第130話 日本人もやってきた


異世界生活312日目-980pt

 人事発表が行なわれた2日後



 明確な管理体制も整い、いよいよ本格的な開拓運営が始動した。


 まだ手探り状態ながらも、椿たち補佐官を中心として様々な取り組みが始まっている。



 開拓地の朝は早い。


 明け方には起き出し、屋根の付いた屋外の食堂で朝食をる。もちろん、開拓民全員でだ。

 灯りの魔道具もない開拓地では、暗くなればすることもない。となれば、さっさと寝るしかないわけで……自然と目覚めも早くなるのだ。


 朝食がおわると、その場ですぐに朝礼が始まる。今日の作業内容から始まり、村人になるメリットの話で締める毎日だ。

 開拓の目的は、ここに来た人が村人になることだ。その意義を説き伏せ、早い段階から刷り込み、忠誠度を上げていかなければならない。「安全な結界」「村ボーナスの恩恵」「職業やスキルの授与」、これらについても詳しく説明している。


 

 現在、開拓民に割り振られた仕事は主に2つ、開墾と道路整備だ。大人から子どもまで、働ける者は全員参加させている。開墾は建築資材の確保になるし、道路整備は将来の区画割にも影響してくる。どちらも最優先で行うべき作業だ。


 残念ながらここには川がないので、水路整備については諦めている。飲料水や生活水の確保については、信仰ポイントがたまり次第、『湧き立つ泉:1,000pt』を複数設置する予定だ。


(ああ、またポイントが消えていく……)


 それはさておき、開拓作業は午前中で終わりだ。開拓民も昼からは自由、休憩してもいいし、村人が開催している職業訓練に参加してもいい。なお、この訓練は強制じゃないので、無理に参加する必要はない。


(とは言っても……。参加する者としない者では、忠誠度の上昇があからさまに違うんだよなぁ)




◇◇◇


 その日の午後も、所どころで開かれている訓練の様子を見ていた。


 戦闘、農業、機織り、建築などの実践訓練や、漁業や採掘の座談会も開催されている。夏希やベリトアも、家具や鍛冶の講習会をやっていた。

 

 昨日までに集まった開拓民は100人、そのうち70人ほどが参加している感じか。暇だから来てるヤツもいるだろうけど、予想していたよりも参加者が多い。この調子が続けば、近いうちに村人も増えるだろう。



 ――そんなことを考えてると、門を通ってきた日本人の集団を見つけた。パッと見で10人、男女比は同じくらいだった。開拓地に来る日本人は初めてだったので、ついつい警戒してしまう。


 居住の許可をだしてから鑑定すると……全員の忠誠度は45前後だ。職業やスキルもおかしなところはない。村人になれないまでも、10人全員、結構まともな数値だったので驚いていた。


 いったいどんな目的でここへ来たのか――。そこが気になり、思わず声を掛けていた。



「こんにちは。私はここの代表で、啓介といいます。みなさん、開拓希望の方ですか?」

「え、代表? ……あ、すみません。初めまして、香菜かなです。わたしたち全員、ケーモスの街から移住して来ました。今日からよろしくお願いします」

「「「お願いします」」」


「こちらこそよろしく。ところで、移住の理由を教えてくれる? 日本人が来たのは初めてだから、つい気になってね」

「あ、はい。一番の理由はお米と芋です。ここに来れば毎日食べられると聞きました。もうひとつは結界の存在です」

「全員そうなのかな?」

「ですね。ナナシ村の存在は、かなり前から噂になってたんです。日本人が行くことは禁止されてましたけどね。それが最近、村から許可が出たそうで……この機会にと、みんなで移住を決めました」


