第86話 隆之介-ep.1


<ケーモスの街-日本商会支部>

会長室にて



隆之介りゅうのすけ様、領主に依頼していた勇者一行との面談が、明日の午前に決まりました」

「わかった。予定通りお前も同席しろ。『真偽眼しんぎがん』のスキルは常に発動させておけよ」

「はい、仰せの通りに」



 今から10日前、ケーモスの街に勇者を名乗る者が突如出現。首都にいたオレはすぐにケーモスへと向かった。首都ビストリアで連合議会の一員となり、いよいよ計画も最終段階に進んだと思った矢先の知らせだった。


 連合議会の議員どもは、かなり前からオレのスキルで傀儡かいらいも同然だ。なぜかドラゴの野郎と魚人の女には効かなかったが……なんと都合の良いことか、両方とも議員を辞職する気らしい。

 この異世界に来てからというもの、我ながられするような立ち回りで、なんでも思い通りに事が進んだ。最近は運すらも味方についたようで、すこぶる気分がいい。


 思い起こせば転移初日、たまたま教会の前にいたのも、天運がオレにある証明だったのかもしれない――。




◇◇◇


「うわっ、なんだ今の! ってか、さっきまでコンビニにいたよな……何がどうなってんだ?」


 休日を返上して仕事に駆り出されたオレは、営業先近くのコンビニ前で、車のシートを倒してスマホをイジりながら休憩していた。


 コンビニのトイレに行こうと、車のドアを開けた瞬間だった。急に目の前が真っ白になったと思ったら、次の瞬間には見たこともない場所に座り込んでいた。


「車もないしコンビニもない。そもそもここ、どう見たって日本じゃないだろ……」


 目の前には中世風の街並みが広がっている。舗装された道路もなけりゃ、建物も随分と風情のある感じだ。大通りを行き交う馬車や、獣耳を生やした人々が往来している。


「って獣人に中世って……。おいおいおい、オレ、異世界転移しちゃったんじゃね?」


 携帯小説で良く読んでた異世界ファンタジーもの、今いるのはまさにそれとしか思えない場所だった。


 今まで「オレも異世界に行って無双してぇなー」なんて考えたことは一度や二度ではない。そんな夢のような世界に、まさか本当に来るハメになるとは……。


「っ! そうだステータス! 能力とかスキルとか確認しないとっ」


 異世界転移と言えば、特別なスキルや加護を貰えるのがお決まりだ。そう考えたオレはすぐさま路地裏ろじうらに入り、アレやコレやと、考えうる全てを試した。


 ……だけど結局、何もわからないまま終わってしまう。



 そんなとき、教会らしき場所から出てきた獣人たちの会話が聞こえてきた。そいつらの話では、教会でステータスの確認ができるらしい。しかも無償でだ。


 「これだ!」と思ったオレはすぐに教会へ駆け込み、礼拝堂れいはいどうの中にいたシスター風の女性にお願いした。


「あら、人族の方とは珍しい。――もちろん種族を問わず利用できますので安心してください。お祈りは初めてですか?」

「あ、はい。この女神像に祈ればいいんですよね? んで、あなたにその結果を伝える、と」

「ええ、それが決まりとなってますので。ちなみに、私には『真偽眼しんぎがん』のスキルがありますので、虚偽きょぎの申告はかないませんよ?」


 どうやら、ステータスを無償で確認する代わりに、その情報を教会で一括管理するシステムらしい。これで、この世界にはスキルやステータスが存在することも確定したわけだ。


 なにはともあれ、自分の能力がわからないことにはらちが明かない。そう思って祈りを捧げてみる。


 すると……頭の中に自分のステータスが浮かび上がってきたんだ。


===============

隆之介りゅうのすけ Lv1

職業:詐欺師さぎし

スキル:精神干渉Lv1(0/3)

他者の精神に干渉して従属させる

※自身より高位な存在には干渉不能

※自傷行為を強要することは不可能

※自衛能力を阻害そがいすることは不可能

<発動条件>

1.対象を目視する

2.対象に接触する

3.対象の名を発する

===============


 なんてこった……。異世界に来たと思ったら詐欺師になっていた。


(なんでだ? 日本にいた頃は真っ当な営業職だったぞ? そりゃあ、たまにサボってはいたけど……。詐欺まがいのことだって一度もしたことないのに……なぜだ)


 はじめはそんなことを考えていたが、スキルの項目を見てすぐに頭を切り替えた。


(なんだか小難しい制約はあるけど、要するにコレ、洗脳できちゃうってことだろ? こんなの最強スキルじゃないか!)


