第147話 災厄と言う名の模擬戦


異世界生活356日目-22,700pt



 翌日の早朝、領主館の庭はナナシ村の住人でごった返していた。開拓地の警備など一部をのぞき、ほぼすべての村人を連れて来たからだ。


 昨日、難民の人々には出来る限りの説明をした。演説の後も居残り、質問に答えたり、結界の実演もやってみせた。でもなんか物足りない、あと一押ししたい、そんなことをギリギリまで考えていた。



 そこで最後の悪あがき、「村での実生活」アピールをするに至った。


「東の森には、ほんとに村があるんだな」「大人から子供まで、様々な種族がいるんだな」「みんな幸せそうにしてるな」、そんなことが伝わるんじゃないかと思ったわけだ。


 もちろん、警備隊やナナシ軍による警戒の意味もある。どこで横やりが入るかわからないし、隆之介が軍を手配してる可能性もゼロじゃない。まずありえないだろうけど、あとで後悔したくなかった。



 正直言うと、成果のほどは半信半疑だった――。


 しかし蓋を開けてみれば大成功。今も朝食をともにしながら、多くの村人が質問攻めにあっている。村で生活してる人の声は、ルクスや私が語るより何倍も効果があるようで、大勢の難民たちが興味を持っていた。



「村長、なかなか良い手法を考えましたね。これは私たちの演説より、よっぽど効果がでてますよ」

「決断までに時間がない、ってのもそれに拍車をかけてるのかもな」

「期間限定と聞けば、おのずと興味をそそられますもんね」

「へぇ……この世界の人もそういう概念があるんだな。とにかく、これで少しでも忠誠があがるといいな」



 そんな会話をしていると、庭の一画がざわめきだした。どうやら、ドラゴから提案のあった催しが始まるようだ。


「あっ、村長! ドラゴさんと冬也さんの模擬戦が始まるようですよ。私たちも近くで見ましょう! さあ早く早くっ」

「いや、私は別にいいかな。ルクスは行ってこいよ、もう領主じゃないんだ。好きにしたらいい」

「そうですか……それじゃあ遠慮なく!」


(そんなに楽しみだったのか。まあ、自分の師匠みたいなもんだしな。迫力は凄いとおもうけど……俺には良さがわからん)


 この催しの主旨は、ナナシ村の戦力を見せつけることだ。「どんな魔物が来ようとも儂らがおる。安心せい!」ってことらしい。

 たしかにふたりの戦闘をみたら、どんなヤツでも腰を抜かすほど驚くはず。魔物で実演できない以上、この方法しかないんだろうけど、あのふたりのことだ……絶対やり過ぎるだろうな。



 ――――



 案の定、私の不安は見事に的中する。


 大人しくしてたのは最初の1分間だけ……あとはもうめちゃくちゃだ。ドラゴは『竜の咆哮』をぶっ放つし、冬也もそれに対抗して『魔力斬』を飛ばす。観衆への被害は皆無だが、周囲の建物にはお構いなしだった。


 大層立派な噴水、キレイに整備された庭木、堅牢に造られた外壁。


(ダメだ……目の前の現実を直視できない)


 いくらなんでもここまでやったらマズい。難民たちへの戦力アピールはできても、逆に恐怖を感じてしまうだろう。領主館から飛び出て来たゼバスたちも、あまりの破壊力に棒立ち、文句の一言すら発せられない。



 災厄と言う名の模擬戦がおわると、静まり返った大庭園にはドラゴと冬也の声だけが響く。


「まあ、こんなところかの――。開拓地に住めば、オークなんぞ何千匹来ようと余裕じゃ。ちなみに、儂らより強力な魔法使いもおるぞ。どんな傷や病気ですら癒してくれる治癒士もな」