 この香菜かなって子の話によると、みんなは街の酒場で知り合った仲間らしい。

 初期の頃、街に芋を売ったときから、ナナシ村に興味があったそうだ。しかしその頃は日本人が森に入ることは禁止されていたので、のぞきに行くことすら出来なかった。

 それが最近になって、ナナシ村の人が大勢訪れるように。人種問わず開拓民を募集していると知り、仲間内で話をして移住を決めたそうだ。


「なるほど、たしかに日本人を拒否してたな。……すまん、みんなには悪いことをしたね。なにせ最初の頃は、変なヤツしか来なかったんだよ」

「あー、街にもいましたよ……。まあ、全員奴隷にされてたけど」

「だよなぁ――っと、ごめん、足止めして悪かった。今日からみんなよろしく、早く村人になってくれよな」

「あっ。あの、お兄さん……?」


 一瞬誰のことかと思ったが、そういえば若く見えてるんだと思い出し、香菜に問いかける。


「えっと、それって私のことか?」

「お兄さんって本当に40歳ですか? 受付でそう聞いたんですけど……どう見ても20代ですよね」

「正真正銘、40のおっさんだ。実はな……村人になると若返るんだ。寿命は延びないけど、ずっと若さを保っていられるぞ」


 それを聞いたみんなは、目玉が飛び出るほど驚いていた。全員、口をパクパクさせているところで、ようやく香菜が話し出す。


「それは凄いですね……これを知ったら、もっとたくさんの人が来ると思いますよ」

「あーたしかに。――村の噂にこれも追加しようかな。香菜さん、いいアドバイスをありがとう」

「いえいえ。じゃあわたしたちは統括者に挨拶してきますね」

「ああ、みんなも来てくれてありがとう。またね」


(街にいるヤツなんてロクでもないと思っていたが、こういう連中もいたんだな。まあそりゃそうか……)


 もう顔も覚えてないけど……初めて襲撃にきたヤツら、それと兎人を襲ったヤツらの印象が強すぎた。「気の良さそうなヤツもいるんだな」なんてことを考えながら、その後も巡回を続けていった。




◇◇◇


 結局今日も、25人の移住者が来てくれた。少しずつだが、着実に増えているのがうれしい。


 今のところ、悪さをするやからはひとりも来てないし、離脱者もなく、定住を希望する者ばかりだった。

 とはいえ、もっと噂が広まれば必ずそういう連中も来る。まあそうなっても対処は可能だけど……排除する瞬間を目の当たりにすれば、開拓民のなかには、恐怖する人もでるだろう。


(これに関することも、朝礼で伝えさせたほうが良いな。事前に知っていれば、多少印象も違うだろう)



 あ、そうそう――今日来た香菜たち日本人だけど、夕方に見かけた時には忠誠度が上がってたよ。大半が忠誠50を超え、いつでも村に入れる状態だった。見かけたのは夕飯のあとだったし、きっと椿と米のおかげだと思う。


 そして気になる職業なんだけど――


 戦士や剣士の戦闘職もいれば、農民や調理師のような生産職もいる。中にはひとり、『数学者』なんてのもいた。スキルは『算術』で、どんな計算でも簡単にできるらしい。


(使いどころが難しいけど……、開拓地の在庫管理とかを任せたらいいのかもな)



 あと、私が話した香菜って子は『斥候』職で、『隠密Lv3』のスキルを持っていた。


 試しに目の前で使ってもらうと、「姿は見えているのに存在が希薄になり、認識しづらくなる」って感じだった。

 それを隠れた状態で使うと、もう完全に気配がない。そこから姿を現しても、よほど意識しないと視界に入ってこないほどだ。


 今後も日本人が増えれば、私や春香が使えるスキルも増えるわけだ。否が応でも期待してしまう。




 話は変わるけど――


 明日の朝礼では、はじめての「村人認定式」が行われる予定だ。そこで名を呼ばれた者は、正式な村人として認められる手筈だ。

 むろん、忠誠が極端に下がった者は追放する。そこに関して一切の妥協はしない。

 

 ありがたいことに、ほかの移住者たちも軒並み忠誠が上がっている。いったい何人が村人になれるのか、今から楽しみで仕方がない。


 「オーク大発生」による難民を待たずして、運よく人口が増えたこともあり、今日もニコニコ顔のおっさんであった。


 断じて「ニチャ顔」ではない。あくまで「ニコニコ顔」なので、そこだけは勘違いしないで欲しい。












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