第110話 特殊任務遂行部隊、略して


 無事に街へと入場した私は、時折ときおりグラつく馬車に揺られつつ、小窓から外をのぞいていた。



 街の大通りと思われる道沿いには、2階建ての建物が目立つ。中には4階建ての大きな商店っぽいものもある。

 目に見えるもの全て、期待を裏切ることのない、異世界ファンタジーの街並みを映し出していた。


 

「おっ、アレって冒険者ギルドか?」


 ひと際目立つ建物には、それっぽい看板がデカデカと吊るされている。看板には、剣でゴブリンを貫いた感じの意匠がほどこされていた。


「ええ、その通りです。この街の冒険者は全て、あそこで依頼を受けていますよ。興味がおありでしたら寄りますが、いかがします?」

「んー……今はいいや、結界の検証を先にしよう」


 新参者のおっさんが冒険者に登録、そしてからんでくる自称ベテラン冒険者――からの返り討ちエンド。そんな展開が頭をよぎり、めちゃくちゃ興味をそそられるがここはグッと我慢だ。



 他にも、武器防具を取り扱う大商店や女神像のある教会、大小さまざまな店が並んでいた。始めて見る異世界の街並みに目移りしながら進んでいくと、ようやくメリー商会に到着した。


「改めまして、ようこそお越しくださいました。ここがメリー商会本店でございます」

「うっはぁ、思ってた以上に大きい……。気を悪くさせたら申し訳ないが、これで中規模商店なの?」


 どこをどう見ても、さっき見かけた大商店に負けてない。そう思うほどには立派な建物だった。


「村との取引以降、本店をここへ移しました。それがかなう程度には儲けさせて頂いております」

「そっか、しっかり利益が出てるなら良かったよ。私も相当融通してもらったしさ、ずっと気になってたんだ」

「お気遣い感謝します。ではこちらへどうぞ――」


 メリナードに通されたのは店の入り口ではなく、その隣にある建物だった。店に比べて外装は質素だが、その規模は店よりもさらに大きい。


 どうやらここが、今朝に話していた倉庫らしい。


「商品とか置いてあるけど大丈夫か? 村人以外は入れなくなるぞ」

「ええ、そこでひとつお願いがありまして……うちの従業員が村人になれるかを後で試して頂きたいのです」

「そういうことか。それじゃあ先に結界が張れるか試してみるよ」



 倉庫の中に縦横10mの結界をイメージする。ググッと広がった結界と建物の内壁には、まだ結構な空間がある。高さに関しても、少しだが余裕もあった。

 結界を固定しても異変はない。倉庫の中にあった商品や仕切り棚なんかも、全部そのままの状態だ。


「よしいいぞっ。街中でも結界が張れるとわかった」

「啓介さん、これでようやくホッとできますね」

「そうだね。他のメンバーも安心してこれるだろう」

「あとで皆さんにも念話してあげましょう」



 そんな会話をしていると、ウルガンが店の従業員を引き連れてやってきた――のだが、何かおかしい。まだ働くには小さすぎる子供が結構いる。



「「「村長さん、初めまして」」」


「これは皆さんご丁寧に。東の森で村長をしている啓介と言います。隣にいるのは村長代理の椿です」

「村の総括管理を任されております、椿と申します。皆さん、よろしくお願いしますね」


「それでメリナード。この人たちが従業員……じゃないよな。その家族もってことかな?」

「はい、うちの従業員5名とその家族16名、これがメリー商会の全関係者になります」


 従業員とその家族全員、村への移住も含めて、村人になることを希望している。希望しなかった従業員数名には、支度金を与えて独立させるほどの徹底ぶりだった。


「私が村人になってからの4か月間、村長の素晴らしさをみっちり教え込んでおります。是非とも受け入れを」

「とても嬉しいよ、みんなもありがとう。ここほど快適ではないが、魔物からの安全と衣食住は保証する」


 ここまでお膳立てがあれば話も早い。すぐに居住の許可を出し、結界に入れるかを試していく。



 続々と結界の中に入ってくる村人たち。無事に入れた瞬間、安堵する者や喜ぶ者、家族で抱き合っている者もいた。そんな中、数組の家族は自信が無いのだろうか……中々一歩が踏み出せないでいる。


