第91話 若返り？
ドラゴ一家の受け入れもようやく終わり、昼食を交えて歓談に入ったまでは良かった。話題と言えば、女神さまの素晴らしさと戦闘についてのことが中心だったが、話すだけなら気楽なもんで、楽しいひと時を過ごしていた。
だが
それはもう食いつく食いつく……。家族全員身を乗り出して、次々と質問攻めにあっていた。
「お主っ！ 視察のときはそんなこと一言も話さんかったではないか！」
「議会相手だぞ。そう
「ぐぬぬっ。せめて、せめて存在だけでも伝えてくれれば……もっと早くここへ来たというのに。儂としたことが、迂闊じゃった……」
「そうですよあなた。こんな重要なこと、なぜきちんと調べてこなかったのよ！」
「村長、ぼくもダンジョンに入っていいですか？ いいですよね？ なんなら今からでも」
「あ！ ダメよわたしも行くわっ、抜け駆けなんてズルいわよドルト！」
（もうヤダ……。こいつらといると、ドッと疲れがくる）
「皆さん落ち着いてください。ダンジョンは逃げませんし、村長はちゃんと考えてくれます。あまり
「「「……」」」
なんということでしょう。椿さんの一言により、今までの喧騒が嘘のように静まる。四人とも姿勢を正して大人しくなりました。
「んんっ、――戦力向上は村の方針でもある。竜人族も村の重要戦力として期待してるから、心配しなくても大丈夫だ」
「いや、興奮してすまなんだ。ダンジョン丸ごと私物化するなんてのは、儂らにとっては夢のようなことなんじゃ。我ら、必ずや村長の期待に応え、最強の戦士となってみせようぞ」
「ああ、詳しいことはダンジョン組が帰ってきたら聞いてくれ。――ただし、無茶はダメだ。冬也や桜の方針に従うことは絶対条件だからな」
「しかと心得た！」
椿の助け舟もでたので、なんとか話を纏めて平穏を取り戻した。
「んで、今さらなんだけど。もうお偉いさんじゃないんだし、話口調はこんな感じで大丈夫か？ 失礼ってなら訂正するが」
「むろんじゃ。儂はもうただの村人、村長と年齢もそう変わらんし、お互い気楽に話したいと思うとったでの」
「いやドラゴ、この前80歳って言ってただろ？ 私の倍だぞ倍」
「歳が近いっていうのは肉体年齢の話じゃ。儂、人族でいうところの30ちょいじゃぞ？」
「そういうことか。……こんなこと言うのは失礼だけど、口調がジジくさいから、どうしても年上にみえちゃうんだよ」
「ああ、それか。いつ頃からじゃったかの……議会で
（なるほどねぇ、それならおっさん同士って認識で良さそうだ。見た目的には30代半ばってとこだし、このままでいこう）
「うちの旦那、若い頃の一人称は『俺様』だったのよ。それはもう、グイグイくるもんだから、わたしもつい押されちゃってね」
「そりゃいいね。なんなら戻してくれてもいいんだぞ？」
「今さら無理じゃて、このままいかせてもらおうかの」
戦闘関連じゃなければ話の勢いも普通なんだよな。こんな雑談だったらいくらでも話していられるんだが……。よし、今のうちにこれだけは聞いておこう。
「ところで、魚人のマリアたちは明日到着する予定で間違いないんだよね？」
「うむ、儂らが街を出るときには部族全員揃っておった。あとは細かい買い出しをするだけだとマリアも言っておったから、予定が狂うこともなかろうて」
「そうか、ひとまずそれが確認できればいい。獣人領や人族領の詳しい話はまた後日、じっくりと聞かせてもらうよ」
「儂の知っとることならなんでも話そう。ところで、午後から予定がないんじゃったら、儂とも一戦どうじゃ？」
「……ここで断っても、どうせ毎度申し出てくるんだろ？ なら、今日だけだ。この１回こっきりにしてくれ。私は戦闘向きじゃないんだ」
「よしわかった！ その代わり本気の全力で頼むぞ。一度しか機会がないならなおさらじゃ！」
「ああ、もう好きにしてくれ」
どうあがいても最後にはこうなるんだ。だったら１回きりと宣言して早く済ませた方がよっぽどいい。
◇◇◇
昼休憩もたっぷりとったあと、適当な広場に移動して模擬戦を開始する。
まずは妻のドリー相手に手合わせすることになった。お互いのレベル差は15もあったのに、「私の方がわずかに優勢」程度の差しかなく、辛くも勝利したという結果におわった。
万全の状態に加えて竜闘術をコピーしてこの状態なのだから、熟練の技術というものは戦闘に大きく影響するってのが良くわかる。
続いてドラゴとの模擬戦が開始され、私も真剣に、本気の本気で挑んだが……。結果は惨敗、本職には到底敵わなかった。
なんていうか、全身からにじみ出る覇気からして段違いだった。相対した瞬間、思わず恐怖を感じて体が硬直してしまうのだ。
