第68話 転職システム


異世界生活158日目


 次の日、農業班を中心として田植え作業が行われていた。本日はダンジョン組の探索も中止にしており、のんびり過ごしてもらっている。


 実は昨日の夕方、ダンジョン組からとある報告があった。ついに10層のボスを撃破して、転移陣を解放したのだ。それでひとまずの区切りとして、今日一日は休息日としている。


 10階層のボスは『オークジェネラル』、将軍の冠をつけるだけあって、そこらのオークとは比べ物にならない程の強さだった。――と皆が口々に語っていた。その取り巻きにはオークファイター3匹とオークメイジ2匹がいたそうで、こいつらもかなりの実力を持っていたらしい。


 じゃあどうやって倒したのかと聞いたら、その場面を思い返すように冬也たちが興奮気味に語りだした。


「まず開幕はロアだ、ジェネラルを土壁で何重にも囲ってさ! その動きを完全に封じたんだ! ――そのあとオレと春香さんで、メイジに切りかかっていったんだが……ヤツら火魔法を使いやがってよ、なかなか接近させてくれねぇ」

「私の水魔法で相殺はできたんですけど、今度は3体のファイターが襲ってきて――」

「そこでオレたち近接職は目標をファイターに切り替えて、メイジのほうを桜さんとロアに任せたんだ」

「すぐに鑑定して、取り巻きのレベルは40前後と判明したからねー。なんとか冬也くんと秋ちゃんとわたしの三人で、1対1の状況を作って倒したんだよー」

「え? 秋穂も1体相手にしたのか!?」

「うん、私だって当然戦うよ」

「そ、そうか……」


 毎日ダンジョンに行ってることは把握していたが、まさか接近戦までこなしているとは――。いわゆるバトルヒーラーってヤツだろうか。


「それでさ、今度はメイジ2体なんだけど、相変わらずバンバン火の玉を放ってくるわけ。埒があかないし、そろそろロアの土壁にも亀裂が入りだしてな……」

「そこで私の水魔法です! ピンっと閃きましてね、冬也くんを剣ごと水の膜で包み込んで突っ込ませたんですよ!」

「ああ、いきなりでビビったけど、そのおかげでメイジに接近できた。――近づけさえすればあとは簡単だ。水の魔法剣さながらに一刀で切り伏せてやったぞ!」

「そして最後は大ボスのジェネラル。土壁を突き破り、雄たけびと共にこちらに向かってきたので、私は回復役として後方支援に回りました」


(なんか、聞いてるだけでこっちも興奮してきた。にしてもコイツら、しっかり冒険してるなあ……)


「私とロアちゃんで魔法を撃ちまくったんですがね。体中、穴だらけになってもへっちゃらで向かってきた時は、さすがに怖かったなー」

「桜さん、でもあれでアイツの動きはかなり遅くなりましたよ。オレが飛び込めたのも二人のおかげですよ」

「まあね――。で、みんなで総攻撃したあと、一瞬の隙を突いて飛び込んだ冬也くんが、ジェネラルの両腕を切り落とし……あとは楽勝でした」

「最後は不肖この春香が、敵将の首をバッサリ頂きましたー!」


 てな感じでね。帰ってきて早々、みんなの武勇伝を聞いていたわけ。周りで食事をしていた村人たちもその話に釘付けの様子で、大好物の芋をとる手を止めてまで聞き入っていた。


 ひとしきり話が終わった後も、次から次へと質問の嵐となり、そのまま大宴会へと突入したほどに盛り上がってしまった。娯楽の少ないこの世界において、こういう冒険譚は酒のつまみにもってこいらしく、みんな夜遅くまで楽しそうに語らっていた。


 待望の討伐報酬には、ジェネラルが装備していた大鉈と、極上霜降り肉50キロ、それにこぶし大はあろう魔石を落としたそうだ。


 さっそくその日に食べてみたのだが――。肉の味は極上の名にふさわしく、口に入れた瞬間に蕩けてしまうほど柔らかい。それはもう、凶悪な旨さだった。


 通常なら、「ボス討伐おめでとう!」で閉幕となるんだけど……この話にはまだ続きがあった。


 ――それは今日の昼過ぎのこと、


 冬也がたまたま教会に立ち寄ったことがキッカケだった。



 昼食を終えたラドたちが、日々の祈りを捧げに教会へと向かった。休日だったこともあってか、その日はたまたま、冬也もなんとなく着いていったらしい。


 普段は居間のモニターを使っていたので、今まではわざわざ教会へ行くこともなかったそうだ。かくいう私たちも、教会を設置した日以降はほとんど顔を出した覚えがなかった。


「冬也殿は女神様に祈らないのか?」

「ん、オレですか?」

「ああ、せっかくここまで来たんだ。感謝のひとつも捧げていったらどうかと思ってな」

「たしかに。たまには祈っとかないと罰が当たりそうですね」


 ラドとそんなやり取りを交わし、何気なく女神像の前で祈りを捧げたとき――、それは起こった。



『職業の派生条件を達成しました』


『魔剣士へ昇格することが可能です。昇格しますか? YES/NO』



 と、そんなアナウンスが頭の中に流れ込んできたのだ。突然の出来事にしばらく呆然とするが……いかにも強そうな『魔剣士』と言う単語に魅かれ、どうするか迷った末に「はい」と答えた。


