第146話 アピールタイム


「わたくしの名はゼバス、領主様の筆頭執事です。早速ですが、今日中に退去の準備を。明朝には出ていって頂きますのでよろしくお願いします」



 ゼバスと名乗った執事は、超上から目線で話し始める。現領主を相手にこの態度とは……これは中々の強者、もしくはかなりの愚か者だ。



「ゼバスさん、それはさすがに横暴が過ぎません? 新領主の指示だとは承知してますけど……難民たちはどうするんですか」

「一週間程度のこと、どうとでもなります。それにこの地は、わたくしも勝手知ったる場所ですから」


 ルクスとゼバスのやり取りを聞いていると、近くにいたメイドさんが、こっそり事情を教えてくれた。


 どうやらこのゼバスという人物、もともとはルクスの前にいた領主の執事だったらしい。領主がクビになった際、一緒に暇を与えられたんだが……主を見限り、とっとと狐人領へ行ったんだと。


(なるほどねぇ。たぶん、元々狐人領主の回し者だったんだな。ドラゴもそれを知ってたからこそ、一緒に追放したんだろう)



 そうこうしているうちにも、話はどんどん進んでいく。ルクスもけっこう粘っていたけど――結局、明日の昼までに退去せざるを得なくなる。


 そうなった最大の理由は、相手が切り札として議会からの通告書を提示してきたからだ。そこには、「領主不在の場合、筆頭執事が領主権を代行する」という一文も含まれていた。こうなってはどうしようもない。



「ところで、その薄い膜のようなものは何ですか? こんな得体のしれないもの、即刻撤去してください」

「あー、それはちょっと無理かもですね。――ああ、そうだそうだ。いつの間にか現れたんですよこれ。だから私ではどうにもなりません」

「はぁ? そんなわけ……ちょっとそこをどきなさいっ」


 ルクスを押しのけ、そのまま結界に突っ込んでいくゼバス。当然入れるわけもなく、思いっきり顔面をぶつけていた。


 悶絶しながらうずくまるゼバスだったが、すぐさま立ち直ると、そのまま領主館に行ってしまった。その根性はお見事だけど……若干恥じらっている姿を見て、ルクスと一緒に思わず吹き出していた。


(問答無用で縛り上げてもいいけど……いや、やめとこう。それをやり出したらおしまいだ。向こうが正規の手順を踏んでいる以上、そういうのはしたくない)


「理由はなんでもいいから、早く敵対してくれないかな」そんなことを思いながら、しばらく様子を見ることに決めた。




◇◇◇


 それからというもの、新領主の使用人たちは私財の搬入につきっきりだった。難民たちには、ねぎらいの言葉すらかけてない。

 領主代行というなら、当然それくらいはすべきだと思うが……。そんな気はさらさらないらしい。



「さてルクス、これはちょっと予定が狂ったぞ。本来なら明日の朝に移住を勧めるつもりだったが……期限は明日の昼までか」

「村長、今からみんなに説明しましょう。ひと晩考えてもらって、明日の朝、希望者を選別するしかないかと」

「まあそうなるよな。――よし、すぐにやろう。アイツらが来ても無視するぞ。あんまり騒ぐようなら黙らせる」

「冒険者の護衛は大丈夫ですかね。ほとんどギルドへ行ったようですが……まだ20人ほど残ってます。たぶんアレ、領主のお抱えです」

「問題ない。全員レベル45前後だし、特殊なスキル持ちもナシだ」

「わかりました。ではすぐに準備します。村長のことも紹介しますので、説明のときには同席を」


 念のため春香に連絡して、警備隊を何人か寄こすように指示しておく。ぶっちゃけ私だけでもよさそうだが、こういうときにナメてかかると大抵よくないことが起こる。

 無双チート系を気取るつもりは毛頭ない。どんなに強くても、油断してればアッサリ死ぬのが普通なんだ。



 ――そのあとしばらく経ってから、ルクスの使用人たちが難民を集めだす。


 おいしい食事のおかげもあり、動く程度なら全然問題ない。今にしたって、「ちょっと早めの夕飯かな?」くらいの気持ちで次々と集まり始めていた。


「あっ。皆さん、夕飯はもう少しあとです。実は大事な話がありまして、それを聞いてもらったら準備しますね」

「みなさーん! もっとお近くにっ。ルクス様を囲うように輪になってくださーい!」

「間隔を開けないでください! 声が届きませんのでっ」


 可愛らしいメイドさんたちが、一生懸命に呼びかけ続けている。ここには2千人以上の人がいるのだ。こうでもしないと、とてもじゃないが声は届かない。



 やがてその輪も縮まると――ルクスと私を中心にして、おびただしい数の難民が大集合した。



「いったい何が始まるんだ?」「領主の隣にいるヤツ、お前知ってるか?」「知らねぇ、そんなことより芋はまだかよっ」


 そんな感じで全方位、360度からヒソヒソ声が押し寄せてくる。しかもみんなの視線は……ずっとこちらに向けられたままだ。

 

