第145話 お兄さんいらっしゃい!


異世界生活353日目-16,481pt

 武士が村人になってから2日後



 難民たちが移動を開始して5日目、ついに第一陣が到着した。


 今日の昼前、領主館にいる使用人がそのことを伝えに来てくれたので、とりあえず現地に転移してみることに――。

 転移の魔法陣を天幕で囲っておいたので、私が突然現れたようには見えないはずだ。まあ結界は丸見えだから、そこまで意味はないのかも知れないが……。



 使用人と一緒に転移すると――待機していたのか、ルクスが目の前で待ち構えていた。他にも何人かのメイドさんがいて、天幕の中は会議室さながらに整備されていた。


「待ってましたよ村長。どうですかこれ、対策室みたいでいいでしょ?」


 開口一番、ここの領主がそんなことを言ってくる。ちょっとドヤ顔なのは気にくわないが、準備したのが可愛らしいメイドさんだと思えば、それも気にならない。

 名誉のために言っておくけど、私にロリコン趣味はない。あくまで「微笑ましい」という意味で気に入ってるだけだ。



「メイドさんたち、いい仕事をするよね。ここまで作りこんでるとは思わなかったよ。おつかれさまでした」

「ここならお兄さんも休めると思って、わたしたち頑張りました!」


「「お兄さんいらっしゃい!」」


(うんうん、やっぱこれだよね。仕込まれた言葉でも、おっさんは全然うれしいのです)


 ――そんな感じで領主を無視していると、少ししょげた態度のルクスが話しかけてくる。


「……現在、約300人の難民が集まっています。当初の計画では、今日で600人ほどが来る予定です」

「難民たちの様子はどうですか? 当然疲れてるでしょうけど、精神的な疲労が気になります」

「そうですね。正直、思っていた以上にひどいありさまです。ひとまずご覧になってはいかがかと……」


 ルクスの言葉に従い、天幕をくぐって辺りを見渡してみると――



 何百人もの獣人たちが、庭で項垂れていた。立ち上がっている者はほとんどいない。ほぼ全員がその場に座り込み、「もう一歩も動きたくない」って感じの表情をしている。


「うわー、これは相当キテますね」

「日中も夜も、ずっと魔物に怯えて過ごし、それを5日間ですから……。ようやくたどり着き、張りつめた気持ちが一気に抜けたんでしょう」


 様子を見ている今も、テントに案内しようと、支援者たちが声を掛けている。難民たちも聞こえてはいるんだろうけど……動こうとするものはほとんどいない状態だった。


「ルクス様、炊き出しの準備に入ります。蒸かした芋なんかはその場でも食べれますし、すぐ配りたいと思います」

「助かります。みんな、まともな食事を摂れてないでしょうから。私たちも手伝いますのでよろしくお願いします」


 領主の確認をとったあと、すぐに椿へ念話を入れる。配給の準備や人員確保は万全なので、設営は滞りなく進んでいく。

 へたり込んだ難民たちも最初は興味なさそうだったが、芋のいい匂いに釣られて、少しずつこちらに視線を向けていた。



 ほとんどの準備が終わる頃には、難民たちの注目はかなり集まっていた。その頃合いを見計らい、領主のルクスが大声で話しかける。


「みなさん。先ほども言いましたがここは安全です。今後の事もありますが、まずは温かい食事で英気を養ってください。今回、近くにある村の方々から食糧支援を頂きました」


 そこでいったん言葉を区切ると――寸胴鍋から蒸かし芋を取り出し、演説を再開する。


「これは首都やケーモスで大人気の芋です。食べてみればわかりますが、間違いなくやみつきになります。今日は特別に食べ放題なので、いくらでもどうぞ」


 それを聞いても、明るい顔になる者は少数だった。まあ、実際食べてみなきゃわからんわな。



 さて――。その身で感じてもらおうじゃないか。ナナシ村の最強戦力、『芋神さま』の実力ってヤツをなぁ!