 洗脳系といえば、強奪とかコピー能力に並んでチートなスキルだ。「これさえあればこの世界で無双できる」、そんなことばかり考えていると……。


「お祈りは終わったようですね」


(しまった……この女には嘘をつけないんだった。詐欺師なんて職業、ましてや洗脳系のスキルを持ってるなんて知れたらヤバいだろ……)


「あ、ありがとうございます、無事にわかりました。――そういえば名乗りもせず申し訳ない。私は……隆之介りゅうのすけといいます、もしよろしければあなたのお名前をお聞きしても?」


 こうなったら、この女でスキルを試してみるしかない。そう考えたオレは、女の名を聞いてから、お礼と称して名前を呼びながら握手を交わした。


 するとその瞬間、「この女をしたがわせた」という感覚がオレの中に湧いてきたのだ。なんていうか、お互いのパスが繋がったって感じか。とにかく良くわからんが、成功した確信だけはあった。


「お、おい、今からオレの言うことは絶対だ。今後はオレのためにしっかり働けよ?」

「はい隆之介様、かしこまりました」


(いいぞいいぞ! ちゃんと効いてる!)


「とりあえず、オレの職業は『商人』。スキルは……そうだな、『カリスマ』にしておけ」

「カリスマ? というスキルは初めて耳にしますが……。それよりも職業とは何のことでしょうか?」


 ミザリー曰く、ここの住人たちには、ステータスの中に職業という項目は無いらしい。ひょっとすると、転移してきたオレだけが持つ特性なのかもしれない。


「めんどくさいな……。ひとまず商人てことで登録しとけ。カリスマは、人々を統率する能力が高い、って感じでいいだろ」

「そうですか……。隆之介様がおっしゃるならそれに従います」



 っ、そんなことよりも!

 

「従属させた相手は、いったいどこまで言うことを聞くのか」、それを試すのが先だ。オレはさっそく、欲望のままにいろいろな指示をしていったのだが――


 正直言って「無念」のひと言だった。


 まず、ムフフな展開は壊滅。多少は言うことも聞くけど、直接的な行為はまるでダメ。完全な洗脳状態じゃないらしく、相手もちゃんと拒否してきやがった。自傷行為も否定するし、オレが殴るフリをしても、しっかり身を守ろうとする。

 ただ、普通の指示や命令には従うので、手駒としては十分利用できるんだろう。


(これじゃあ、洗脳ハーレムは無理そうだな……)


 そんなことを考えている内に、チラホラと教会に来る日本人の姿が見えた。オレと同じように、どこかで情報を仕入れたんだろう。訪れる者の顔はって感じだった。


(ていうか、オレ以外にもこっちに来てるヤツがいたのか)



 数日経ってから判明したことだが、この世界に転移してきたのはオレと数名、どころか千人以上いるらしい。その大半が街の練兵場に集められて保護されているんだとか。

 オレは教会でミザリーにかくまってもらったんで事なきを得たが、中にはその場で殺された日本人もいたらしい。




◇◇◇


 それからのオレは、怪しまれない程度に次々と街の有力者を従属させていった。最初は3人しか従属できなかったが、スキルレベルが上がると上限も増えたので支障はなかった。

 精神干渉してることが、いつどこでバレるか不安だったから、さすがに領主には手を出していない。しかし、街でも有名な商会長を従属させて、『日本商会』なるものを立ち上げることに成功する。


 有能なスキルを持った日本人を従属させながら、商会の成長も目覚ましいものとなっていく。日本人全員、スキルを知るために教会へ連れてこられたので、ミザリーに報告させることで簡単に選別できた。


 日本商会のあおりを受け、疲弊していく店も数多くあったがそんなことはどうでもいい。いざとなっても、街にいるほとんどの権力者はオレの意のままだ。おとがめを受ける心配もなくどんどん勢力を伸ばし、やがては首都ビストリアへと進出した。


 スキルレベルも4まで上がり、今では100人まで従属させることが可能だ。首都はもちろん、主要な5つの街にも支店を置いた。当然、そこの支店長は従属済みだし、主要な店員も手駒で固めて盤石の体制をとっている。


 そしてついには、連合議会の議員どもを従属させ、オレ自らも議員の仲間入りを果たした。たった半年でここまで成り上がったんだから、オレの才気も大したもんだろう。


(次は、ドラゴから日本人奴隷の隷属れいぞく権を奪うことだな)


 好都合なことに、ドラゴ自ら議長を退任するらしい。後任の議長を適当に選んで、ドラゴが所有している隷属権をオレに移譲させればいい。実に簡単だ。


 議会特製の首輪は、とても強力な隷属効果がある。ほぼなんでもありだし、主人の命令には絶対逆らえない。

 転移したての頃は、日本での倫理観が邪魔して吹っ切れなかったが、この世界の制度として正当に認められているなら話は別だ。


 金と権力がある今なら、奴隷はいくらでも買える。だが、同じ日本人であり、有能な職業とスキル持ちとなればオレが扱ってこそだろう。


(中にはオレ好みの女もいるだろうしなぁ)




「さぁて、まずは明日だ。勇者たちを取り込んで、それが無理なら力を削ぐ。今さら現れた勇者なんかに邪魔されちゃ敵わんからな」

「既に獣人領では、隆之介様に盾突く者はいませんよ」

「それはそれ、これはこれだ」



「せっかく異世界に来たんだ。まだまだ好きなようにやらせてもらおうじゃないか!」



 明日の会談を心待ちにしながら、オレの成り上がり人生は続いて行くのであった。

















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