第67話 とある村長の一日


異世界生活157日目


 昨日と一昨日、南にいる勇者たちとの交流があったものの、村の様子やみんなの態度は普段とさして変わりはなかった。

 彼らが村に合流すれば別だろうけど、今はせいぜい良き隣人……くらいの感覚に思ってくれている。


 獣人たちの日本人に対する感情は、多かれ少なかれあまり良いものではない。が、勇者たちのことに関しては私からも説明してある。そこそこ良い印象を持ってくれてると思う。



「ルドルグ、調子はどうだい?」

「おお、長か! やっと落ち着いてきたぞ。これからは村の連中の家をぼちぼち建てていく予定だ」

「そうかそうか、足りないものがあればメリマスに注文してくれ」

「ん-、今のところはねえな。材木も良い塩梅になってきたし、これからはまともなヤツが建てれそうだぞ」

「そりゃ重畳だ」


 今までに建てた家は、乾燥が不十分な状態の木材を使用していた。収縮によりひび割れたり、変形している箇所が見受けられる。


 桜の水魔法で木材の水分を抜くことは可能だったが、一気にやるとひび割れたり曲がったりしてしまう。なので、貯めておいた木材に含まれる水分を、毎日少しずつ抜いてもらっていたのだ。それがようやく建材に適した含水率になったようだ。


 職人のお墨付きを貰ったので、これからは今より高品質な建物を期待していいだろう。村に貯めてある丸太材の量も、それこそ山のようにある。建材不足とはしばらく無縁の状態だった。

 建築関係にも余裕が生まれはじめた。今後村人が増えていっても、当面の間は十分に対応できると思う。



 ――そんなルドルグたちの和やかな様子を尻目にして、今度は鍛冶場のほうへと向かっていく。


「やあ、みんなの仕事ぶりを覗きに来たよ」

「あ、村長! おつかれでーす」

「村長いらっしゃーい」

「お前ら、仮にも村長だぞ。さすがに気軽すぎないか?」


 鍛冶場に到着すると、夏希とベリトア、それにベアーズが気さくな感じで返事をしてくれた。


「ベアーズさんだって『仮にも』とかいっちゃって……それのほうが失礼なんじゃないかなー?」

「かなー?」

「あ、いやすまん……。でもオレは、村長を気遣うつもりでだな――!」

「ベアーズありがとな、気遣い感謝するよ」

「ああ、参ったよほんと」


 若い女性二人に挟まれ、おっさんのベアーズはたじたじの様子だった。とはいえ、終始笑顔でやり取りしてるし、三人ともうまくやってるんだなと感じていた。


「それで村長、ご所望の品でもあるのか?」

「いや、不足してるものは無いかな、って」

「そうだったのか。まあ、鉄や銅なんかの在庫もあるし、鉱山からも少量ずつだが質の良いのが採れだしてるからな」

「ほお、街のものと比べてどう?」

「かなりいいぞ。純度も高いし、鉱石からの抽出率もいいって製錬技師のヤツらも言ってるよ」

「それはありがたいことだね」


 北の鉱山で採れるものは、街の採掘場よりも鉱石の含有率が高いらしい。製錬の魔道具による変換効率も高く、より高純度なインゴットを生成できているみたいだ。


(もしかすると、鉱山にも大地神の加護が効いているのかも?)


「ベリトアと夏希も何かないのか?」

「わたしは相変わらず家具作りに専念してますよー。最近はベッドやテーブルやイスを中心にやってますね」

「この前見せてもらったよ。アレはいい出来だよな」

「そうでしょう、そうでしょう!」

「ベリトアはどうだ?」

「ん-、とくには? 革の素材も倉庫にいっぱいありますし」

「――革と言えばさ、ベリちゃんがこの前作った大型のリュック。アレは評判良かったよねー」

「たしかに上物だったな。ダンジョン班に大好評で、探索も捗ると喜ばれていたしな」

「えへへー、ありがとうございます!」

「三人のおかげで村の生活もどんどん豊かになっている。これからもよろしく頼むよ」


 私がそう言うと、三人とも誇らしそうに返答してくれた。何かあれば声を掛けるように伝え、次の場所へと歩いて行く。



「あ、そんちょーだ!」

「おじさんきたー」

「ほんとだ。つばき姉さん村長がきたよー」

「村長さん、おつかれさまです」


 鍛冶場をあとにして田んぼの前までくると、全身泥だらけの子どもたちが私に気づいて、大声を出しながら手を振ってくれる。

 他にも椿や獣人の女性たち、メリナードの奥さんであるメリッサの姿も見えた。彼女らも一様に泥まみれとなっている。


「やあみんな! しっかり働いて偉いじゃないか」

「うん! いまは田んぼを踏み踏みしてるとこだよー!」

「つばき姉さんがいうには、コレがだいじなんだってさー」

「土にくうきを入れるてるのー」

「そうかそうか、頑張ってて偉いぞ」


 今はどうやら、水を張った田んぼの攪拌作業してるところみたいだ。子どもたちにしても、その理由を理解した上で手伝っている。


「メリッサも一緒だったんだな」

「はい。勉強も大事ですが、まずは子どもたちと仲良くなることから始めようと思いまして。一緒に参加させて頂いてます」

「なるほど……社会勉強も兼ねてるし、とても素晴らしいと思うよ」

「ありがとうございます」

「他の皆もご苦労さま、慣れるまでは無理せずにやってくれよ」


「「「はい!」」」


 兎人はもちろんのこと、犬人や猫人、狼人や熊人の女性たちの顔も生き生きとしている。ここでの生活に不満を感じてる様子は伺えない。当分の間は少しずつ慣れてもらって、そこそこ楽しい平穏な日々を送ってくれればと思う。


 ――にしても、農作業にこれだけの人数が割けるようになっているのは驚きだった。子どもも7人いるけど、今ここで作業しているのは全部で21人、村の主力産業に相応しい人員配備がなされていた。


「啓介さん、お疲れ様です」

「ああ椿、手を止めさせて悪いね。ちょっと様子を見に来たんだ」

「いえ、私も今日は指導だけなので。何か気になる所はありました?」

「いや、それはないよ。随分と人数が増えたなあ、と思っていたとこ」

「そうですね。農作業に従事する人もこれだけ増えましたし、そろそろ芋畑を拡げようかと」

「そっか、芋は村にとって最大の武器だしな」

「はい。収穫時期が被らないよう、徐々に拡張していく予定です」

「その辺りは任せたよ、椿の思うようにやってくれ」

「お任せください」


 予定では明日、田植えをするらしい。それが終わり次第、芋畑の拡張にとりかかるつもりみたいだ。だがそれも、これだけの人数がいればあっと言う間に終わってしまうだろう。



 椿たちと別れたあとは、木こりの二人を見に行ったり、水車小屋で脱穀作業をしているのを覗いたり、機織りをしている人たちと話したり――。村を巡回しながら1日を過ごした。


 ほとんどの作業が私の手から離れ、自身は声を掛けて回るだけだが、本来こういう体制を築きたかったので非常に満足している。


 不謹慎、というのは百も承知だけれど、「領地育成シミュレーションみたいだな」と、思えるくらいには心に余裕ができていた。




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