なんとか気持ちを奮い立たせ、立ち向かっていくんだが、攻撃の全てをなんなく
それでも、周りで見ていた家族には、かなり緊迫した戦闘に映ったらしい。ドラゴも感心してくれたので、そこまで悪い結果ではないみたいだ。
「これが啓介殿の全力なのじゃな」
「ああ、本気だったよ」
「儂、この村に住むと決めた自分を褒めてやりたい。最高じゃ、楽園じゃぞここは」
「でも二度と模擬戦はやらないからな。したいなら他とやってくれよ」
「約束は守るとも。――にしても、実に素晴らしい手合いじゃった」
「満足したなら良かったよ」
（結局、一家全員と手合わせしたわ。まあ信用も得られたし、良かったんじゃないかのぉ。あ、口癖うつったし……）
そのあと椿に案内を任せ、自宅でゴロ寝タイムに入ったんだが、らしくもないことをしたせいか、いつのまにかそのまま寝入ってしまった。
◇◇◇
外を見るとまだ日は暮れてないようだが、なにやら騒ぎ声が聞こえる。
絶対ドラゴたちの仕業だろう。これ以上絡まれたらたまらん、しばらく放置だ。
そのまま１時間ほどボケッとしていたら、「もうすぐ夕飯ですよ」と、椿が声をかけに来てくれた。念話もあるのにわざわざ来てくれるとは……その心づかいがとてもうれしい。
その頃にはさっきまでの喧騒も収まっていたので、ふたりでのんびり歩いて行く。
「椿、呼びに来てくれてありがとう。さっきの騒ぎって、やっぱドラゴたち？」
「はい。冬也くんたちが戻って来るなり、手合わせされてましたよ。あれが彼らなりのコミュニケーションなのかもしれませんね」
「そうなのかもね。まあ、私を巻き込まなきゃ好きにやっていいさ。怪我しても秋穂や杏子もいるし安心だ」
「でも午前中の啓介さん、とても勇ましくて恰好よかったですよ」
「ある程度までの相手だったら、自分の身も守れそうだ。過程はどうあれ、ほんとありがたいよ」
食堂に到着すると、村のみんなが楽しそうに食事をしている。ただそんな中で、三か所ほど異質な光景も垣間見えた。
ひとつは冬也の周りだ。もう仲良くなったみたいで、冬也の両隣にはドルトとドレスが陣取り、ワイワイと楽しそうに接している。
ドレスなんかは、かなり積極的にスキンシップを敢行しているようで、冬也の正面に座る夏希と秋穂からは、よからぬオーラが見え隠れしていた。
（アレは間違いなく冬也の強さに惚れたな。ドレスの説教部屋行きは確定、と……。まあ夏希がいれば兵器、いや違う、平気だろう）
彼らの恋路に、おっさんが出張ることもないわけで。村に影響がなければ、とくに触れる必要もない。
ふたつ目はドラゴのところだ。ラドを始め、兎人の戦士団や狼人が、ドラゴの前に列をなして並んでいる。まるで、アイドルの握手会を思わせる光景だった。
「椿、アレは何をしているのか知ってる？」
「見ての通り握手会です。なんでも、ドラゴさんは獣人族きっての有名な武人みたいで、武を目指す男の憧れなんですって」
「議長じゃなくなったから、みんなも近づきやすくなった訳か」
「並び直す人もチラホラいますよ。ラドさんもあれで３回目のはず」
「委縮するよりマシだ。そっとしておこう」
伊達に長年、議長を務めてないんだな。こうしてみると、ドラゴは人格者で人気者だ。戦士団の士気も上がるとなれば、茶々を入れるのは無粋と言うものだろう。
最後はうちの女性陣だ。桜と春香、それに杏子がドリーを囲み、興味津々といった感じで話に食い入っている。椿もさっきまであそこにいたらしく、「すごく良い話が聞けた」と教えてくれた。
「あ、啓介さんきた！ 早く早くっ！」
「朗報だよー！ 椿ちゃんもお帰りー」
私たちに気づいた桜と春香が、手招きをして呼びかけてくる。
「みんな嬉しそうな顔しちゃって、何かいいことでもあったのかい？」
「ドリーさんからもの凄い情報を入手しましたよ！ やっぱ私の推測は正しかったんです！」
「推測？ なんだよ、勿体ぶらずに早く教えてくれよ」
「実はなんと、この村にいると若返っちゃうんです！ 正確には、その人の適正な身体年齢に近づく、ですけどね」
「マジ？ それってソースあるの？」
「最近、啓介さんもみるみる若返って見えるよ？ 私たちも、肌の張りとか髪のツヤも良くなってたの。気のせいってレベルじゃなかったし、これでやっと得心がいきました！」
情報源であるドリーの話はとても興味深いものらしく、私としてもしっかり聞いておきたい題材だった。
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