第111話 たけし


 街中で見かけた『特務隊』と呼ばれる日本人奴隷の集団。


 偶然目を合わせた日本人のひとりが、こっちに向かって歩いてくる。



 

『椿、後ろに下がってて』

『あれ……? あの人、知り合いかも……』

『ええ? 誰だかわかる?』

『たぶん、職場の同僚……だと思います』


 念話でやり取りしてる間にも、向こうはどんどん近づいてくる。


 やがて小走りになると、アッと言う間に目の前まで来たので、私もあわてて鑑定する。



================

武士たけし Lv33

職業:武士ぶし

スキル:かたな術Lv2

刀の扱いに上方補正がかかる

刀で攻撃する際の威力が上昇する

================


(こういうのなんて言ったかな。……名は体を表す? いや全然違うか)


 ついつい名前に気を取られたが、これならじゅうぶん制圧可能だ。



「あの……椿さん……っすよね?」

武士たけしくん、お久しぶり。あなたもこっちに来てたのね」

「やっぱりそうだ! でもなんか若……じゃなくて――もっと美人になってて驚いちゃった」

「武士くんも元気そうで、って言っちゃダメかな」


 武士の首をチラ見する椿だったが、当の本人は気にした素振りを見せない。


 この武士たけしという人物、年齢は20でそこそこイケメンの高身長。弱点は『お金と女性』だった。それはともかく、見た目もそこそこだし、さぞモテるんだろう……だが個人的にはチャラそうで嫌いだ。



「少し前まで最悪だったけど、最近はそうでもないよっ。今では街の人気者なんすよ。――椿さん、おれたち特務隊の活躍とか聞いてない?」

「……最近、街を離れてたの。もしよかったら、その話詳しく聞かせてくれないかな」

「あ、じゃあちょっと待ってて。仲間に伝えてくるからさ。近くの酒場で話そうよ!」


(こいつ、俺を完全に無視しやがったな)


「啓介さん、このチャンスに情報を集めましょう。当事者に直接聞けば色々わかるでしょうし」

「私も同席していいのかな」

「もちろんです。啓介さんと一緒じゃなきゃ、絶対に行きませんよ」


(ふっ、勝ったな……)


 おっさんはひとり、勝利に酔いしれていた。


 



◇◇◇


 酒場に移動した3人は、テーブルを囲んで30分ほど談笑していた。ただ、話しているのは椿と武士のふたりだけだ。



 それはさておき、椿が聞きだした情報を整理するとこんな感じだ。



1.『特務隊』は5人1組で行動している。行動計画と戦果報告は、隊のリーダーが行う。領主館にいる記録係に毎日報告する義務がある。


2.隊員の休息や交代については自由。ただし、一定以上の成果を上げる必要あり。(オーク討伐やパトロール時間など)


3.配属された街(村)を離れたり脱走すれば、隊の連帯責任を問われる。最悪の場合、隊全員が死罪となる。


4.街には当初、250人の特務隊がいた。が、2日前に議会からの緊急招集があり、高レベルの者は北の国境へと移動していった。いま街に残っているのは50人で、レベル35以下の隊員だけ。  


5.日本人奴隷のレベルは20~45が大半を占めており、50を超える猛者も100人ほどいるらしい。最高レベルは57で、オークジェネラルとタイマンを張れる。



「武士くん。その首輪の拘束力って、どれくらいかしら。街から離れ過ぎると死んでしまうとか?」

「それはないっすよ椿さん。こっちに配属されたとき、首輪の種類が替わったんだ。だから今は、奴隷所有者を害さない限りは大丈夫」

「何で替わったの? ――温情みたいなものかしら」

「ああそれね。結構前に、日本人で議員になった人がいてさ……その人が提案してくれたんすよ」

「それって日本商会の隆之介って人のこと?」

「おっ、椿さんも知ってた? オレたちみんな、隆之介さんには凄く感謝してるんだ。あれから奴隷の扱いがめちゃくちゃ改善されたんすよ!」


(なんだなんだ? ドラゴから聞いてた話とかなり違うな。もっと悪どいイメージだったけど、路線変更か?)


「今のオレたちならオークも倒せるし、街の人たちにも歓迎されてるんだ。転移した時は失敗したけど……やっとスタートを切れた感じっすよ」

「奴隷の人たちも、逃げる気はないってこと?」

「オーク討伐で成果を上げたヤツは、奴隷からも解放されるって噂だよ。だからみんな張り切ってるんだ」

「そうだったのね……いろいろ教えてくれてありがとう」


「人族との国境に召集された」ってのは気になるけど、待遇はかなり改善されてるし、隆之介の人望も厚いようだった。


(この調子だと奴隷の反乱もなさそう……?。ひょっとしてそれが狙いだったとか)



 そんなことを考えていると、武士がやっと話しかけてきた。



「ところで……隣にいるお兄さんは、椿さんの彼氏さん?」

「ん? お兄さんて俺のこと?」

「ええ、ずっと怖い顔してたんで……話しかけづらかったんすよ」

「うわっまじか。そんな顔してたのか俺……。ごめん武士たけしくん、君のこと誤解してた」

「誤解? いやまあ、オレも久しぶりに知り合いと会えて、つい嬉しくなっちゃって……なんかすんません」


 無視の原因は私にあったらしい。しかもお兄さんて……武士、めっちゃいいヤツだったわ。


「啓介さん。って質問には、まだ答えてませんよね」


「「え?」」


 椿の発言に私と武士の声が重なり……野郎ふたりは沈黙していた。


「――仕方ありません、私が答えましょう。この人は命の恩人であり、私の上司です。あと、彼氏です」

「あ、やっぱそうだったのね。今さらながら……どうも武士っす」 

「私は啓介、よろしくな」


 そのあと、これまでのことを話したり、店の情報なんかも教えてもらった。あっ、念のため村のことは秘密にしといたよ。


 転移早々、暴れて捕まったらしいけど、元々はわりと真面な青年だったらしい。椿とも仲が良かったみたいで、お互い、再会を喜びつつ別れることになった。



 

 の武士と別れたあとは、街をのんびり歩いて回る。


 露店街には見たこともない野菜が並び、衣類のお店には高級そうな服も並んでいる。


 パン屋に寄ったときなんかは、その品揃えに驚いた。黒パンしか置いてないかと思ったら全然違う。日本にあった食パンやクロワッサン、総菜パンも沢山の種類が並んでいる。


 それもそのはず、店員は全て日本人。経験者が何人かで集まり、店を切り盛りしていると言っていた。――器材も違う。材料も違う。そんななか、試行錯誤の末にここまでたどり着いたらしい。


 周りを見ても、道行く人々のなかには日本人が結構いる。運よく街にたどり着いた日本人たちも、それなりにやってるようだった。



「さあ、今日はこれくらいにして戻ろう」

「はい、明日も楽しみですね」

「街の治安も良さそうだし、この分なら明日も気楽に過ごせそうだ」

 

 明日はどこへ行こうか。そんな会話をしながら商会へと戻っていく。


 



 ――だが、事態は思わぬ展開を迎えることになる。




















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る