第143話 村長、ひとりで出かけるってよ
異世界生活351日目-11,836pt
村会議の翌日、受け入れ計画の説明するために朝から領主館へと向かう。今日は決まったことを話すだけなので、私ひとりで訪れていた。
転移先の大庭園では、受け入れ準備が着々と進んでいる。早朝にもかかわらず、テントの設営や資材の搬入がひっきりなしに行われていた。
「――ということで、ルクス様にも協力を
「話はよくわかりました。私もその案は効果的だと思いますし、たとえ短期間でも食糧支援は助かります。……それよりその話口調、いい加減やめませんか?」
「ルクス様が村に来るまではやめませんよ、ご領主なんですから」
「そうですか……まあ、それもあと少しでクビですけどね。あ、そうそう。昨日、議会から正式な書状が届きましたよ」
「詳しく聞かせていただいても?」
ルクスの話によると――
新領主となる狐人が、今から2週間ほどのちに到着する。ルクスは当然クビだが、使用人も全員解雇されるようだ。新領主に仕えていた者たちに、そっくり入替えるらしい。
あと、領主の私財はすべて没収。引継ぎ事項についても、「書簡にしてまとめておけ」と、おざなりに書かれていた。新領主が就任したらすぐに出ていけってことだ。
「なんと言いますか……議会もなかなか
「私の前にいた領主も似たような感じでしたよ。まあ、世の中そんなものでしょう。雇われ領主ですから、なおのことですよ」
とは言っても、使用人たちは村に移住するし、ルクスも恋人との生活が待っている。この話をしてる今も、ルクスの顔に悲壮感はうかがえない。
「――それでは領主様。避難民が集まりだしたら、連絡を頂くということで。食事の提供は、いつでもできるように準備しておきます」
「はい、よろしくお願いします」
◇◇◇
領主と別れたあとはメリー商会の倉庫へと転移していた。とくに用事はないけど、せっかく街へ来たのでメリマスに顔を出しておく。
「やあメリマス。久しぶり……でもないか。昨日ダンジョンに行くのを見かけたもんな」
「村長こんにちは。――って、聞いてくださいよっ。昨日ついに、レベルが60を超えたんです! 凄くないですか!」
「えらく早いじゃないか。おめでとう」
「と言っても、ウルガンたちのおかげですけどね……それでもやっぱりうれしいです!」
「手段は関係ないさ。メリマスが強くなったんなら、私も安心だよ」
「ところで今日はどういった用件で?」
「別に用事はないよ。さっきまで領主のところへ行ってたからさ、ついでにみんなの顔を見に来たんだ」
「そうでしたか、どうぞゆっくりしてって下さいね。あ、そうそう――」
ダンジョン談義に花が咲き、メリマスのマシンガントークがしばらく続いた。私も話を聞くのは嫌いじゃないので、それに付き合いながら一緒に昼食を頂いた。
途中で家畜の話題になると、頼んでいた乳牛が10頭、今日にも届けられると知った。西の領地で牧場経営をしていた者から買い付けたらしい。
当然、その人も避難して来るんだが、牛までは連れてこれない。売り払おうとしたところを、見事に狙い撃ちしたようだ。以前から交渉はしてたらしく、向こうから話が来たんだと教えてくれた。
「届いたら村に転移させますので、楽しみにしてて下さいね」
「ああ、村のみんなも喜ぶよ。よくやってくれた」
「そういえば村長、午後からはどうされるんです? 街の散策を予定してるんでしたら、ウルークをつけますが」
「ん-。そうだな、久しぶりに行ってみるか。けど護衛はいいよ、ひとりで適当に見て回るわ」
「え、大丈夫ですか? 村長が強いのはわかってますけど……あとで椿さんに怒られないかな」
「ネックレスもあるし、いざとなったら結界を張るよ。椿には念話を入れとくから安心しろ、何かあっても自己責任だ」
「そうですか。まあ、私に止める権利はないので……でも気を付けてくださいよ?」
メリマスの気遣いはありがたい。だが、私のレベルは既に115だ。決してイキがってるわけじゃないけど、街を見て回るくらいなら許されるだろう。念のため装備もつけてるし、霊薬も携帯している。
◇◇◇
最後まで気にしていたメリマスをよそに、街の大通りに向かって歩き出していた。なにげに、ひとりだけで散策するのは初めての経験だ。若干ドキドキしているけど、なんだかとても新鮮な気分だった。
これが物語の主人公だと、街中でチンピラに絡まれたり、通りがかりの古物商で激レアアイテムを見つけたりと、定番のイベントが発生するんだが……。当然そんなことが起きるはずもなく、しばらくブラブラと店を回っていた。
そもそも、この街の治安はかなり良いのだ。こんな真昼間に、ゴロツキが
「おい、そこのおまえ。ちょっと待てっ」
(おいおいマジかよ……。いきなりフラグ回収? どうしよう、この場合、なんて言い返せば正解なんだ)
背後から聞こえた野太い声に、ゆっくりと振り向きながらそう考えていた。すると――
「これ、そこの店で落としただろ?」
「え? あっ……ほんとだ。確かに私のものです、ご丁寧にどうも」
「ずいぶん綺麗な首飾りだな。大切にしろよ、んじゃなっ」
いつの間に落としたのか、『結界のネックレス』の
――ていうか今の人、普通にすごく良い人だった。正直、声は怖かったけど、笑顔の似合う素敵なおっさんだわ。
すわフラグ回収かと思いきや……チンピラじゃなくて良い人に出会い、激レアアイテムを入手どころか失うところであった。
(鎖が切れるなんて不吉だよな。ちょっと早いけど今日はもう帰ろ……)
まだ1時間も見てないが、なんとなく不安になり、もと来た道を戻ることにした。
大通りを抜け、メリー商会がある区画にたどり着く。あとちょっとで到着するか――と、そんなとき、また声を掛けられることに。
「ああー! 彼氏さんじゃないっすか!」
今度は誰かと思いきや……椿の元同僚、特務隊の
「すごい久しぶりっすね。てか、ふたりはこの街に住んでないんすか? あれ以来、全然見かけなかったけど」
「あー、実はそうなんだ。ところでさ――首についてたアレが無くなってるけど、解放されたのか?」
4か月ほど前に会ったときは、
「ええ、特務隊の功績が認められたんです。これでオレも、晴れて自由の身っす! ちなみに、特務隊の連中は全員奴隷から解放されてますよ」
「んと、解放したのって隆之介だよな?」
「ですです、みんな感謝してるんすよ。今もほとんどのヤツが特務隊に所属してるしね」
(あれ? 俺の
「なあ
「もちろんいいっすよ。今日オレ非番だし」
「じゃあ、そこのメリー商会までいこう。会長とは知り合いだから、落ち着いた場所も貸してくれる」
「おっ、まじっすか。彼氏さ、いや啓介さんVIP待遇っすね!」
こうして、
さっき不吉なこともあったが、商会の中ならさすがに安全だろう。
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