 すると、頭に浮かんできたステータスに大きな変化が生じる。


================  

冬也 Lv41

村人:忠誠97

職業:魔剣士<NEW>

スキル:魔剣術Lv1<NEW>

剣に魔力を纏わせることが可能となる

================


 いままで『剣士』だった職業が『魔剣士』に変化、新たに『魔剣術』なるスキルを習得したのだ。実際に試してみたところ、魔力を纏わせることにはあっさりと成功した。


 魔力を注ぐイメージをするだけで、剣に紫色のオーラが纏う。流した魔力量により、色の濃さが変化する感じだ。

 森の木に向かって試し切りをしたのだが……格段に切れ味が増し、刃が抜けるときの抵抗感もまったく無かった。


 じゃあ、「剣術Lv4の効果は消滅したのか?」と聞いたのだが、そんなことは全くないようだ。剣の威力も扱いも、そのまま引き継がれている。何度も自分の動きを確認したので間違いないらしい。


 ――と、こんな隠しイベントがあったもんだから、さあ大変だ。


 この話を聞いていた他の日本人メンバーも、競い合うように教会へと乗り込んでいったのだ。唯一、椿だけは冷静に行動していたが、私を含めた全員は、期待に胸を膨らませながら駆け出して行った。



 だが……世の中そんなに甘くない。


 たとえここが異世界であっても、クラスチェンジなんてそう簡単にさせて貰えるわけがなかった。先に結果を言うと、夏希以外は職業欄に何の変化もないし、お告げやアナウンスもなかった。


「なんか申し訳ないです、うへへっ」

「その割には変な声が漏れてるぞ夏希」

「夏希ちゃん、いいないいなー!」

「で、夏希はどんな職業になったんだ?」

「ではでは、新生夏希の能力をご覧あれ!」


 そんな感じで、超ドヤ顔をしている夏希のステータスを確認する。


================ 

夏希 Lv27

村人:忠誠96

職業:匠<NEW>

スキル 技巧Lv1<NEW>

あらゆる素材の加工に上方補正がかかる

完成品に特殊効果を付与:低確率

================


 まずは職業から――。『匠』というものに変化していて、「コレって職業ではないだろ?」とみんなのツッコミを受けていた。まあ、ずば抜けた技術を持つ職人、と言う意味合いなのだろう。


 職業名はさておき、注目すべきはそのスキルだ。『技巧Lv1』の能力は、『細工』スキルの完全上位互換で、対象素材の制限もなくなっていた。しかも、完成品に特殊効果が付与される、という強力な追加効果まであるみたいだ。


「特殊効果を付与か……」

「付与される内容にもよるけど、明らかに良さげだよね」

「ああ、武器や防具なんかにも付けれるなら最高だな」

「アクセサリーなんかもいけそうだよね?」

「夏希ちゃん、私にも魔法杖作ってね!」

「はい、もちろんです! この匠にお任せあれ!」


 どんな効果が付与されるのかはわからんが、村の戦力が上がるのは間違いなさそうだ。


「冬也が魔剣士になったのは、水魔法を纏って戦ったのがトリガーっぽいけど……夏希の場合は何だろうな?」

「ん-、最近は家具を作ってただけだよ?」

「夏希ちゃん、機織りや建築、前に槍や盾なんかも作ってたでしょ? 複数の職種を経験したのが要因かもよ?」

「たしかに、春香が言うのも一理あるな」

「村のためにいろいろ頑張ってたもんね! きっとそのご褒美だよー」

「えへへ、ありがとうございます!」


 春香の言うとおりなのかもしれない。思い返せば、これまでたくさんの仕事をやっていた。様々な職の技能が一定値を超えたことで、匠へと昇格した可能性は高そうだった。


「まあなんにしても、二人が転職できたんだ。私たちにもその可能性がある。そうわかっただけでも、今回は良しとしよう」

「ですね。私ももっと修行して、大魔導士にでもなってみせますよ!」


 こうして村の教会には、『転職システム』があると判明した。


 まだ知らない機能や恩恵だってあるかもしれない。今まではロクに教会へ出向いていなかったが、「これからはちょくちょく寄ろう」とみんなで話し合った。



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