第69話 料理人のルルさん


異世界生活160日目

 

 冬也と夏希が転職して2日後、今日も普段と変わりない平和な一日を過ごしていた。


 ダンジョン班は昨日から攻略を再開、現在は11階層を探索中だった。この階層からは通常のオークに加えて、オークファイターとオークメイジが出現するようになる。敵のレベルも40を超えるものばかりで、「明らかに狩場のランクが上がった」と力説していた。


 しかしながら、それに臆する様子も見せず、まだまだ下層へと潜る気満々で出かけていった。とくに桜や春香、それに秋穂なんかは、自分たちも冬也に続けと言わんばかりに、今まで以上にやる気を出している。

 一応、無理をして大けがをしないように釘を刺したが……、その程度で自制する雰囲気ではなかった。


(命がけの冒険だしな。私がとやかく言うのも野暮ってもんか……)



 そんな一方、村にいるみんなの成長も垣間見えていた。農業班はイモ畑の拡張作業に取り掛かっていて、農耕スキル持ちを中心にもの凄いスピードで耕している。

 椿は監督的立場として、皆にアレコレと指示を出していた。みんなからの信頼も厚く、それに不満げな顔をする者は一人もいない。終始、良い雰囲気で作業をしている。


 また鍛冶場では夏希が、魔石や魔物素材を利用して色々と試作に取り組んでいた。新しく得た『技巧』のスキルで、特殊効果を発動させようと頑張っている様子だった。

 彼女曰く、製品の完成時、明らかな手応えを感じる瞬間があるそうだ。いまは手応えを感じた物とそうでない物をより分けており、春香が帰ってきたら鑑定してもらう予定だ。



 そんな私は現在、ルドルグと話しているところだった。集会所だった場所の改築状況を視察に来ている。


「ルドルグ、食堂の改装もそろそろ終わりそうだな」

「おう長か、見ての通りあとは調理場だけだぞ」


 改装された食堂には、10人掛けの丸テーブルが10卓ほど並んでいる。どれも見事な仕上がり具合だ。すでに外装や食堂は完成していて、残すところ、かまどや調理場の設置のみとなっていた。


「これだけ広けりゃ、100人近くは一度に食べれそうだ」

「調理が間に合えば……だがな」

「そうでもないんじゃないか? 昨日、ルルさんが調理師の職業を授かったし、他の人にも十分可能性がある」

「たしかにな。ルルのヤツ、大層喜んどったしのぉ」


 調理を担当していた女性四名のうち、兎人のルルさんが『調理師』の職業と『料理』のスキルを授かっていた。


『料理Lv1』のスキルは、「調理の速度と味に補正がかかる」と言うものだった。芋の皮むきなんかも、手元が3倍速で早送りされているんじゃないか。そう思えるほどスルスルと剥いていた。


 ルルさん本人が言うには、どこに刃を入れれば良いかが自然と理解できるらしい。調味料の量や水加減なんかも、「最適な分量が頭に浮かんでくるんです」と嬉しそうに教えてくれた。一緒に仕事をしていた三人も近いうちに――と、期待をしているところだった。


「調理場に関しては、ルルたちの注文を聞きながらやってくぞ。場合によっては多少時間をかけるかもしれん」

「ああ、もちろん構わないよ」

「椿の嬢ちゃんからのリクエストで、パン窯も作るからな。長も楽しみに待っとれよ」

「そりゃ嬉しいね。ウンと手を掛けて作ってくれよ」

「おう、儂に任せとけっ!」


 こうしてまたひとつ、村に新しい施設が増える。生活が豊かになっていくのを実感していた。



◇◇◇

 

 その日の夕方、そろそろ寝る準備でもしようと思っていたとき、街に行っているメリナードから念話で連絡が届いた。


『村長、メリナードでございます。今お話しする時間はとれますか』

『もちろんだ。丁度夕食も終えてゆっくりしてたところだよ』

『それは良かった。要件というのは議会の訪問のことです』

『そうか、詳しく聞かせてくれ』

『はい、まずは――』


 そのあとメリナードは、議会の訪問予定についてを教えてくれた。


 村への来訪日は5日後の昼頃、しかも議長自らのご訪問ときたもんだ。その最たる理由は、議長が完全中立の立場だから。

 公平を謳っている議会とはいえ、議員同士がけん制し合っている節もある。それで完全中立の立場である議長が出向くことになったのだ。


 今回の訪問は、あくまで視察と交友が目的。小難しい交渉や駆け引きはなし、という体裁をとっているらしい。


『――で、実際のところはどうなんだ?』

『私も会議に参加しましたが、一部の議員はこちらを下に見ておりますね。しかし概ねは、良き取引相手として認識している印象でした』

『そうか、価格についての不満は?』

『ありません。決して安くはありませんが、暴利というわけでもございませんので。ただ……』

『ただ、どうしたんだ?』

『販売する量をもっと増やせないのか、という意見はかなり多くでておりました』

『ああ、なるほどな』


 需要があるというのは良いことだ。こちらがアドバンテージをとれている状態なら、交渉や条件提示のときにも有利に働くだろう。

 あまり出し惜しむと不満の声が挙がるだろうけど、その辺りのさじ加減さえ間違わなければ大丈夫そうだ。


『当面、取引量を増やす予定はない。交渉の余地を残しつつ、上手いこと躱しといてくれるか?』

『はい、その辺りはお任せください』

『よろしく頼むよ。――それで、ほかに目立った報告はあるのかな?』

『当日は私と議長、それに護衛役の戦士団10名ほどで伺う予定です』

『そうか。くれぐれも日本人を連れてこないように念を押しといてくれ』

『人選の話がでたとき、そのこともしっかり伝えております』


 メリナードの話では、議長の人望は厚く人格者で有名らしい。そうそう話がこじれることもなさそうだ。よく知らない相手や、正体不明の存在ほど恐ろしいものはない。しっかり村の様子を見学してもらって、こちらが無害なのを理解して欲しい。


 粗方の報告を聞き終わった後は、メリナードの奥さんや家族の様子、街での出来事などをしばらく語り合った。ボス討伐の話題となったときは、メリナードも前のめりで聞き入っており、「自分もいつかはダンジョン攻略に参加してみたい」と語気を強めていた。


 なんでも若いころは、冒険者に憧れていたそうだ。最近は護衛の二人と、村のダンジョンに挑む計画をしているらしい。


『商会の運営もあるだろうけど、メリマスと交代で村に住んでも構わんからな』

『なんとっ、言質は頂きましたぞ村長』

『1回きりの人生だ。存分にやってくれ』

『感謝します。それではまた何かあれば連絡しますので』

『ああ、おつかれさま』



 明日は北の鉱山を視察する予定でいる。鉱山で働く者のひとりが気になるスキルを授かったので、明日になるのが待ち遠しかった。



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