムなんか作ってない。複数とそういう関係にもなってないし、思わせぶりな態度もしてないつもりだ。


「おい、抜けちゃったとか言うなよっ。誰かを囲った覚えはないし、そもそも春香にだって指一本触れてないだろ……」

「まあそうだけどー。ところでさ、体が若返ったことでソッチ系の欲が高まったとかないの? そういう設定よくあるじゃん?」

「あーそれな。俺も気にしてたけどあんまり変わんないわ。少なくとも、抑えきれない衝動、みたいなのは全然ない」

「あちゃー、枯れちゃってるのね……」

「おい、なにもそこまでは言ってないぞ」


 そんな冗談はさておき(冗談だよな?)、思ったよりもソレ系の欲求は薄かった。世間の基準は知らんがたぶん人並み程度だと思う。少なくとも、見た目が若返ったことによる影響は皆無だと言い切れる。


「そういう春香はどうなんだよ。ベアーズとは続いてるのか?」

「まあボチボチね? お互いひとり住まいだから、たまに遊びに行くぐらいかなぁ」

「春香がここを出てってからもう2か月は経つもんな。まあ、順調ならなによりだ」

「え、なになに? 今さら後悔してる感じ? ひょっとして、わたしに戻ってきてほしい……とか?」

「いやそれはない。仮に戻ってきても、もう春香の部屋ないから。椿の仕事部屋になってるし」

「えー。思わせぶりの一言くらい……くれてもいいじゃん?」

「なぁ春香……俺がそれを言ったら、今日の夕飯でネタにするんだろ?」

「ありゃ、バレてたか……」


 そう何度も引っかかってたまるか。おっさんてのは、その手の誘惑には敏感なのだ。軽い気持ちで放った一言がやがて大ごとになり……うっ、頭がっ……これ以上はいけない。

 春香は残念がっていたけど、「歳も近いし今度は樹里さんとふたりで攻めてやるか」、なんてことを言い残して開拓地に戻っていった。



 ――さて、明日からまた忙しくなりそうだ。村や開拓地の整備もあるし、食堂の増設も控えている。実際に作るのは私じゃないけど、村人が快適に過ごせるようにいろいろ考えないとなぁ。














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