(なんてホラーな光景なんだ……見られてる、めっちゃ見られてるよっ。あ、おっさん緊張で尿意が……でもダメだ、逃げ場がどこにもないぞ、完全に包囲されてる!)


 今までの人生、こんな大人数に囲まれることなんてなかった。悪意は感じられないけど、とにかく視線が痛いのだ。肝が据わっているのか、隣にいるルクスは平然としている。私もなんとか態度に出ないよう、精一杯気を張っていた。


「皆さん、よく聞いてください。まず私は、先ほどをもって領主をクビになりました。新領主には皆さんがいたところの領主が就任します」


 ルクスの第一声を聞くと、周りの集団がさらにざわつく。そして私はそれにビビる。大丈夫だ、まだ濡らしてない。


「そして、明日の昼にはここを追い出されます。――そこで提案なのですが、皆さんも一緒に行きませんか?」


 周りでは「行くってどこへ?」「飯はどうなるんだ?」「領主はいつ来るんだ?」などの声があがっている。それらを鎮めてから、開拓地のことや村の存在についてをゆっくりと説明していく。



 開拓地での仕事や、衣食住の提供に始まり、最後は村人になってほしい旨をじっくりと話していく。途中で私が紹介されると、村の方針や結界の存在、忠誠度についてを伝えていった。

 話の締めくくりには、「開拓地に住めばこの芋が毎日食べられる」「移住するチャンスは明日しかない」という殺し文句をぶっこんでおく。


 新領主とは上手く付き合えそうにないし、芋を売るメリットもいよいよなくなった。それにどうせ結界は閉じちゃうんだ。議会がいくら騒ごうと関係ない。



「それではみなさん、希望者は明日の朝食後に残ってください。さきほど説明した通り、開拓地に住むには条件があります。そこだけはご了承ください」


 ルクスが最後にそう締めくくり、村人誘致の集会はお開きとなる。


(そういえば、ぜんぜん妨害されなかったな。ゼバスたち、無関心にもほどがあるだろ。早く手を出してくれないとこっちも困るんだが……)


「はーい、これで説明は終わりです! 今から夕飯にしますので、順番に並んでくださーい!」

「開拓地について質問がある人は、天幕の前まで来てくださいねー」




 ――結局この日は、暗くなるまでずっと天幕に滞在した。難民たちの反応を見たり質問に答えたりしていたら、アッと言う間にそんな時間となっていたのだ。


 圧倒的に多かった質問は、「忠誠度を上げるにはどうしたらいいのか」「家族のひとりが基準にあぶれたらどうなるのか」「開拓地はほんとに安全なのか」という3つだった。


 最初の質問である忠誠度に関しては、その質問をしてくる時点でたぶん大丈夫だ。この人たちは、「自らの意思で忠誠を上げたい」と考えてる。妙な思惑がない限り、最低基準はすでに満たしてると思う。


 次の質問、家族については……「例外はない」と伝えてある。家族と共に残るか、家族を置いて開拓地に来るのかは、自分たちで決めてくれと言い切った。


 最後の質問については、実際に現地を見てもらうほかない。一応、その場で結界を張って見せたり、村人以外は誰も入れないことを実体験させたが……。ここには魔物がいないので、完全なる証明はできなかった。


(もう少し猶予があれば、もっとまともなアプローチも出来たんだが……それを嘆いてもしかたないことか)


 いや違う。これは議会と新領主のアホみたいな対応のせいだ。必ず後悔させてやらねばなるまい。


「今さら謝ってももう遅い、おっさんは村人と楽しく暮らしてますので」


 ふとそんなフレーズを思いつき、少しだけ気分が落ち着いた。




 少し予定が狂ったので完ぺきとはいかないけど、話すべきことは話した。あとは明日の決戦を待つばかりだ――。















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