第137話 蛇人族との交渉


 蛇人族のこと。鱗の重要性。そして彼らとの共存方法について、あらかたの目星はついた。


「交渉の余地は十分にある」、そう感じた私は、相手の族長に対して語りかける。



「話はわかったよ。――私たちの目的は、あの魔物を狩ること。ひいてはレベルアップをすることなんだ。その対価として、『白蛇の鱗』を提供したいと思うが……そちらの意向はどうだろうか」


「それはお主らが得た鱗を、浄化した上で渡してくれると言うことか?」


「もちろんだ。けどこれだけは先に言っておく。私が加工した『白蛇の鱗』が、蛇人族の求めるものと同じなのかは不明だ。何かあっても保証はできない」


 万が一、全然性質の違うものだった場合、そのせいでクレームを飛ばされても困るし、報復なんかされては、それこそたまったもんじゃない。


「それは承知している。譲られたあとは全て我らの責任だ。だが、啓介殿の要求がな……。ダンジョンで狩りをするのは自由だ。ここは我らの領地ではないのだぞ?」

「それはさっき聞いたから理解している。こちらとしては、敵対しないのであればそれでいい」

「……本当にそれだけか?」

「正直言うと――良き隣人になりたい。すぐには無理でも、将来的にはお互いの村同士で交流を図れたらと考えているよ」

「我らはダンジョンから出られないのだぞ? 啓介殿に利点があるとは思えないが……」


 向こうはそう言っているが、利点はじゅうぶんにあった。


 まずは蛇人の戦力。この集団が敵じゃないだけで、ダンジョンでの安全性が格段に上がる。ときには助力を得られるかもしれない。


 そして蛇人のもつ情報。彼らは、地上とは全く違う歴史をつむいできたのだ。私たちの知らない貴重な情報を聞ける可能性がある。それに、ダンジョンの構成や魔物の強さについても詳しく知りたい。


 最後は、彼らの信仰対象が『大地の女神』ということだ。

 これについては漠然とした勘でしかないけど、同じ女神を崇める者同士、交流を深めておいたほうがいいと感じていた。


 いまだ困惑している族長に対し、私が考えていることを正直に伝えた。



「――そうか、よくわかった。我らに断る理由はないからな。まずはじっくり友好を深める、ということで異存ないか?」

「最初はお互い警戒もするだろうけど、少しずつ打ち解けていければと思ってるよ。これからよろしく頼む」



 ――こうして、蛇人族との対話が終わる。



 鱗の引き渡し場所や数量についてはとくに決めてない。たまたま合流したとき、持ってる分を渡すつもりだ。

 なにせ私は、ダンジョン狩りに参加するつもりがないのだ。村で鱗を加工するから、いつ渡せるかはどうしても不定期になる。そのあたりの事情は、向こうも納得してくれたので大丈夫なはずだ。


「念を押しておくけど、ナナシ村の者である証明は、この『結界のネックレス』だ。これを持ってないヤツは、私たちと無関係だ。遭遇した際は必ず確認してくれ」

「しかと心得た。――ではまた会おう、ナナシ村の者たちよ」




◇◇◇


「いやはや、一時はどうなることかと思いましたけど……啓介さん、お見事でした!」

「オレもそう思った。あの強者相手に全然ひるんでなかったし、すげぇ頼もしかった。もしあのまま戦ってたら、確実に全員死んでたわ」

「うむ。とくにあのスネイプニルという御仁、アレは別次元の強さじゃろうて……。まあ、いつかは手合わせ願いたいもんじゃがの」


(いや内心、ずっとビクビクしてたよ……。『白蛇の鱗』っていう交渉材料が無かったら、こんなにうまく話せてない)