◇◇◇


「……ねえ村長、念のために聞きますけど。あの芋って、ほんとに大丈夫なんですか? 変な成分とか入ってませんよね?」

「村のみんなも毎日食べてます。そんなわけがないですよ(たぶんな)」

「いやでもだって、アレはさすがにおかしいでしょ。いくらなんでも元気になりすぎですよ。ひょっとして他の料理にも……」


 ルクスが困惑している理由、それはもちろん村の食事が原因だった。


 さっきはついイキってしまったが、実際、それも霞むくらいの効果がでていたのだ。芋を口にした難民たちは、あまりの旨さに驚愕、10分後には長蛇の列ができていた。

 今も料理が配られ続けているが……追加で転送した分もアッと言う間に消えていく。


 天幕の中でその様子を覗きながら、いまだに納得してないルクスに語りかける。


「これは私見ですけど――魔素の濃度が関係してると思います。良質な魔素を含んだ土地ですからね。そこで育った作物も、当然その影響を受けているのでしょう(知らんけど)」

「……なるほど、そういう理由でしたか。だからあんなに気力が回復するんですね。納得しました」


(いやいや、納得しちゃダメでしょ。アレは単純に、旨いから元気でたんだと思うぞ? まあ、理由はどうでもいいけどね)


「ルクス様――理由はさておき、あの様子なら大丈夫そうですね。少なくとも動けるようにはなりました」

「はい。落ち着いてきたら仮設テントに誘導させます。最初はどうなるかと思いましたけど、これで安心です」



 その日は結局、600人くらいの難民が集まってきた。


 言うまでもなく、村の料理を食べたあとはみんな元気になっている。もちろん、精神的な疲労や今後への不安は解消されてないが……。

 それでも、美味しいご飯と安全な寝床は用意されている。オークの脅威がないだけでも、かなり違うように感じていた。




◇◇◇


異世界生活355日目-20,106pt

 避難民の受入れ開始3日目



 3日目となる今日も、午後までは何の問題もなく受入れが進んでいた。予定通りならば、今日で全員が領主館へ到着するはずだ。



 昨日は初日の倍の人数、約1,200人が訪れた。そのせいで支援者は大忙しだったが、争いごとや暴動の類は一切起こってない。暴れたところで何も解決しないし、そもそも、ここに来るまでに疲れ切っているのでそんな元気もないわけだ。


 そんななか、村の食事は相変わらずの大好評で、初日をはるかに上回る行列ができていた。初日組があまりに元気なので、2日目に来た人々は何事かと驚き、渡された芋を食べることで納得していた感じだ。


 ちなみに、避難民には日本人も混じっている。その数は200人くらいか。パッと見た感じだと知り合いもいないようだし、絡んでくるヤツもでなかった――。



「ルクス様。まだ昼過ぎですけど、もうほとんどが来たのでは?」

「ええ、あとは新領主の使用人たちだけです。しんがりを務めているようですが……そろそろ到着する頃でしょう」


 ルクスの話だと、護衛の冒険者と使用人たちがまだのようだ。


 しんがりと言えば聞こえはいいが……実際には、元領地の私財を大量に運んでいるため、行進が遅れてるだけだった。

 狐人の新領主はかなりのヤリ手らしい。でも、こんな裏事情を聞いてしまうと、悪代官的なイメージが先行してしまう。



「そういえば、新しい領主は首都へ向かってるんですよね?」

「はい。議会での任命式がありますし……それになにやら、協議することもあるみたいですよ」

「では、ソイツがここへ来る前に決着したいですね。あ、ソイツじゃなくて新領主様でした、これは失礼」

「プフッ、構いませんよ。私もそいつに追い出される身ですからね。――おっと、噂をすればなんとやら。どうやら到着したようですよ」


 そう言われて門のほうに目を向けると、何十台もの荷車を押している集団がいた。


 ざっと200人はいるだろうか。半数は使用人で、残りの半分は護衛の冒険者ってところだ。ここに来た一般民には、護衛なんてひとりもついてなかったのに――大層なご身分ですこと。


(まあ、どうでもいいわ。あれを見て市民が憤れば、そのぶん開拓地に来るやつも増えそうだし)



 そんなことを思っていると――


 使用人のひとりが颯爽と現れ、のっけから先制パンチをかましてきた。



「わたくしの名はゼバス、領主様の筆頭執事です。早速ですが、今日中に退去の準備を。明朝には出ていって頂きますのでよろしくお願いします」



(あちゃー……これはひと悶着ありそうだ)














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