「ナナシ村の成人は、全員、オークを倒せる力を持ってます。あなたたちが村人になれば、当然それも叶います。自分の力で家族や友人を守れるんです」


「あと、知ってる者もおるかもしれんが……儂は獣人国の元議長じゃ。議員だったヤツもおるし、そこの領主も村へ来る。村や開拓地の安全性は、儂らのお墨付きじゃて」


 そう話を締めくくると、ふたりはドヤ顔でこっちを見てくる。やり過ぎなのは間違いないけど、演説のほうは素晴らしかった。


 あとは難民たちの反応次第だが……意外と悪くない、のか? もっと恐怖してるかと思ったけど、演説効果がその上をいってたらしい。




◇◇◇


 それからはスムーズに受付が進んでいく。


 希望者だけがこの場に残り、他の人は解散させた。全員に居住の許可を出して、私と春香で鑑定をしていった。



 この段階での希望者は約1,300人で、全体の6割程度だ。そのうち忠誠度40以上の者が1,010人だった。300名もの人が脱落した原因、それについてはよくわからない。ただの食糧目当てだったのか、他の理由があったのか……。


(あぶれた人には申し訳ないけど……どうかこの街で頑張ってくれ)


 予想外だったのは、忠誠が50を超えている者の多さだった。いきなり村人になれる人が100人もいたのだ。しかもその半分は日本人で農民などの生産職が大半を占めている。


「なあ椿、日本人の受入れ人数って……たしか50人じゃなかった? それだと全員ってことになるんだけど」

「それで間違いありません。今回の合格者全員が村人になれます」

「マジか……。こんな言い方しちゃ悪いけど、案外まともなヤツもいるんだな」

「ダメだった日本人も、同じく50人いましたけどね。その人たちの忠誠度は……」

「あ、その先は言わなくていいよ。さっき鑑定したとき、とんでもないヤツが結構いたし――それより早く移動しよう、もうここに用はない」

「はい、すぐに準備します」


 今から出発すれば、夕方までには開拓地へたどりつける。森の入り口には馬車も用意してあるから、幼い子どもや高齢者もなんとかなるだろう。

 

 ルクスや使用人たちには、荷物をまとめて転移するよう言ってある。私物はもちろん持ち出すけど、領主の財産はすべて置いて来させた。あとでケチつけられても癪だからね。




◇◇◇


 出発の準備が整ったところで、本日の締めくくり、ゼバスたちによる妨害イベントが始まる。

 

「いやいや、もう結果はわかってるって」――そんな声が何処からともなく聞こえてくる気もするが……せっかくだから聞いてってほしい。



 門の前に立ちはだかるのはお抱えの冒険者たち、それに急きょ雇ったと思われる者、あわせて50人だ。対するナナシ村は、警備隊とナナシ軍合わせて70人。その先頭にはドラゴ、冬也、勇人の3名が陣取っている。


 冬也と勇人が一歩前に出ると、正面の門を避けるように、左右にある外壁に向かって一撃を放つ――。

 一瞬で吹き飛んでいく頑丈な壁……そこに残されたのは、役割を失った門扉だけだった。


「一度しか言わない。10秒以内にこの場を去れ、残った者はすべて敵対者とみなし排除する」


 冬也の一言により、50人いた冒険者たちはすぐに逃げ出した。予告した10秒を待たずして、その場に残ったのはゼバスひとりだけだ。


「お前はいいんだな。じゃあ、」

「待て冬也、ヤツは動けん。立ったまま気絶しておるでな」


 ――と、こんな格好いいワンシーンがあったんだよ。


 え? お前は何してた? 椿たちと一緒に、配給の後片付けをしてたよ。おっさん、村長だし、そっち系の担当じゃないし。



 そういうわけで、1,000人規模の大集団が移動を開始、夕方には無事に開拓地へと到着した。



 ああそうだ。結局私は、村人たちと転移陣で帰ったんだけどさ。一応、村長としての仕事はしてきたよ。


 気絶したゼバスをなんとか起して、「庭を壊してごめんなさい」「今日のことを誰かに話したら、すぐに飛んでくるぞ。いつもそこの天幕からおまえを見てるぞ」とだけ伝えておいた。


 ゼバスは何も話さなかったけど、何度も頷いてたから大丈夫だと思う。














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