「みんな、大丈夫だよ。私の鑑定でも忠誠度は問題ない。家族全員入れるから安心してほしい」


 私の声掛けに応じ、おそる恐る結界に触れる家族だったが、自分たちの手が結界をすり抜けたのを確認すると、喜び勇んで飛び込んできた。


「村長、商会を代表して感謝を。今後ともよろしくお願いします」

「こっちこそ、みんなが来るのを心待ちにしてるよ」



 こうして全員の受け入れに成功し、村人の総数も150人になった。


 今回受け入れたのは羊人族の男女21名。その内訳は、成人男性5名に成人女性5名、1歳から14歳までの子どもが11名だ。商会の従業員は全員女性で、男性のほうはそれぞれ別の職種だという。今日はわざわざ休みをとって集まっていたらしい。


 それから30分くらい会話をしたあと、各自が仕事へ戻っていき、私たちも商店の来客室へと場所を移すのだった。




◇◇◇


 メリー商会は4階建ての建物で、1階に商店、2階に事務室、そして3階と4階が住居スペースになっていた。私と椿は、4階にある来客用の部屋を借りて宿泊する予定だ。

 今回はいきなり村を出て来たので、今日と明日の二泊したら村へ帰ることにした。桜や夏希曰く、「もっとゆっくりしてきなよ」ってことらしいが、色々とそういう訳にもいかんだろう……。



 今日は椿とふたりで街を見物して、買い物でもしながら楽しむつもりでいる。珍しい食べものや、魔道具なんかが見つかれば最高だが、見て回るだけでも面白そう。


 ああそれと、勇人たち3人は……数日前から、少し離れたダンジョンへ遠征に行ってるらしい。久しぶりの再会を楽しみにしてたのだが、タイミングが悪かったようだ。一応、帰ってきたら教えて貰うことになっているので、明日までは様子見だ。



「それじゃあ行ってくるよ」

「はい、お気をつけて。夕食はこちらで用意しておきますので、それまでにはお戻りください」

「助かるよ。さて椿、行こっか!」

「はい、行きましょう!」



 店員に街の地図をもらい、ふたりで歩きて出かけていく。



 メリー商会は大通りから少し離れた場所にあった。このへんにも色んな店があるし、行き交う人で賑わっている。オークの出現により、悲壮感漂う雰囲気を想像していたので、ちょっと拍子抜けだ。


「街の中は平和そのものだね。オークの影響も案外たいしたことないのかも」

「さっきメリナードさんが言ってた『特務隊』が活躍してるんじゃないですか?」

「特務隊、ねぇ……」


 オークが地上に溢れてから、議会直属の部隊として編制されたのが、特殊任務遂行部隊、通称『特務隊』だ。

 部隊の総数3千人。首都に1千人を残し、5つの領地に400人ずつ派遣された。この街にも250人ほどが駐屯しており、郊外の警備やオーク討伐をしている。


 しかもこの特務隊、全て日本人奴隷で構成されているのだ。


 転移初期の頃、反抗的だった者が奴隷に堕ち、兵士にさせられた。軍の監視下の元、ダンジョンでレベルアップをしていたところにオークが出現。急遽、討伐隊として各地へ派遣されたんだとさ。


 ちなみに、この特務隊の責任者は隆之介だ。日本人奴隷の所有権は全て隆之介にあり、提案したのも隆之介。それもあって、彼の人気は急上昇しているらしい。


「絶対偶然だと思うけど、結果的には優れた戦略家……ヘタすりゃ英雄扱いだな」

「でもそのうち、奴隷の反乱が起こったりしそうですよね」

「街の兵士が約1千人、それに対して日本人奴隷250人か。レベルにもよるけど、無いとは言い切れ――」

「あっ、啓介さんアレ見て。きっとあの人たちもそうなんじゃ?」

「ん、間違いない。露骨にわかりやすい格好だな」


 道行く集団は隷属の首輪をつけていて、腕に真っ赤な布を巻いているのでよく目立つ。やはり人気があるのか……すれ違う住民から声を掛けられたり、差し入れなんかを貰っている。

 奴隷という身分なのに周りの目は好意的、少なくともさげすんだ目で見る者はひとりもいない。対する日本人奴隷たちも、笑顔で受け答えしている。実にいびつな光景がそこにあった。



 そのとき、集団のひとりと偶然目が合う。


 そしてその日本人は、ほかの仲間に声を掛けたあと、こちらに向かって歩いてきたのだ。




















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