第139話 可愛らしい使用人たち


異世界生活346日目-22,430pt



 メリマスから念話があった翌日、朝食後すぐに街へと転移した。


 今回同行するのは、ルクスの恋人マリアだけだ。椿たち補佐官は開拓地のことで忙しいし、ドラゴは当然のようにダンジョンへ出かけている。



 メリー商会に転移したあとは、すぐに馬車に乗り移動、道中に事件が起こることもなく領主館に到着していた。ここに来るまで街の様子を眺めていたけど、みんな忙しそうにしている一方、悲壮感みたいなものは感じられなかった。


(自分たちの住む街に実害がなけりゃ、まあ意外とこんなもんか……。所詮は他人事だよなぁ)


 避難民を受け入れることについて、昨日の時点で領主が発表したらしい。それでも、街の人々が動揺しているようには全然見えなかった。




◇◇◇


 領主館の門をくぐると、大庭園の至るところにテントらしきものが張られていた。いまも何十人という人たちが、忙しそうに動いている。


 そんな光景を横目に、領主館の目の前へと到着した。



「領主様、お久しぶりです。ナナシ村の啓介、ご指示のとおり参上いたしました」

「忙してしまい申し訳ない。さあ、どうぞ中へ。マリアさんも、ようこそおこし下さいました」


 誰が見てるかわからないので、それとない挨拶を交わしてから貴賓室へ案内してもらう。記憶が確かなら、以前に対面してから1か月以上は経っている。マリアはちょくちょく来ているらしいが、私は本当に久しぶりの顔合わせだった。


 部屋に入ったあとは人払いをして、お互いが普段通りの口調に戻る。



「話には聞いてたけど、使用人の数がずいぶん減ったんだな。しかも全員身内に入れ替えたんだろ?」

「ええ、私の知人とその家族ばかりですよ。可愛いらしいメイドさんもいたでしょ?」


 たしかに、玄関で出迎えてくれた中には、まだ成人もしてない女の子もいた。慣れてない感じが初々しくて、微笑ましく思えたところだった。


「あの子たちを村人にしたい、ってのはマリアから聞いたけど……以前にいた連中はどうなったんだ?」

「お暇を与えましたよ。元々、前領主からの引継ぎでしたからね。議会の息もかかってたでしょうし、ちょうど良かったのかもしれません」

「まあ、少なからず関係性はあったろうね。――ところで、マリアはどこに行ったんだ?」


 この部屋に入る前、いつの間にかマリアの姿が消えていた。さすがに、身内だらけの領主館で誘拐事件が起こるなんてことは……。


「マリアなら調理場にいると思いますよ。彼女が作ってくれるお菓子はとてもおいしいんです!」

「ふーん、ずいぶん仲がいいこった。ああ、ダメだ……あのときの告白劇がよみがえってきたよ」

「あ、すみません……そんなつもりじゃないんです。あの機会をくれた村長には本当に感謝してます」

「アレは私じゃなくてドラゴの策略な? 私はただ巻き込まれただけ。――それより、先に使用人を村人にできるか試すのか?」

「いえ、まずは避難民のことについてお話します。村人になれるかの確認は、その後でお願いします」


 無駄話はこれくらいにして、いよいよ本題へと話が移る。



 まず、今回避難して来るのは、獣人国の西方面に住んでいる2種族がメインとなる。北西にいる猿人族、それと南西にいる狐人族だ。もちろん、他の種族も多く含まれているが、住民の6割近くはその種族が占めているらしい。


 次に避難民の数だが、2つの領を合わせて約2万2千人。そのうち、首都へ8割が移住して、残りの2割を北にある虎人領と、ここケーモス領に分割して避難してくる予定だ。

 よって、ケーモス領に来る避難民の数は2,200人ということになる。


「当然、避難民には日本人もいるよね?」

「はい、ここへ来るのは約200人ほどだと聞いています。これは、現在前線を死守している冒険者も含めてです」

「ちなみに、今ケーモスにいる日本人は何人くらいだっけ?」

「一般市民500人と冒険者500人です。冒険者については、約半数が西部の防衛クエストにあたっていますけどね」

「ああなるほど。残りの半分は、オークが倒せない日銭稼ぎの連中か」

「その通りです。ただその人たちも、大事な食糧調達で活躍してますよ」

「すまない、言い方が悪かった。見下しているつもりはサラサラないんだ。他人のやり方に口を出す気もないしね」


 少し話が逸れたので元に戻す――

 