 蛇人族と別れたあと、私たちはそのまま地上へと引き返していた。思わぬ種族の登場により、現状の把握と整理をしないことには、魔物狩りどころではなくなったからだ。



 少し遅めの昼食を摂りながら、今も杏子と桜が熱心に語り合っている最中だった。



「それにしても、ダンジョンの最下層が蛇人たちの村になっているとは……いったい何人くらいいるんでしょうか」

「あーそれ、杏子さんも気になった? 私も同じこと考えてましたよ」

「やっぱり桜さんも? あの強さを持った種族……もし地上にいたのなら、間違いなく支配層だったわよね」

「でもなんで蛇人族だけが、ダンジョンに住んでるのかな」

「どうなんだろう。もう少し仲良くなれたら、その辺りの事情も聴いてみたいわよね」


 たしかにそれは私も気になる。「何かの事情があるのか」「いつ頃から地底に住んでるのか」「何人くらいいるのか」、是非教えてもらいたいところだった。



「でも、村長が拉致されなくて安心したよ」


 今度は秋穂がそんなことを言い出した。


「秋穂? 俺が拉致ってどういうこと?」

「だって、村長が捕まって『ウロコ生産奴隷』にされた可能性は大いにあったでしょ? そうならなくて良かったなって」

「うわっ……ソレありえる。今考えると迂闊な発言だったかもしれん」

「まあ、村長はダンジョンに行かないからね。今後の心配はないと思う」

「でもなんか怖いぞ……。みんなもダンジョンに入るのやめとく?」


 今さらその可能性に気づき、いろいろ心配になるおっさんであった。


「拉致するつもりなら、さっきの時点で族長が判断してたはずだよ。見逃したってことは、向こうも譲歩してるってことでしょ」

「そう、なのかな?」

「さっきの交渉で、鱗をすぐに手渡したのが良かったんだと思う。あそこでゴネてたら……また違う結末だったかも」

「マジか……欲を出さずに話せてよかった。自分が拉致られるなんて、頭の片隅にもなかったわ」

「私としては、今後もたまには顔を出した方が良いと思うけど、そこは村長の判断に任せるよ」

「わかった。よく考えてみる」


(危ないところだった……。上手く交渉できたと思ってたけど、全然甘かったわ)



 ――結局、午後からも狩りは続行した。


 交渉中の雰囲気も悪くなかったし、殺すか拉致らちる気なら、さっきの段階でやっているはず。それと、「さすがに今日は会わないでしょ」という考えもあったからだ。


 まあ、狩り始めて2時間もしないうちに、バッタリ再会しちゃったんだけどね……。

 追加で8枚の鱗を渡すと、彼らは申し訳なさそうに受け取ってくれたよ。「催促したように感じたらすまない」、なんて言葉も族長から頂いている。


 その時の態度から見ても、とりあえず敵対の意思はないと思う。「貴重なものをくれる地上人」程度の認識かもしれんが、今はそれでじゅうぶんだった。




◇◇◇


 やがて夕方になり、勇人たちのパーティーと合流してから村へと戻る。


 今日の成果は、黒蛇の戦士14体と巨大牛12体だ。初日にしては、かなり優秀な成績だと思う。

 

「――って感じでさ。こっちは色々あったけど、勇人たちはどうだったんだ?」

「巨大牛狩りに関しては、とくに苦戦もしませんでしたよ。といっても、すべて先輩たちのおかげですけどね」


 相変わらずのイケメンぶりを発揮する勇人。そのあともしきりに、春香たちを褒めたたえていた。


「いやいやいやっ! 勇人くん凄かったじゃん! 最後なんて、たった一撃で真っ二つにしちゃうし……。アレってだよね?」

「あ……ちょっと春香さん。それは内緒でって言ったじゃないですか! ちゃんと説明しないと、啓介さんに怒られちゃいますよ僕……」 

「ごめんごめんっ。ついうっかり……みたいな?」


 どうやら、禁止していた勇者の一撃を使ったらしい。


 状況を詳しく聞いてみると、消費するMPを調整するコツを掴んだみたいだ。10%くらいの出力でも、巨大牛を真っ二つにできたんだと。

 勇人も「地上では許可なく使いません」と言ってることだし――とくに責めることなく、素直に褒めておいた。



「じゃあ、俺は明日から参加しないけど……みんなもほどほどに頼むぞ。蛇人族とは友好的に、されど深入りはするなよ」


 私には、やる気満々な連中を止める権利はない。命の危険が伴うことは、全員ちゃんと理解しているのだ。そのうえで挑戦するんだから、あとは好きなようにすればいい。



 ダンジョンのことはみんなに任せ、明日からまた、村での平穏な生活が始まる、はずだ――。















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