第109話 おっさん、捕まるかも……


異世界生活236日目



「啓介さん、おはようございます」

「おはよう椿、ちゃんと寝れたか?」


「はい、おかげさまで。そういえば以前、桜さんに聞いたんですけど、こういうとき何て言うんでしたっけ。たしか定番のセリフが……昨晩はおたのし――」

「ちょ、待って! 合ってるけど待って!」

「冗談です。さあ、朝食にしましょう」

「あ、そうね。すぐに食べよう」


 寝起き早々、強烈な一撃を喰らうところだった。



「今日はとりあえず、森のすぐ外で検証するんですよね」

「メリナードたちもそろそろ来るだろうし、それを待ってから始めようと思う」

「折角ですから、街まで行けるといいですね。実は私も楽しみにしてるんですよ。異世界の街並みとか気になります」

「ああ、私も楽しみだよ」


 ふたりで朝ご飯を食べながら、メリナードたちが街から来るのを待っている。昨日の昼に事情を説明したら、「一緒に立ち会いたい」と言ってきたので、合流してから検証を始める予定だ。


 いろいろ悩んだけど、ここでの検証が成功したら街でも試そうかと思っている。結界のせいで騒ぎになっても、すぐに解除すれば大丈夫だろう。



 朝食もすませ、テントの片づけをしながら到着を待っていると、街の方から向かってくる2台の馬車が目に入って来た。

 メリナードに念話を入れると、ウルガンとウルークをお供にこちらへ向かっているようだ。もう1台の馬車にはメリマスが乗っているらしい。



「村長、椿さん、おはようございます」

「おはよう。メリマスも元気そうだな」

「はい村長! そういえば巨大牛の話、聞きましたよぉ。私もいつか戦ってみたいものです! 父上だけなんてズルいですよぉ」

「あれ? メリマスも冒険者志望だっけ?」

「昔から父がする話といえば、商売のことか冒険譚でしたからね。憧れても仕方ないでしょ?」

「なるほど、それはわからんでもない。――メリマスはこのまま村へ行くんだろ? だったらラドに頼んで鍛えてくるといいさ」

「はい! ありがとうございます!」


(親子でよく似た趣向だな。まあ、親父が突然強くなったんだ。余計に憧れるわな)



「来て早々で悪いけど、さっそく始めてもいいかな?」

「もちろんです。我らも楽しみにしておりました」

「じゃあまず、草原に向かって試すよ」


 そう言ってから、敷地を拡張する。前回は何をやっても無反応だったが果たして……。



「おっ、成功だ。でもこの色って……」


 敷地の固定には成功したが、結界の色は青白い。高さも10mしかなく、まるで初期の頃みたいだった。


 結界を鑑定してみるが反応なし。結界の中に入り、自分を鑑定すると……村ボーナスの表示欄に違和感を覚えた。


「ふむ……。結界にかかっていた『大地神の加護』が消えてるな。村ボーナスは見れるんだけど、表示が灰色になってる。たぶん機能してない状態なんだと思う」

「恩恵が制限される、っていう注釈がありましたよね。恐らくそれに該当するんでしょう」

「大森林とそれ以外では魔素(竜気)の質が違うから、ってことなんだろうね」


 結界のグレードは落ちているようだが、他者の進入は防げるし、物資転送設定も普通にできるみたいだ。当然ながら、万能倉庫や教会は立てられない。この感じだと、土壌品質の補正も機能してないだろう。


「村長。恩恵の違いはあれど、十分な成果が得られましたな。結界の高さが低くなったのは、むしろ好都合でしょう」

「たしかに……。この高さなら、結界を隠せそうか?」

「ええ、メリー商会所有の倉庫があります。あれならば結界をすっぽり覆えるかと」

「それはいいね。――んじゃ、いよいよ街に行っちゃいますか!」

「では私たちがご案内します。村長と椿さんは後ろに乗ってください」



<Sランク冒険者を超えるレベル>

<不意打ちを防ぐ装備の入手>

<どこでも張れる結界の存在>


 異世界に飛ばされて8か月。万全の準備を整えたおっさんは、ついに街へと進出する。もちろん死ぬ気はないけど、これでやられるんなら諦めもつくってもんだ。


 さあ、見せてもらおうか。異世界人の住む世界ってヤツをなぁ!





◇◇◇


『……なあメリナード、ホントに大丈夫なのか? めっちゃ厳つい門番がいるんだけど……』


 さっきまでの威勢はどこにいったのか……街に近づいて早々、おっさんはビビり散らかしていた。



『大丈夫ですよ。私にお任せを』

『俺たち、通行証なんて持ってないけど……捕まらない?』

『そのまま乗車してて下さい、心配には及びませんから』


 街を囲う外壁門。そこには数名の門番がいて、ものすごく険しい表情をして仁王立ちしている。



『おいおいおいおい! なんでどんどん増えてくんだ? 明らかに俺たちの方を見てるし……絶対ヤバいってこれ』


 門番のひとりが私たちに気づくと、慌てた様子で待機室に駆け込んでいく。すると程なくして、続々と兵士が出てきたのだ。


 頼りのメリナードは私の念話を完全に無視、門まで到着してすぐ兵士たちに囲まれ、偉そうな人物と話している。


「メリナード、もう戻ったのか?」

「はい隊長さん。今回は森の近くでの取引でしたからね」


 メリナードはそう言いながら、空間収納から何袋も芋を取り出し、兵士たちに配っていた。


「ん? いつもより多くないか?」

「今回はが多くて困りました――毎度回収して頂き助かります」

「おっ、そうかそうか。それならば仕方ない、あとは任せておけ」


 芋の入った袋を次々と運び出す兵士たち。全員、満面の笑みを隠してさえいなかった。


 結局、積み荷の検閲も一切ないまま、門をくぐることができた。本来なら、新規入国者を見つけ次第、教会に連行される。しかし今回はそれもなし、鑑定審査も見事に回避していた。


「村長、もう顔を出して構いません。許可証も2名分頂きましたよ」

「はぁ。いきなり兵士に囲まれてるし……マジでビビった。さっきのやり取りって、かなり前からやってたの?」

「はい。いつかこうなることを見越して、村との交易を始めてすぐに」

「助かる……けどそれならそれで、事前に教えてくれても良くない?」

「これは申し訳ありません。ついつい、村長の驚く顔が見たくなりましてね。ちなみに、椿さんはご存じでしたよ?」

「え? そうなの?」

「プフッ、ごめんなさい啓介さん。出発前、随分張り切ってたから……ちょっと意地悪してみようかなって、プフッ」

「もぉ、勘弁してくれよぉ……」



 いつの間に打ち合わせしたんだか……。まんまと騙された私は、そのまま馬車に揺られながらメリー商会まで向かうのだった。





















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