 今日から2日後、その2,200人が大移動を開始する。そして、ケーモスの街へ到着するのに7日かかる工程だ。

 避難民の一時受け入れ場所は、この領主館の大庭園にするらしい。さっき見た無数のテントは、そのためのものか。


 現在、ケーモス街の人口は約1万1千人だ。2千人程度の増加なら、仮住まいでいいならなんとかなる。食糧に関しても、主食不足は解消されていないが、物を選ばなければしのいでいけるらしい。


「話はだいたい掴めたが……肝心の難民は、そのあとどうするんだ?」

「はい、今日話したかったのはそのことです。議会からは、領主の裁量で定住させろ、ってことなんですが……。私の独断で、開拓地への誘致を提案するつもりです」


 私にとっては願ってもないことだが、そんな勝手をして大丈夫なんだろうか。


「ありがたい話だけど、そんなことしたら議会にバレるだろ? 当然、領主責任を問われると思う。最悪の場合、退任させられるぞ」

「ああ、それは良いんです。どのみち、近いうちに辞めるでしょうから」

「どのみちってことは、他にも何か絡んでるのか?」

「はい。ひとつは、前回の食糧供給交渉の失敗。そして、西を治めていた狐人の領主がここへ来ること。どちらかといえば、後者が決め手ですね」


 そのあと、ウルフォクスが語った内容はこんな感じだった。


 南西を治めていた狐人の領主は、議会とのつながりも強く、種族数も多いことから結構な権力を持っていた。そんなさなか、元議長だったドラゴの顔を立てルクスを領主に置いていたが、事態の変化により雲行きが怪しくなった。


 議会としては、狐人が領土を失なうことになったので、ケーモス領を新たな統括地にしたい。そこで、前回の交渉失敗を理由に領主のすげ替えを画策している。

 既に議会側からも、勇退の話が来ているらしい。

 

「内容は良くわかった……けどさっきから、随分うれしそうに話すよな」

「そりゃそうですよ! これでやっと村にいけるんですから!」


(村っていうか、目的は完全にマリアだろ。あとダンジョンもな)


「なんにせよ、開拓地への誘致をしてくれるなら助かるよ」

「たぶん、これが最後の仕事ですからね。少しでも多くの人が移れるように頑張りますよ」


 ひとまず話もまとまり、一息つこうとなったところでマリアが戻って来た。その後ろには、10名ほどの小さなメイドさんを引き連れている。


「そろそろ話も終わったかしら? 今日はクッキーを焼いてみたから、お茶でも飲みながら休憩しましょうよ。この子たちも村長の話を聞きたいっていうから連れて来たの」


 そう言いながら、後ろの子たちに挨拶をうながしている。


「お兄さん初めまして、わたしたちに村のことを是非教えてください」

「わたしたち、できればお兄さんの村へ移住したいと考えています」

「おにいさん、おねがいします!」


(はい、全員合格っ! 今日からすぐ来なさい)


 という冗談はさておき、みんな村への移住を希望していた。


 聞くところによると、マリアが領主館へ来るたびに、村の良さを伝えてくれたらしい。ただ単に、ルクスに会う為じゃなかったとは……おっさんは、自分の浅ましさがとても恥ずかしい。


 この子たちの両親も、ルクスやマリアから何度も説明を受けていたようだ。「使用人として雇う段階で移住の話もしていた」と教えてくれた。


「私もみんなが来てくれたら嬉しいよ。ちょっと休憩したら、全員を集めて確認しよう。さあ、こっちに来てまずは一緒に食べよう」


「お兄さん作戦」にまんまとハマったおっさんは、そのあと終始上機嫌でお菓子を頬張っていた。見た目がいくら若くなろうと、中身は只のおっさんだ。チョロいと言われてもいい、嬉しいものはうれしいのだ。




◇◇◇


 結局のところ、ここにいた使用人は全員村人になることができた。


 調子に乗った私は、大庭園のど真ん中に結界を張り、『転移の魔法陣』も設置した。正直な話、このときばかりは少々イキっていたけど、これくらいなら許されるのではなかろうか。まあ、誰の許しがいるのかって話だが……。


 今日、新たに村人となったのは30名、5つの家族と5人の独身男女だ。使用人の仕事もあるので、全員一緒にとはいかないが、順番に村を見に来てくれと言ってある。


「それでは領主様、また伺います。本日は良いお話を聞かせて頂き感謝します」

「こちらこそ、またお会いできるのを楽しみにしていますよ」


 こんな目立つところに結界を張っておいて、今さらなんだという話だが、周りには一般市民もいるので丁重に挨拶をして村へと帰還した。



 この場所に結界を張ったこと、そして転移の魔法陣を設置したことが、後々、まさかの展開に繋がるとは――


 それが判明するのは、もう少しあとの話となる。
















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